海の見える街~鎌倉めぐり~円覚寺/帰源院/東慶寺~釈宗演/福沢諭吉/夏目漱石

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鎌倉は
横浜から思いの他近く
古都を感じたくなると
ふいに出掛けられるほどの
小さな逍遥の地でもあります。

言わずと知れた
京都は清水寺の音羽の滝
綺麗な響きをもつこの滝の名は
背後の山々から沸き立つ清水
その流るる音が
鳥の羽音のように響きわたる
といった情感で詠まれた歌が語源のようですが
そう言った意味では、その名を離れて
鎌倉円覚寺は
音羽に包まれた森のような風情を
湛えた場所です。


*


臨済宗は円覚寺塔頭 帰源院に逗留し
釈宗演に参禅したと伝えられる漱石ですが

往時の様子は
彼の代表作”門”にそのまま
綴られていましたっけ。

ーー山門を入ると、左右には大きな杉があって
高く空を遮っているために
路が急に暗くなったーー

主人公 宗助は
其処で”風邪を意識する場合に似た
一種の寒気を催した”んでしたよね。

タイトルにされた”門”は
この時感じた
世間と境内との境界の門であり
その境に隔世の感を受けたようで。

この門が
一説に山門
或いは
山号の”瑞鹿山”の額が掲げられた
総門とも謂われておりますけれど。

小説のイメージに照らすなら
総門の方がしっくりはきます。

(私的には、立派すぎるあの山門より
さりげない雰囲気の
総門の佇まいを好ましく思っていまして^^)

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(確か藤村の”春”にも登場していましたよね)

作中には
”本来の面目”を尋ねられ甚く困惑した様子も
綴られています。

”本来の面目”
こちら、禅宗用語
自分の本当の姿、本当の心
を指すようですが、確かに
なかなか即答できる類の質問でもないようです。
ですが・・・そもそも坐禅って
苦悩から己を開放し、安らかなる心を得るためのものらしく
結果、
坐禅 事体
もっと言えば
ありとあらゆる言動その全てが
本来の面目であって
寧ろ、本来の面目でないものなどないといった立場のようです。
ですから、本来の面目は
探すものなどでなく
ありのままの私たちの姿を指すものでしょうか・・・・・。





※漱石が18年後に釈宗演(当時東慶寺)を再訪しているようですから
よほど思うところがあったということか、
実際、あの美しい東慶寺門前には夏目漱石参禅百年記念碑が建てられていますし
歴女でなく文学好きにもわくわくの鎌倉であります。

ここに登場する”釈 宗演”とは
(慶應義塾時代に福澤諭吉のバックアップを受けて渡米し)
シカゴ万国博覧会にて”禅”を”ZEN”として欧米に向けてレクチャーした人物なんですね。
その後、各国を巡遊し、インド経由で帰国された記録が残されていますけれど
セオドア・ルーズベルト大統領とも会見された上
日露戦争では従軍布教師も務められたという禅師であられます。
(国内でも広く政財界の他
この漱石、また徳富蘇峰主宰の
かの碧巌会の講師もなされたよう)




最後に
帰源院の片隅にひっそりと建つ漱石の句碑に
刻まれた文字を置いておきます。

ーー仏性は白き桔梗にこそあらめーー





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織田作之助〜蛍火 から 白い風 へ

命ある限りの蛍火のように

〜蛍

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※寺田屋を舞台に
坂本龍馬も登場するこの“蛍”ですけれど

奥様を亡くされて間もない時期の短編で
寂寥の先の虚無が
抑制を効かせているようで
無頼な彼が垣間見せる無垢ゆえか
読後長く余韻を誘う作品となっていました。







概して小説の書き出しは
音楽に云うIntroductionが如く大切で
最後の一文は、やはり心に残るもの


ー凍てついた夜の底を白い風が白く走り
雨戸を敲くのは寒さの音であるー

に始まり

ー硝子窓に当たる白い風の音を聴いていたー

に結ばれた
彼の“世相”を思います。
























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若山牧水/別離 supplement ~いのちの観照



第三歌集”別離”
(時系列を超えた作者の編み直しの影響もありましょうけれど)
無限豊饒なる海
その声を愛した牧水.
併し時に
命の儚さをも突き付けられ
拒絶さえ垣間みせながら
山の静けさに癒されたりもするよう.
それでも
またしてもいのちの起源となる
海に懐かしさを覚えてか
生命への愛おしさを募らせ
海に回帰しゆくその歩みから
再生の様子が伺われもします。

それは、内省的というより寧ろ
命の観照ともいえるもので
彼の作品その真実力の淵源となったものでありましょう。


























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若山牧水/別離 Ⅱ~自然より感受する安慰の念

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ひとの心には
消し去ることのできない寂寥が棲んでいる
と記していた若山牧水.

