芥川から川端~暮らしを彩る美〜自然と藝術~陽光と幽光~末期の目


太古よりの大自然
命の儚さ
悠久へ募る想い。

日本古来の静謐な美を湛える
生を、
自然を、
こころを、
繊細にして優美な文章で
紡ぎ出していった川端。
その暮しは
文字通り国宝級の美(術品)に囲まれた
美しき空間にあったという。

掛軸や、彫刻
其処に息衝く陽光、幽光。
そして例えば、魯山人の湯呑を日常遣いにすると
いったような。

美とは、日々の生活に根付いてこその
美なのかもしれません。
少なくとも私は、そう信じて疑わない…


       *


寂しさ
哀しさ
静かさ
優しさ
嫋やかさ…
いずれにも
美は似ています。

想いを致すのは此処
美は、
味わい尽くさねばなりません結え・・・。

       *

そして

美を見つめる眼差し。

”自然が美しいのは
末期の目に映るから”
そんな芥川の遺書を引用した
川端のノーベル賞受賞講演。

病弱であった青年期に
天涯孤独の身となり
両親の記憶さえ持たない
孤独の作家、川端であったから、

そのこころを慰めたのが
“美”であったから、

断言できた
藝術の極意、”末期の目”

美は緊張のなかにこそ
拡張され
鮮烈に受容されるということ。


       

















スポンサーサイト

テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2017/04/25 12:09 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
空の揺籃
DSCN5763_NEW.jpg

小説の ”プロット”
其処(抜き取られたプロット自体)には
作者の意図(思想)は、殆ど含まれていない
古典にはそんな作品が少なくない。

当該作品にとって最も大切なものを
置き去りしたプロットが
独り歩きし評されるその様子は
空の揺りかごを揺らし
幼子を寝かし付けている親のようにも映る。











































テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2017/03/26 23:45 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
優しきstoryteller


物語を紡ぐ
ストーリーテラー

独自のロジックのうちに展開させ
特定の雰囲気を纏わせながら構築する
ある世界観
その記述。

けれどそれは
必ずしも時系列に並んでいる必要は
ないんですね。

時に
来たる哀しみを和らげることに
次なる準備をすることに
心を砕き
(筋の巧さやスリリング性だけを是としない)
深い配慮を備えたストーリーテラーがいることを
私はある作品から学びました。

大切にしたいのは
物語の本質

そんな優しきストーリーテラーを
私は愛して止みません。














テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2017/02/09 19:52 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
堺事件〜森鴎外から大岡昇平〜晶子の愛した堺 妙國寺貫首


切腹の現場となった妙國寺の現貫首をして
“事件を正しく知るには、大岡を読む他ありません”
と謂わしめた
大岡版堺事件“堺港攘夷始末”

物語性を排除して史実に徹した
“レイテ戦記”の大岡ですゆえ
わからなくもありません。

往時、大きな転換期であり
アナクロニズムにあって
それは痛ましさにしか映りませんし
まして現代とは価値観を異にするため
細部への言及も避けたいところであります。

あくまで歴史小説でありますゆえ
当時盛んに論争されたという
フランス人等への表現の差異は
あって然るべきかとも存じます。

鷗外、大岡に
共通しているのは
当時大きな衝撃を与えたであろう
この事件
その当事者たちへの深い
鎮魂、哀悼の含みを感じること…。

ただ
世界広しと言えども
死に際し
こうまで潔い人間への
記述を日本文化以外では
私は知りません。














テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2017/02/03 23:55 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
漱石/“三四郎”だから“それから”〜三島/春の雪〜実篤/愛と死
IMG_0725.jpg

ーーわれは我が咎を知る
我が罪は常に我が前にありーー

往時、西欧文学にありがちな
プロトタイプに陥らない女性美彌子が要の
“三四郎”

