言語と謂う名の壁、翻訳という名の罠
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殊、論理性に深く絡む書物(例えば哲学書の類)
その組み立てが難解であればあるほど私たちは
翻訳に足を取られ
原書で読む必要に迫られるんですね・・・。

拙訳は論外でありましょう
けれど例えば
小さな
極めて小さな齟齬が
論理を阻み誤訳を誘っている場面に直面するたび
痛感せられるのは
哲学は哲学である前に
語学であるという現実であります。
































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【 2017/03/28 23:58 】

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通勤途上で


薄紫が醸す
花色ほどの優しさ

どうかあなたに
届きますように・・・。





















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【 2017/03/27 08:59 】

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空の揺籃
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小説の ”プロット”
其処(抜き取られたプロット自体)には
作者の意図(思想)は、殆ど含まれていない
古典にはそんな作品が少なくない。

当該作品にとって最も大切なものを
置き去りしたプロットが
独り歩きし評されるその様子は
空の揺りかごを揺らし
幼子を寝かし付けている親のようにも映る。











































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【 2017/03/26 23:45 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
その胸に・・・
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あの日、恩師に案内された
ストックホルムの小さな森の教会

此の地で邂逅したあのブロンズ像は
向き合う者を
抱き留めるかのように
優しく両手を広げ

心に寄り添い離すことがない
そんな暖かみに溢れていた。







愛の限界を知る
片隅の小さな白い花にも

包み込まれる安らぎの時に
すべてを委ねられる
遥かなる想い出。








































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【 2017/03/24 23:39 】

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心象風景のなかに・・・
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詩を読む時
そこに謳われる情景、
緑豊かな大地、水の調べ
取り分け色彩
それは、必ずしも作者の前に広がるものとは限らない。

ときにそれが、心の奥深くに沈殿する
心象風景だったとき・・・。

            *

ヨーロッパにありながら
その文化の中心から
隔絶していたアイルランドには
ゲール語に始まるケルト文化
その独特の世界観が息衝いて・・・
(アイルランドは他のヨーロッパ諸国と違い
ローマ帝国の浸入を逃れたために
物質文明に侵されない
純粋なアイルランド−ドルイド–的文化の
歴史的ベースがありますゆえ)

其処は、ケルト神話
伝説の国。

太古の昔から自然を慈しみ
其処に精神の源
文学的背景をもつ人たちと
私たち日本古来よりの感覚には通じるものがあるよう
例えば
ピュアな文学精神と言ったような。

近付いては怖れ
怖れては近付く
止むに止まれぬ繰り返し。

望むは
より高い精神的高み
荘厳な精神世界。

そして
有限と永遠を繋ぐのは
最早、哀しみだけのようでもあって・・・
けれど
それは
洗練された美しい哀しみであります。

           *

心のなかの特別な場所を占めるひと
夢の中でしか逢えぬひと
けれどその胸は
実存を、わからせてくれる最後の可能性
そうした情感を抱ける場所でもあるようで・・・。


















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【 2017/03/23 23:45 】

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想像力が支える藝術作品
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芸術作品が正しく存在するのは
それが現実的知覚にではなく
想像力に訴える場合だという
サルトルの論を待つまでもなく

奥行きのある
鑑賞こそが
作品の存在価値を高める
というのは誰しも
異論のないところでありましょう。

例えば
小説で云えば
何が書いてあるかでなく
いかに書いているか
といったような・・・。

要は
当該作品を内部から支えている
藝術的構造なんですよね。

想像力によって
表現されたるそれを
受け手の想像力を以ってして
再生することによる
鑑賞。

それが
内的構造を理解せしめ
より深い感動と
余韻を齎すということになるんですね・・・。



















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【 2017/03/22 21:29 】

| 絵画/彫刻 | トラックバック(0) |


横浜は雨
雨の月曜日

春まだ浅い
冷たい雨

ですけれど
地上に舞い降りた
雨しずくは
お花たちに
潤いを与えて
こんなにも生き生きと綺麗。








































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【 2017/03/21 09:34 】

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選択
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核燃料サイクル
という名の夢

恐らく、関係者の誰もが
上手くゆくとは思っていない。

その先にある
未来を踏まえた選択が
何故為されないのだろう…。
















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【 2017/03/20 18:38 】

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いつも“心にさす傘”を用意しているひとなら
安心だけれど

土砂降りの雨も構わず濡れてゆくあなたの話に
ココロの傘さしかけたくなって…。

























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【 2017/03/18 23:48 】

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願い
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そのひとのしあわせを
願うその気持ちの大きさで

どれだけ
そのひとを大切に想っていたかに
気付かされてみたり…。


































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【 2017/03/17 22:55 】

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豊かさの在り処
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古典を読むって
各時代でそれをどう受容し
どんな意味を引き出し得たか
その書をめぐる
人間の精神史を紐解くことでもあるんですよね。