安房の渚に重ねて彼が見つめ続けた寂寥.

そこには
命の本質が息衝いていたように感じています。
と申しますのは、
哀しみの背後に
ある種の憧憬を含んだ美を感じてならないから
そう、自然の神秘を感じることから得られる
”いのちの有限性への痛切な自覚”
だけが齎すことのできる或る耀きにも似て。


大自然が備えし永劫
光、雨、波、風といったその脈動が育む
無窮なる
旅という名の自然は
淋しさに耐えるさすらいびとを
唯一包み込んでくれる空間なのかもしれません。












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芥川の眼差し



ーー人生は一行のボオドレエルにも若かないーー

芥川の作中からの言葉ですけれど

”一行のボオドレエル”
をどう捉えるかで
文脈は随分と変わってもまいりましょう。

彼の他作品から読み解こうとするなら
その芸術至上主義的価値観が
如実に示されたメッセージとも受け取れます。

一行のボードレールとは
日常に対して垂直に立ち上がる
時間の煌めき
永遠性さえ帯びるこの瞬間は
“生の精華”
ひとつの藝術のカタチであり
人生是に勝るものは
ないのかもしれません。

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テーマ : つぶやき
ジャンル : 日記

Pierre de Ronsard



打ち合わせの合い間に
カフェで一息つくのは
砂漠の中の泉 的な感もありますけれど(笑)

テーブルにアレンジされた
愛らしい薔薇に

薔薇をこよなく愛した
ルネサンス期の詩人ロンサールを想いました

仏蘭西はロワール
地方貴族の出身だったかと記憶していますけれど。



”酒に薔薇”

から始まって

”飲むほどに 胸深く
哀しみは おさまらず”

と胸の痛みを吐露しながらも

”薔薇なくして 美は何処に”

と詠いあげた彼の絶唱、
詩集に刻まれたその文字列は
忘れられないフレーズとなって
今も胸に残っています。




















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スティーヴンソン/宝島~ハワイ/ホノルル/カイマナビーチ/ハウツリーラナイ~中島敦/光と風と夢

ワイキキビーチから海沿いに
ダイヤモンドヘッドの方向へ歩いていくと



広大な芝生に椰子の木の木陰が涼し気な緑地帯を擁する
カイマナビーチに続くのですが
その一角にある大きな樹の下で

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かのスティーヴンソンが”宝島”の構想を練ったいう
伝説のハウツリーラナイがありまして。

こちらビーチに建つ
エッグベネディクトが本当に美味しい
小さなレストランで
モーニングは予約がとれないほどの人気
というのも納得なんです。

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ところで
そのスティーヴンソンと謂えば
横浜が誇る中島敦の
(中島敦となれば、山月記でありますが
流石、鴎外を卒論のテーマにした彼らしい作品でしたけれども)
”光と風と夢”であります。

ーー1884年5月の或る夜遅く
35歳のロバァト・ルゥイス・スティヴンスンは、
南仏イエールの客舎で・・・ーー

こんな書き出しで始まるこの物語は
”熱帯に於てのみ私は纔に健康なのだ”
が如く、病をおして生きるスティヴンスンの晩年が
南の島を舞台にして
丁寧に綴られたものです。

当に
”ロビンソン・クルーソー、ホイットマンの生活を
実験しつつある”彼の理想が
「太陽と大地と生物とを愛し、
富を軽蔑し、
乞う者には与え、白人文明を以て
大なる偏見と見做し、
教育なき・力溢るる人々と共に
闊歩し、
明るい風と光との中で、
労働に汗ばんだ皮膚の下に
血液の循環を快く感じ、
人に嗤れまいとの懸念を忘れて、
真に思う事のみを言い、
真に欲する事のみを行う。」
こんな生活であった訳です。