科学者野々宮とピュアな三四郎の
狭間に揺れるようでいて
その実…。

だから
次なる作が
“それから”
だったんですよね。

美彌子のなかには
方や実篤“愛と死”の夏子をも求める
漱石が生きていて

その先に
三島“春の雪”の聡子
最期の選択があっても
おかしくはない訳で…



人間的複雑さを濃やかに切り取り
そこに
穣さ、深さを内包させて魅せる。

偉大なる作品の匠さは
こんなところにも
息衝いているんですね…。

























テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2017/01/25 02:44 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
枯寂の空
DSC_0708.jpg

時に帰休庵
時に観潮楼主人
こと鷗外

あ、そう云ってしまえば
“鷗外”も雅号でしたけれど。

4年余りのドイツへの研究留学で
医学研究に纏わる多くの業績をあげながら
一方で原書で名立たる小説、思想書を
読み進めたという理知のひと。
その後、陸軍軍医総監という
軍医最高峰を極めた鷗外ですが
その作品群を見渡すなら
彼の文学的人間的教養はやはり
漢文学で培われていらっしゃるゃよう…

津和野時代から身につけられたというその素養に
如何なる彼の生(知識、思索、経験)が
降り積ろうと
帝室博物館総長に任命された日に
記したのはあの漢詩でありましたし。


文学は、自己の問題を
端的にテーマにし得る
選れて有効な藝術結え

文学は多く
問題を含むんですね…。

ですが
鷗外のTheseが
如実に示しているように

問題は文学ではない。

文学は確かに問題を含みますが
それ以外のものも
あまりに
あまりに豊かなるものですから。

だれよりそれを知る文学者
鷗外だからこそ
レッシングを愛したんですよね

利他的個人主義、或いは折中主義か
文学的領略か

理論か実践か
鷗外が揺れた季節に。



結果、あの“興津”に始まり“抽斎”を迎える
“歴史家”的道を歩み始めた

資料に積み上げられ
検証し再構成される登場人物たち

それは
没我的集合主義
運命への信頼と

魂の深淵が、生を揺さぶる自己肯定
個人主義

トルストイにも見紛うほどのひと鷗外が
その両極に振れ
狭間に惑う
それほどに
捕捉し難い人間存在。

最大の敵 枯寂の空は、
果たして敵だったのか

人間的なるものを見つめ
人間性を救済せんとし
歴史を超越する眼差し
調和のとれた人生観への
歩みにも映ります。

其処で彼から学んだことのひとつ
それは

自律的世界秩序のなかで
かの歴史の桎梏と同じくらいに脅威なのは
そうした秩序や規制に耳を澄まそうせずに
徒に思量し我に固執し
本能や衝動が表に現れてきてしまう
そうした姿勢への戒めを
失ってしまうことの恐さだと云うことでありました。











✳︎たぶん
あの三嶋の憂国も
突き詰めるなら…

意図したところは
此処だったように私的には感じてます。



































テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2017/01/09 21:29 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
鷗外 “阿部一族” の先に…


武士道
葉隠
殉死

それぞれに各々のイメージが付き纏い
時に様々に解釈される
極めて多面的で複雑な様相を放つ
メッセージ性の強い言葉たち。

日本古来の美学が潜んでいるようでもあり
封建的重苦しさもあり
哀しき愚かさが垣間見えもする

その理由
それは、
事を為すに
組織に呑まれ
周囲の評価に囚われてしまったなら

その時点から
在るべき姿から遠ざかり
尚、美は機能を停止してしまうから。

社会が必ずしも正しいものでない以上
私たちは
どうしたって
周囲に流されることなく
真理を見極めなければならない立場にある

けれど
それは容易いことではなくて。

だからこそ
日々
思索を重ねるんですよね。

そして
それが独りよがりなものにならない為に
視野を広げ
多くを学び
深く捕らまえてゆく必要に迫られるんですね…。















































テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2016/12/19 22:44 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
魁夷のこころ〜冬の華〜舞う雪〜川端文学〜自然支配への愁い