そうしたプロセスが
ある作品を古典として形成せしめる
そして、そんな人々の営為にこそ
人間精神の豊かさが潜んでいるようにも感じています。




























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【 2017/03/16 06:02 】

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Saint Patrick’s Dayを思って


まもなく3月17日
セント・パトリックス・デー

アイルランド発祥のこのお祭り
5世紀にアイルランドに派遣されカトリックを布教した聖パトリック
そんな彼の命日を祝日にして
その功績を称えようというのが由来のようですが

この国の神話では
アイルランドから蛇を駆逐した聖者として
綴られてもいましたっけ。
ですので今でもアイルランドに野生の蛇はいないのだとか(笑)

首都ダブリンでの
セント・パトリックス・フェスティバル
(St. Patrick’s Festival)
街は緑一色

緑色は、エメラルド色の島として愛される
アイルランドのシンボルカラーであり
そんなアイルランドに敬意を表してこのSaint Patrick’s Dayに
各国のアイリッシュ・パブで緑のビールが登場したり
その他、噴水をGREENに染めるなど
緑色をテーマカラーにしたイベントが様々に開催されてもいるようです。

あの英国バーミンガムのセント・パトリックス・デー・パレードは
ニューヨークに次いで大きなイベントなのだとか。

日本にはあまり縁のないお話かもしれませんが
世界を緑色に染めるというそのコンセプトは
素敵かなって。

















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【 2017/03/15 08:45 】

| ヨーロッパ散歩(海外旅行) | トラックバック(0) |
……を越えて。


音楽や美術に
国境はないんですね。

そして

言葉の壁はあっても
文藝にも国境はない

同様に学問にも。

もちろん
恋にも。


そう考えると
何だか
虚しい概念ですね
国境って…。



















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【 2017/03/14 05:53 】

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主語の論理、述語の論理 終章
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こうしてみますと
主語の論理 、述語の論理 は、
従来の様に対立するものでなく
相互に相補し合う思考法であることに気付かされもします。

実際、自己とは理性
これは主語も主語
根本の主語の立場でありながら
自己は、述語(環境、経験、教育)から
成長、育成されるものでもありますゆえ。

相互関係、相互転化
自己への問いかけ
その出発点 として
自己を主語の論理の立場で考えてゆくと
実存に至るということなんですね。

不安定、疎外、(社会に巻き込まれる)物象化に対し
東洋では、述語の論理の世界観へ問いかけることにより
自己の消去その営みから
究極の述語である自然との一体化に至るという
生命観でありました。

そして今、現実に照らすなら
日々直面する生活、あらゆる事象に対し
そこで安らげる何かを信じる(盲信)のでなく
やはり学び、考えるという姿勢
それなくば、自己の(安定)深まりもなく
そのプロセスからの発展を望むべくもない訳で。

個々の人生は
運命とは違うんですね。
それを支えるのが
東西に交錯する歴史であり思想であろうかと・・・。


















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【 2017/03/13 09:45 】

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主語の論理、述語の論理 Ⅵ
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指向目標

それは、生(から死へ)の考慮であり
対処であり、その克服と謂えましょう。

ですが、思い、悩み、考える
そのことのなかに
既に、生を開き
克服する道が内包されていることに
私たちは気付くべきなんですよね。

自己充足の叶わない部分
その極み。
換言すれば、運命との調和、死の問題も
個人の受容或いは
宗教任せという側面もありましょう。

ですが、ほんとうに哲学で解決できないものか。
理性での自己完成を諦めねばならないのか。

サムサーラ、流転、輪廻転生を鑑みても
確かに、生の中に死は内包されます。
生なくば死はない訳ですから
生あるものは必ず・・・的論理で
素直に理性で受容可能な問題だと考えます。
(病の苦しみは別途対処せねばなりませんが)
よって此処で、死を問題にすること自体
絶対的不可能と戦う愚かさ・・・的印象は拭えません(涙
(これを受容できるか否かの問題でしかない)

また、輪廻転生の
死からの生は、そもそも論理矛盾。
(ないところから何も生まれませんから)

是、(個々の内省的営みないし努力であり、自己の確立というより安定なくば無意味でもある)哲学的理論によれば
超越(永遠の存在)は自己の生の中に在りますが
死は、上記の様に何れの場合も悩む次元にない
怖れるに値しないものになる訳で

問題を単純化して考えれば
死から生を考えても意味のないことを先ずは受け止め

方や、生は、既に死を超える道を内包しているんですね
その意味で
死は、生に転化させることができる

自己の立場と
自己を消去してゆく営みへの技術で
生を充実させてゆくという理性的にして
至極シンプルなこの道筋を
やはり私は美しいと思います。













テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2017/03/12 22:45 】

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