”小説とは、circumstance の詩であるとし
事件よりも
生ずる幾つかの場面の効果に”重きを置いた
スティヴンソンは

”真実性と興味性とを共に完全に備えたものが、真の叙事詩”と確信し
その根拠をモーツァルトの音楽性に見出したようなんですね。

リアリズム、ロマンティシズムなど
所詮、技巧上の問題と見做し
読み手を納得させるのがリアリズム
魅了するのがロマンティシズムと
解したところなどなど
スティヴンスンの巧みな文学論を織り交ぜた
中島文學その筆致。



ーNe suis-je pas un faux accord
Dans la divine symphonie?ー
 
めぐみのシンフォニーのなかで
自身を、調律の合わない弦とした彼のメタファ
表現者たるスティヴンスンは
誰しもが心のどこかで
懐いたことのある痛みにも
寄り添い続けているようです。

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漱石の鐘~誓閑寺



東京早稲田キャンパスにほど近い誓閑寺
夏目坂の麓にあるこのお寺
宗派は浄土宗
のようですが

此処の鐘楼
その釣鐘、その撞木は
私にとっては、ただただ
”漱石の鐘”

と、申しますのは
彼の作品に時折触れられる
梵鐘の音
その余韻が胸に残って離れないから。

鐘の銘にも多々あるように
除夜の鐘はもちろん
暁鐘、昏鐘のみならず
この響きを聴くものは
一切の苦から逃れ悟りに至る功徳があるとされる
そんな響きの筈が・・・。

ですが
私にはわかる

わかる気がする

彼の胸の内の重さ
彼方の記憶。




























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朝露のまにまに



ーーみなひとは
     花の衣になりぬなり
        苔の袂よ かはきだにせよーー


〜古今和歌集






クラシックホテルなどの苔生す庭園を歩くと
必ず脳裏をよぎるこの一首。

こんなにも苔のグリーンが胸に滲みるのは
恐らく

ひとつの節目
そこで上手に
気持ちの区切りが付けられるなら
それはどんなに楽なことであろうかと
願ってしまうからなんですね…。


























































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文学の海を泳いで Ⅵ




















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文学*美観の永続性

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文學の特質のひとつに
その普遍性があります。
なぜなら文学は知識でなく
情緒に愬えるものだから。

それは、洋の東西を問わず
太古から気の遠くなるような時を超えて
共通する感情であります。

愛しさ
歓び
哀しみ
淋しさ
怒り
痛み…。

美学上の学説である
“美観の永続性”は
そうした実態を鑑みますと
至極自然な理論と言えるんですね。

ですが、それは
やはり豊かなる人間性によって紡ぎ出されねば
成立しないものでもあるんですよね…。


それが仮に
文脈に接したその時の
刹那的個性的エモーションであったとしても
後に、回想さえすれば
変わらずに甦り湧き上がってくる類いのものですし。

不滅の情感を含む書は
時空をものともしない
普遍性を備えるということなんですね。

思想に変遷はあっても
人間がもつ
基本的情緒はさして変わらない。

此れが
文学が成り立つ所以とも謂えましょう。




























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ワイマールを愛して~聖なる泉、知の泉

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Thüringenの森を迎え
夜の帳に山猫の瞳が煌く

はかなげな
パステルグリーンの葉を纏い
キツツキのまあるい巣を守る
ブナの原生林

高く強く聳え立つその森は
なぜか道行く人の思索を誘う

古ドイツ語で
聖なる泉を意味するワイマール

美しい湧き水に
鏤められる
ゲーテの詩
シラーの言葉

誠実に古典に向き合い続けたからこそ
新しきものをも
正しく迎え入れることができるという。

そう
学びは
エンドレス

終わりはないのだ・・・。


















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文学*保留されたるもの

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文学の
その文字列に保留されたる
知見、想像。
うち、学問に於いては殊更に特殊を退け
一般的知識に働きかけるといった
非専門的形式に法って

感情、趣味的領域で
思想を貫き表現されたものから
得られるあの美的達成感。

それは、そのまま
知識が情緒のヴェールを纏ったが如くの
得も言われぬ美しさが齎してくれる
読書の付加価値でもあろうかと。

そしてそこに立ち上がる
感情の交換、想像の交換に
こころ動かされるうちに

学理的でなくとも
否、そうでないがゆえに
その共鳴を実感するひとも
けして少なくはないものでしょう。

























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文学*贅沢な時間 Ⅳ~図書館のなかで

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例えば
大英博物館のリーディングルームに守られる
シェイクスピアの初版本のように