凛と冷えた
横浜の空の下で

川端の“古都”
その最終章 冬の花にある
あの清浄な情景を想いました。

そこには
北山杉が淡雪を纏う
京の美の極みが描出され…。

そして
もうひとり東山魁夷

あの“冬華”後
魁夷が会得した《白》からの
京都 冬の美
“北山初雪“

愛しき自然
その残照
その立ち姿
その道行き
自然を愛しむふたりの心が
こだまする・・・。

さらには
川端が愁いた
人類の自然支配までが

北山初雪の内奥に表現せんとした
ダークな魁夷の色味に通底している

向き合う者に
逼りくるような
重いメッセージを放って……。










テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2016/12/13 17:09 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
虞美人草〜漱石
IMG_0020.jpg


あまり評価の高くない漱石の“虞美人草”
ですが
あの美文調も
私は嫌いではありません

そして何より
心情のリアルが凄い
というより
寧ろ怖いほど。

漱石の内なるもの
深層の心理
彼(=私たち)が何を求め
何を願い
何を欲していたのか

それが
顕著に伝わる作品のひとつ
に相違はないようで。


人間関係が希薄になりつつある今日
真っ直ぐに向き合えるひと
深く関われるひと

そこに必要なのは
解り合える関係性(知音

そして
幾分か恋にも似た相性にあいまった
深い尊敬と信頼やも

そんなことを
気付かせてくれた
作品でもありました故

さらには
そうしたひとの不在
或いは
喪失にまで踏み込み提起されていますから
思索は尽ないところであります。
















テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2016/12/11 19:46 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
無縁坂の哀しみ〜雁&舞姫/鷗外


すれ違い
行き違い
別世界

救い(愛)のない坂
無縁坂

届かぬ想いのその先で
雁(エリス)は打たれて
散りました

行き場をなくした
想いだけ
ゆらりゆらゆら
無縁坂














テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2016/12/07 23:56 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
最後に私がおたずねしたかったのは〜利休にたずねよ/山本兼一
DSC_0386.jpg

ーー静謐な気韻
美の崇高さへの畏怖ーー



煌びやかさに溢れくる美
がある一方で

侘び寂びの世界にしか
見出せない
ひっそりとした
音のない美がある。

哀しみから目を逸らさずに
痛みを抱き締め生きるひとだけが
知る美しさ

といったような。

美の源泉
美の基盤が

たったひとりのひと
たったひとつの愛
にあるとしたなら

それほど
揺るぎのない美は
ないのかもしれない。

なぜならそれは
執念にも似て

いつ
何が
どうあろうと
貫き通される類のものだから。

そういった意味でも
美と愛は
極めて
親和性が高いよう・・・・。












続きを読む

テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2016/11/19 23:13 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
ホイジンガ〜中世の秋 Ⅷ
IMG_7132.jpg

エルンスト(獨逸語で本気、真面目)
の対極にあるような遊戯

にありながら
最高度の緊張感と真剣さを
内包するエルンストと
遊戯のそれとの
親和性…。


虚構と現実
埋まることのない距離
その緊張関係の上にこそ
維持されるもの

それが文化の一側面…

終わりなき
対立と宥和の繰り返し

一方で
イデオロギーの
文化不毛性を感じないではいられない。

求められる
自制
ルール
寛容性

寛容性…。

本作品の舞台が
ブルゴーニュであった
その理由は
此処にある…。


































テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2016/10/10 09:46 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
ホイジンガ〜中世の秋 Ⅺ
IMG_6984.jpg

遊びを喪った文化は崩壊する…

宛かも
文化の本質的条件が
遊戯であるかの如く
語るホイジンガ

プロセスそのものが
目的となる遊戯
ゆえにそれは
必ず自発的で…
緊張と歓びを伴う
非日常の世界観

例えば演劇
例えば祭祀

単純自明の遊戯は
いつしか
複雑、高貴なものに変容しゆくほどに
遊戯概念の適用領域って
広いんですね…。



























テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

【 2016/10/06 23:18 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
ホイジンガ〜中世の秋 Ⅴ
IMG_7172.jpg

どんな文化も
時代を超えて愛される価値を内包せしもの

それを
丁寧に掬い取ったホイジンガ

或る文化が
その命を枯らし絶えた同じ土壌に
新しい精神が生まれ来る
その情景に光を当てたひと

ーいつの時代も
   美しい世界に憧れるー

そんな書き出しに始まる第Ⅱ章
タイトルは
“美しい生活を求めて”

それは
”理想”の魅力を以て
現実を中和せんとする
中世末期の基調

美で生活を高める
騎士道、円卓の騎士たち

一見して
空疎、非合理なもののなかにこそ潜む
芸術性
そこに宿った中世精神を

客体的に捉え易い
法律、制度、政治経済を調査探求し
そこから
その内面的理解を深め行く
ホイジンガの学問的彷徨・・・。


















テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

【 2016/10/05 20:49 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
ホイジンガ~中世の秋 Ⅳ
IMG_6856.jpg

古典の意義ほど
分野によって
異なるものも珍しいのかもしれませんが

少なくとも思想の領域においてのそれには

先ずもって

究極の想像力に
表現の純粋さ
優れた生活の統制が・・・

さらに
人間存在を見抜くあの洞察力

古代人(こだいびと)に帰せられる諸特性
そこに確かに在る 豊かな実り

人間性の
最も高貴なものは
”心の暖かさ”であることを
知らしめてくれる
そうした世界観であります。













テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

【 2016/10/03 03:10 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
ホイジンガ~中世の秋 Ⅲ
IMG_6773.jpg

この書の起点は
ファンアイク

そこから
フランス文化の歴史的前提
ブルゴーニュ社会
所謂
”ブルゴーニュの世紀”へ

事物の本質への直感を含む
死と生誕
衰退と興隆
両者は
因果的に関係しながら
併存し
歩調はひとつであるとする
そんな
ホイジンガの主音調

それは
中世末期は
巷で謂われ尽くしている
ルネサンス前史
なんかではなく
中世の終末的アプローチだと。












テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

【 2016/09/29 22:15 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
ホイジンガ~中世の秋 Ⅱ
IMG_6771.jpg

タイトルの”中世の秋”は
英訳本では”waning”
仏訳では”declin”
が当てられていますが
それぞれ文字通りの”凋落””衰退”が
意図せられていることから
西欧の秋は
日本的秋のイメージよりは
ネガティヴな意味合いを
含んでいるように拝察できます。
そうしたタイトルを汲みますに
内容にも相俟って
つかみどころがない読後感を持たれる方も
少なくないかもしれません。

ですが
この書
(誤解を恐れることなく)
一言で謂えば

愛惜してやまない
中世文化に
捧げた
ホイジンガの挽歌
といったところでしょうか。



















テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

【 2016/09/28 19:44 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
ホイジンガ〜中世の秋 I
IMG_6769.jpg


ーー世界がまだ若く
5世紀ほどもまえの頃には
人生の出来事は
今よりももっとクリアな輪郭線をもっていた。

哀しみと歓び
幸不幸の間の隔たり
(中略)

そこには
直接性、絶対性がまだ失われてはいなかったーー




こうして始まる
“中世の秋”
その第1章
烈しい生活の基調

まみえるのは
美わしの 時の葬列
中世社会のページェント

ですが
ホイジンガは
終生をもって
歴史法則に否定的立場にあった

何故なら
徹頭徹尾、
一貫して変わらない
論理や概念の明晰性への
要求があったから。

その上で
歴史における
合理的要素の役割を
評価してゆく…
ヒューマ二スト的合理的精神を
継承した人物らしく。

そして
歴史に働く非合理的要素を
どう合理的に捉えるか
に心を砕く

そんなホイジンガが
到達した
文化形態論を眺むるなら

彼が芸術的直感による
非合理主義者でなかったことだけは
よく伝わっても参ります。















テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2016/09/27 19:50 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
モーリッツの試み
IMG_6561.jpg