こちら”early modern English”
15世紀中葉から17世紀中葉辺りに使用された様式ではありますが
実は 敢えてOrthographyを学ばずとも
大母音推移以前という認識さえ持って望めば
綴り(=発音)が異なる部分に法則がありますので
そんなに難解ではありません。

そもそもがシェイクスピア作品は
戯曲ですから
文法云々より語順転倒への
注意は必要かもしれませんけれど・・・。

語学的に原書を愉しみたいなら
”ヴェニスの商人””ジュリアス・シーザー”あたりが平易でお奨めです。
或いは、”マクベス””テンペスト”も、ありかと。
(取り分け、”ハムレット”や”リア王”は、
古英語への慣れが求められる作品と謂えるかもしれませんので後回しに笑)

そしてこうした中にこそ
時を超えて
運ばれてくるもの感じるんですね。

さらには、古びた紙に載せられた
精巧な挿絵に相俟って
行間から零れる
草木の無限の営み。

そんな息遣いを伴いながら
人々の悲喜こもごも
大自然の香りを
時空を超えて
今に運んでくれる書物たち。

命の連鎖に

掛け替えのない
めぐり逢いに

心が震える瞬間です。























































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芥川から川端~暮らしを彩る美〜自然と藝術~陽光と幽光~末期の目



太古よりの大自然
命の儚さ
悠久へ募る想い。

日本古来の静謐な美を湛える
生を、
自然を、
こころを、
繊細にして優美な文章で
紡ぎ出していった川端。
その暮しは
文字通り国宝級の美(術品)に囲まれた
美しき空間にあったという。

掛軸や、彫刻
其処に息衝く陽光、幽光。
そして例えば、魯山人の湯呑を日常遣いにすると
いったような。

美とは、日々の生活に根付いてこその
美なのかもしれません。
少なくとも私は、そう信じて疑わない…


       *


寂しさ
哀しさ
静かさ
優しさ
嫋やかさ…
いずれにも
美は似ています。

想いを致すのは此処
美は、
味わい尽くさねばなりません結え・・・。

       *

そして

美を見つめる眼差し。

”自然が美しいのは
末期の目に映るから”
そんな芥川の遺書を引用した
川端のノーベル賞受賞講演。

病弱であった青年期に
天涯孤独の身となり
両親の記憶さえ持たない
孤独の作家、川端であったから、

そのこころを慰めたのが
“美”であったから、

断言できた
藝術の極意、”末期の目”

美は緊張のなかにこそ
拡張され
鮮烈に受容されるということ。


       

















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空の揺籃

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小説の ”プロット”
其処(抜き取られたプロット自体)には
作者の意図(思想)は、殆ど含まれていない
古典にはそんな作品が少なくない。

当該作品にとって最も大切なものを
置き去りしたプロットが
独り歩きし評されるその様子は
空の揺りかごを揺らし
幼子を寝かし付けている親のようにも映る。











































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優しきstoryteller



物語を紡ぐ
ストーリーテラー

独自のロジックのうちに展開させ
特定の雰囲気を纏わせながら構築する
ある世界観
その記述。

けれどそれは
必ずしも時系列に並んでいる必要は
ないんですね。

時に
来たる哀しみを和らげることに
次なる準備をすることに
心を砕き
(筋の巧さやスリリング性だけを是としない)
深い配慮を備えたストーリーテラーがいることを
私はある作品から学びました。

大切にしたいのは
物語の本質

そんな優しきストーリーテラーを
私は愛して止みません。














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堺事件〜森鴎外から大岡昇平〜晶子の愛した堺 妙國寺貫首



切腹の現場となった妙國寺の現貫首をして
“事件を正しく知るには、大岡を読む他ありません”
と謂わしめた
大岡版堺事件“堺港攘夷始末”