ハイネに代表される
ギリシア神話の寓意的理解

それを
象徴的
ギリシア神話論に引き上げた
最初の人物は
モーリッツでしたでしょうか。


詩的絶対性に於いて表示した
あの試み
そこには
幾分かの瑕疵が遺されているが故
今尚こうして
向き合い続けてしまうというのも
また事実であります・・・。




















テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2016/09/26 17:21 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
星の光に・・・
IMG_3817.jpg

ーー月をこそ眺めなれしか星の夜の
深きあはれを今宵知りぬるーー


こちら
愛するひとを失った後
ふたり過ごした場所に居た堪れず
都を抜け出し
近江あたりまで下って
ふと
夜空を仰いで詠んだ歌
でしたでしょうか

印象的だったのは

意外や
この平安の時代
それ以前に
星の美しさを讃えたうたが
他に浮かばないのですが・・

若しや
日本で最古の
夜空の美しさを詠んだ歌
かもしれません・・・。




































テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2016/09/18 20:23 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
エスプリ・ロマンティック
IMG_6448.jpg


ーー愛とは単なる愛情でなく
かといって
単なる情熱でなく

さりとて
その総和でもなく

或、ひとつの解放であり
それは
時に
ふたたび生まれ出ずる為に死す
こと

当に

内なる世界の
超越的局面であるーー

チャールズ・モーガン著
“スパーケンブルック”
からのフレーズに




時の
エスプリ・ロマンティック
を想います・・・。





テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2016/09/14 17:35 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
寂寥の彼方に〜哀歌/グレイ
IMG_4836.jpg


遥か手の届かない
忘却の彼方に
埋もれ眠っている宝石たち

深い寂寥のなか
ひっそりと
馨しき香放つ
花は
けして少なくない・・・。
















テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2016/09/09 18:40 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
意思と自然~シェリングから親鸞へ
IMG_4509.jpg

近代の西欧哲学思想の中で
その問題の核心に自然を見い出したのは
シェリングではなかったかと。

とは云っても
意欲より他の存在は何もないとし
それを根元存在と見做した
あのシェリングでありますゆえ

先ずは
すべての述語
脱底性(grundlosigkeit)
永遠性
時間からの独立
自己肯定
を呼びよせるという
彼の強い意思への信頼がありまして。
(それは誇らしくもありますが・・・)

そして
各々が各々だけで存在し得たのに
他者なしで存在し得なくなるほどに
結び付けるのが
愛としたひとでもあるんですね。

そんなシェリングの
愛の原理への意思的理解には
必然
意思と意思との間に横たわる
本質的な
抗争と対立が含まれ
顕示の終局へと向かい
最期まで残る
あの二元性が
廃除できない・・・。

こうした
一連のプロセスを俯瞰で見詰めるとき

克服すら存在させず
異水を異水のままに
内なる清浄な水に転じて一体化させる
かの親鸞の
願心、慈悲という立場を
(願望と相俟って)想起せざるを得ません。

それは
愛の原理に必ず残る
その二元性をも
優しく溶解させるものではありませんでしょうか・・・。















テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2016/09/07 12:19 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
文学のカーニバル性~バフチーンの根本テーゼをめぐって
IMG_4887.jpg

どんなに複雑で
高度な形式を以てしても
真理は
特定の視点によって
表現し得るものではないものでしょうし

かといって
仮に複数の認識の視点をもって
高次の総合的視座に立てたとしても
それを汲みつくすことはできないんですよね。

そう
真理とは
モノローグ的アプローチでは
捉えられないものでありましょう。

音楽で謂うところの
ポリフォニー的特性を備えた
思想空間のなかで
営まれた思索を
ポリフォニックに響かせるところに
浮かび上がってくるものこそが
それに近しいのかと。

小説で謂えば
それは(例えばトルストイのように)
作者が作品全体を眺望し
統一付けてしまう
超越的視点となることへの警鐘でもあり

(例えばドストエフスキーのように)
登場人物のさまざまな視点に
分散させ融合された描写のなかで
自ずと抽象化され立ち昇ってくる類のものであります。

芸術的思考もそのひとつでしょうか
(私たちが通常手にできていないもの)
限定的立場に囚われず
思考し続ける者たちの
その意識の先に
浮き彫りになっている実態を見詰めるといったような・・。

謂ってみれば
視野狭窄にも近い
テクスト崇拝
”テクスト内在的テクスト解釈”
その対極にある

あらゆるテクストの奏でる
諸テクストのポリフォニーでありましょう。

それは、政治学、文化人類学、歴史学といった
他テクストを併せ通じて初めて
垣間見える場所

多次元
多旋律
非完結性ゆえの
豊饒性
是を認める必要があるということなんですよね・・・。

































テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2016/09/03 20:46 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
陽の光に代えて〜ドイツコラージュ Ⅴ
IMG_4708.jpg

古代ギリシアの明快な志向を
精神的陽光と名付け
作品に活かしたゲーテ

ときに
自信を喪失しながらも
年下のシラーに支えられたゲーテは
図書館の
レクラム文庫に並び
知の総合性を訴え続けた
総合的知見なくば
本当に価値あるものなど
わかりはしないと…。

ゲーテしかり
バッハしかり

人類のこころを豊かにするのは
寧ろ
過ぎ去った過去(芸術、文学、思想)たちかもしれない。

目に映る具象は一瞬
けれど
抽象(精神的空間)には
数千年の叡智がこだましている。



      *



ライプツィヒは聖トマス教会
その床には
名前が刻まれただけの
質素な銘板が置かれていた。
それが
バッハの眠る場所。









テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2016/09/02 19:16 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
陽の光に代えて〜ドイツコラージュ Ⅳ
IMG_4514.jpg


ーーあなたへの
      贈り物は
       私の心

私のものすべて
       私の言葉
         ふるまい
           
想いのすべてを
あなたひとりに捧げますーー







ヘッセの
“知と愛”からのフレーズ

それぞれの輝き
その共鳴・・・
それは時に陽(ひ)の輝きとなって
私たちを照らし続ける。

































テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2016/08/29 12:45 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
詩神の訪れ~イェイツ IV
IMG_3787.jpg

詩を読む時
そこに謳われた
情景
色彩
水の調べ

それが
作者の前に広がるものとは
限らない。

ときに
それは
心の奥深くに沈殿する
心象風景だったりもするんですね。


       *


アイルランドと云えば伝説の国
アイルランンドらしさと云えばケルト神話

神話的世界から
精神の力学を読みとるチカラ

その洗練された文学精神は
日本の美意識とも通底する場所がある。


失われた時間は戻らない
”取り返しのつかなさ”
それこそが
過去に他ならない訳で

時の経過は
瞬間、瞬間の堆積であり
不可逆性のものなんですよね。

ですが
単なる蓄積では
決してないと思うんです。

例えそれが哀しみであっても
向き合う姿勢によっては
時を重ねることによって
掛け替えのない
精神性の結晶へと昇華させ

記憶という名の
豊穣なる泉
にもなリ得るのだと・・・。

そして

有限界と永遠界を結べるものは
たぶん
哀しみだけだけ

哀しみを知るひとだけが
永遠を知ることができるということ。

”時” なんかに
束縛されない永遠を
教えてくれたのは

イエイツがくれた
あの
美しき
”言葉の音楽”でした・・・。










テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

【 2016/08/21 08:38 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
詩神の訪れ〜イェイツ III〜mysticism
IMG_4168.jpg

イェイツの
mysticism
その原義が秘義であることからも
わかるように
mysticismは、その核心が語られることは
ないんですよね。
秘密厳守それがmysticism