物語性を排除して史実に徹した
“レイテ戦記”の大岡ですゆえ
わからなくもありません。

往時、大きな転換期であり
アナクロニズムにあって
それは痛ましさにしか映りませんし
まして現代とは価値観を異にするため
細部への言及も避けたいところであります。

あくまで歴史小説でありますゆえ
当時盛んに論争されたという
フランス人等への表現の差異は
あって然るべきかとも存じます。

鷗外、大岡に
共通しているのは
当時大きな衝撃を与えたであろう
この事件
その当事者たちへの深い
鎮魂、哀悼の含みを感じること…。

ただ
世界広しと言えども
死に際し
こうまで潔い人間への
記述を日本文化以外では
私は知りません。














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漱石/“三四郎”だから“それから”〜三島/春の雪〜実篤/愛と死

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ーーわれは我が咎を知る
我が罪は常に我が前にありーー

往時、西欧文学にありがちな
プロトタイプに陥らない女性美彌子が要の
“三四郎”

科学者野々宮とピュアな三四郎の
狭間に揺れるようでいて
その実…。

だから
次なる作が
“それから”
だったんですよね。

美彌子のなかには
方や実篤“愛と死”の夏子をも求める
漱石が生きていて

その先に
三島“春の雪”の聡子
最期の選択があっても
おかしくはない訳で…



人間的複雑さを濃やかに切り取り
そこに
穣さ、深さを内包させて魅せる。

偉大なる作品の匠さは
こんなところにも
息衝いているんですね…。

























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枯寂の空

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時に帰休庵
時に観潮楼主人
こと鷗外

あ、そう云ってしまえば
“鷗外”も雅号でしたけれど。

4年余りのドイツへの研究留学で
医学研究に纏わる多くの業績をあげながら
一方で原書で名立たる小説、思想書を
読み進めたという理知のひと。
その後、陸軍軍医総監という
軍医最高峰を極めた鷗外ですが
その作品群を見渡すなら
彼の文学的人間的教養はやはり
漢文学で培われていらっしゃるゃよう…

津和野時代から身につけられたというその素養に
如何なる彼の生(知識、思索、経験)が
降り積ろうと
帝室博物館総長に任命された日に
記したのはあの漢詩でありましたし。


文学は、自己の問題を
端的にテーマにし得る
選れて有効な藝術結え

文学は多く
問題を含むんですね…。

ですが
鷗外のTheseが
如実に示しているように

問題は文学ではない。

文学は確かに問題を含みますが
それ以外のものも
あまりに
あまりに豊かなるものですから。

だれよりそれを知る文学者
鷗外だからこそ
レッシングを愛したんですよね

利他的個人主義、或いは折中主義か
文学的領略か

理論か実践か
鷗外が揺れた季節に。



結果、あの“興津”に始まり“抽斎”を迎える
“歴史家”的道を歩み始めた

資料に積み上げられ
検証し再構成される登場人物たち

それは
没我的集合主義
運命への信頼と

魂の深淵が、生を揺さぶる自己肯定
個人主義

トルストイにも見紛うほどのひと鷗外が
その両極に振れ
狭間に惑う
それほどに
捕捉し難い人間存在。

最大の敵 枯寂の空は、
果たして敵だったのか

人間的なるものを見つめ
人間性を救済せんとし
歴史を超越する眼差し
調和のとれた人生観への
歩みにも映ります。

其処で彼から学んだことのひとつ
それは

自律的世界秩序のなかで
かの歴史の桎梏と同じくらいに脅威なのは
そうした秩序や規制に耳を澄まそうせずに
徒に思量し我に固執し
本能や衝動が表に現れてきてしまう
そうした姿勢への戒めを
失ってしまうことの恐さだと云うことでありました。











✳︎たぶん
あの三嶋の憂国も
突き詰めるなら…

意図したところは
此処だったように私的には感じてます。



































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鷗外 “阿部一族” の先に…



武士道
葉隠
殉死

それぞれに各々のイメージが付き纏い
時に様々に解釈される
極めて多面的で複雑な様相を放つ
メッセージ性の強い言葉たち。

日本古来の美学が潜んでいるようでもあり
封建的重苦しさもあり
哀しき愚かさが垣間見えもする

その理由
それは、
事を為すに
組織に呑まれ
周囲の評価に囚われてしまったなら

その時点から
在るべき姿から遠ざかり
尚、美は機能を停止してしまうから。

社会が必ずしも正しいものでない以上
私たちは
どうしたって
周囲に流されることなく
真理を見極めなければならない立場にある

けれど
それは容易いことではなくて。

だからこそ
日々
思索を重ねるんですよね。

そして
それが独りよがりなものにならない為に
視野を広げ
多くを学び
深く捕らまえてゆく必要に迫られるんですね…。















































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魁夷のこころ〜冬の華〜舞う雪〜川端文学〜自然支配への愁い