語れないがゆえに
暗示となり
沈黙となる

よって
イェイツの内奥に息衝いているのは
ある核心であって
イメージが結晶化された詩。

文脈から浮いた表現や
指示のない代名詞
一見して不手際に見える箇所こそ
重要な意味をもってたりもするんですね。

“歓びとは何か”で
締めくくられる作品“Vacillation”
そのタイトル(揺れ動く)通りの詩脈。
(大江氏がノーベル賞受賞講演のなかで
強調されていたものもそのひとつ…。)

そして
イェイツのいう
”仮面”(=マスク理論)抜きには語れません。

自己の内奥の真実
生の神秘を映し出す
”反対自我(アンチセルフ)”
逆説の鏡・・・
それは
生を映す死の鏡。

その個別性を原型的仮面に落とし込んで
普遍性を見出してゆくという
イェイツmysticismの修辞法。

それは
自身の網膜に自己は決して
映ることがないという
認識の盲点に光が当てられて…。

生そのものが
神秘の中の神秘であり

誰もが
その“生の主体者”であり
客観的に生を
認識することはできない。

そこに
たったひとり
答えを出したオイディプスは
イェイツにとって生の神秘を知る英雄
となった。

イェイツは
“A Vision ”のなかで
暗示的に語っています。

オイディプスは
ホメロスの時代から
或一つの
象徴的イメージ

スフィンクスの恐怖も
ガリバーの恐怖も
悪の華の恐怖も同じ

それは
英雄たちの盲目性。
瞳に映らないものを見るための逆説。

(モローは
“オイディプスとスフィンクス”を
互いの 瞳を見つめ合う一組の恋人として描いていましたけれど
他者の 瞳に自己を映すことで
自己認識を得たと言うことの示唆なんですね。)

生は死の逆説の鏡にのみ映る
真の生は死せる人々によってのみ保持され
生を死
死を生
によって映す
逆説の鏡
これが
仮面の詩法でありまして。

そうした
主客反転から
ハロルド・ブルームが言う
クリナーメン(意味のカスタマイズ)を
ベースにして
普遍的仮面を
世界神話に求めた。
イェイツの世界観
ミクロコスモスとマクロコスモスの一致という信念のもとに…。



私が最も共感したのは

共通項からのズレ
違和感を排除し
整合性をつけながら
理性的にカスタマイズして
真意を読み解く
クリナーメンという概念。

大切なのは
表面的字面や
読み解かれた結果に
流されないことであり

こうした理知的、客観的視座を
もって
偏見を持つことなく
冷静に本質を掬いとってゆく
姿勢そのもの。

東西思想バランスよく
向き合う対象が
広ければ広いほど
より
真理に近づいてゆけるものでしょうか。


※解釈はさまざまですが
イェイツの詩全体
その文脈からみて
“自己呵責”のなかに
その核心は潜んでいるよう。

ケルト的文脈と良心を苛む原罪(考古学的にも実証された創世記に登場するスフィンクス的要素)ケルブとの融合から
彼は深い存在への問いに
一定の答えを得たよう。

歓びという名のエデンは
生と死の狭間におかれた
ケルブにあると。

ケルブはエデンの園の番人ゆえ
エデンの在りかを指し示す
逆説的道しるべになる
ということなんですね。
そしてこの概念は
イェイツの言葉を借りれば
ある“高貴なる日本の劇”
(能の流れを汲んだ)
”鷹の 井戸”(鷹姫へ)とも重なっている訳で
それは彼女がエジプト風衣装をまとっていることからも
伝わります。

能の影響を受けた戯曲
その多くに
ケルブの暗示があるように感じています…。








テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

【 2016/08/19 20:48 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
詩神の訪れ〜イェイツ Ⅱ
DSC_0039_20160506163400849.jpg

Rose of all Rose,
Rose of all the world.


イェイツが
時の十字の上の薔薇に寄せた想い。

彼が愛した薔薇は
精神的、知的な美
と同時に
地上に生き、戦う実人生の象徴
でもあったんですね。

ですが
その薔薇は
シェリーやキーツのそれとは
大きく違っていた。

と申しますのは
イェイツの薔薇には
寧ろ、実在のうちでは
与えられることない
”深い親密さ”が
備わっていたから。

それは
精神世界の共有
心の交わりだけを
通じてのみ
得られるものだったから。

結え、
イェイツと彼が愛するモードは

”mystic marrige”

へと導かれながらも

近付いては
怖れ
怖れては
近付く
出会いと別れの
止むに止まれぬ
繰り返し。

”The Lover tells of the Rose in his Heart.”

のなかで
大切な小箱から溢れくるのは

”He remenbers forgotten beauty”



・・・・。
ひとつの人生

ほんとうの愛は
ひとつしかないものでしょうか。

終生願いながら
叶わなかった彼の想い

ですがそれは
”Leda and the Swan”のなかで

ギリシア神話の
(白鳥に姿を変えた)ゼウスと
レダの間に生まれた
ヘレナに擬えられて
魂の融合を果たすんですね。

やがて
彼はそこから
叡智に満ちた
精神世界に漕ぎ出る
あの
荘厳な精神世界へ。

その先
彼のマスク論は
逆説的な意味で
あるがまま・・・

という
自然体の境地へと
導かれていったんですね。


      *


心のなかの特別な場所を占めて
譲れないひとがいるということ。

夢の中でしか逢えない
にも拘らず
其処には
深い情感が齎されて・・・

私的には
こうした場所にこそ
実存を解からせてくれる
最後の可能性が
残されているようにも
感じています・・・。

























テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

【 2016/08/17 21:31 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
詩神の訪れ〜イェイツ Ⅰ
IMG_3687.jpg

人間のほんとうのゴールは
美を凝視する内面世界にある

軈て
死に際したときには
美こそが
美だけが
価値をもつ
そんな境地に辿り着いた詩人
イェイツ

高貴さと神聖さを兼ね備えた
あのシェリーの詩のヒロインのような
美しき女性モード
愛する彼女のために
恰もアイルランドの精神を
具現化したが如くの女性を主人公にした
文学劇を書き上げた
ひとでもある。


彼の作品群の
背後にリフレインするのは

"piping so sad"
"piping so gay"

彼はこうした
相反する感情を
同時に内在させる
アンチノミーの詩人
でもあったんですね。

二極性の矛盾
その葛藤のなかで
生き続けたイェイツ。

ゆえの
芸術
歴史
哲学への深い洞察力、

ですが
考えてみれば
現実とは寧ろ
相矛盾した
そうしたものでは
ありませんでしょうか。

そんなサスペンションの状態
二律背反の狭間
微妙な拮抗状態
にこそ私は
リアリテイを感じてなりません。

ブレイクの
”歓びと哀しみが結び合されたもの”こそ
人生という
あのスタンスにも似て。

バランスのとれた
成熟した人間こそが

物質主義、商業主義が招く
精神の貧困に抗しきれると信ずる彼は
アイルランドのヴィクトル・ユーゴーに
なりたかったんですよね。

国家だとか
人種だとか
個だとか
種々別々に見えるものであっても
実は
その内奥にある
イメージの束で統一されるということに
気付き得ていたそのこと
それは
芸術含め文化統合の理想でもあり
存在の統一体となるものなんですね。



※ヨーロッパ文化の中心から
隔絶されていたアイルランド。

ゲール語に始まるケルト文化には
独特の世界観が息衝いて

アイルランドは他のヨーロッパ諸国と違い
ローマ帝国の浸入を逃れたために
物質文明に侵されない
純粋なアイルランド−ドルイド–的文化の
歴史的ベースをもった国
そこに精神の源
文学の背景をもつイェイツ
そんな彼は
その学びの姿勢から
東洋的

さらには
ヨーロピアンマインドをも備えていて
実際
アイルランドのユーゴーだったのかと
感じてもいます。











テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2016/08/16 09:50 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
| ホーム | 次ページ