凛と冷えた
横浜の空の下で

川端の“古都”
その最終章 冬の花にある
あの清浄な情景を想いました。

そこには
北山杉が淡雪を纏う
京の美の極みが描出され…。

そして
もうひとり東山魁夷

あの“冬華”後
魁夷が会得した《白》からの
京都 冬の美
“北山初雪“

愛しき自然
その残照
その立ち姿
その道行き
自然を愛しむふたりの心が
こだまする・・・。

さらには
川端が愁いた
人類の自然支配までが

北山初雪の内奥に表現せんとした
ダークな魁夷の色味に通底している

向き合う者に
逼りくるような
重いメッセージを放って……。










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虞美人草〜漱石

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あまり評価の高くない漱石の“虞美人草”
ですが
あの美文調も
私は嫌いではありません

そして何より
心情のリアルが凄い
というより
寧ろ怖いほど。

漱石の内なるもの
深層の心理
彼(=私たち)が何を求め
何を願い
何を欲していたのか

それが
顕著に伝わる作品のひとつ
に相違はないようで。


人間関係が希薄になりつつある今日
真っ直ぐに向き合えるひと
深く関われるひと

そこに必要なのは
解り合える関係性(知音

そして
幾分か恋にも似た相性にあいまった
深い尊敬と信頼やも

そんなことを
気付かせてくれた
作品でもありました故

さらには
そうしたひとの不在
或いは
喪失にまで踏み込み提起されていますから
思索は尽ないところであります。
















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無縁坂の哀しみ〜雁&舞姫/鷗外



すれ違い
行き違い
別世界

救い(愛)のない坂
無縁坂

届かぬ想いのその先で
雁(エリス)は打たれて
散りました

行き場をなくした
想いだけ
ゆらりゆらゆら
無縁坂














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最後に私がおたずねしたかったのは〜利休にたずねよ/山本兼一

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ーー静謐な気韻
美の崇高さへの畏怖ーー



煌びやかさに溢れくる美
がある一方で

侘び寂びの世界にしか
見出せない
ひっそりとした
音のない美がある。

哀しみから目を逸らさずに
痛みを抱き締め生きるひとだけが
知る美しさ

といったような。

美の源泉
美の基盤が

たったひとりのひと
たったひとつの愛
にあるとしたなら

それほど
揺るぎのない美は
ないのかもしれない。

なぜならそれは
執念にも似て

いつ
何が
どうあろうと
貫き通される類のものだから。

そういった意味でも
美と愛は
極めて
親和性が高いよう・・・・。












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ホイジンガ〜中世の秋 Ⅷ

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エルンスト(獨逸語で本気、真面目)
の対極にあるような遊戯

にありながら
最高度の緊張感と真剣さを
内包するエルンストと
遊戯のそれとの
親和性…。


虚構と現実
埋まることのない距離
その緊張関係の上にこそ
維持されるもの

それが文化の一側面…

終わりなき
対立と宥和の繰り返し

一方で
イデオロギーの
文化不毛性を感じないではいられない。

求められる
自制
ルール
寛容性

寛容性…。

本作品の舞台が
ブルゴーニュであった
その理由は
此処にある…。


































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ホイジンガ〜中世の秋 Ⅺ

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遊びを喪った文化は崩壊する…

宛かも
文化の本質的条件が
遊戯であるかの如く
語るホイジンガ

プロセスそのものが
目的となる遊戯
ゆえにそれは
必ず自発的で…
緊張と歓びを伴う
非日常の世界観

例えば演劇
例えば祭祀

単純自明の遊戯は
いつしか
複雑、高貴なものに変容しゆくほどに
遊戯概念の適用領域って
広いんですね…。



























テーマ : 伝えたいこと
ジャンル : 日記

ホイジンガ〜中世の秋 Ⅴ

IMG_7172.jpg

どんな文化も
時代を超えて愛される価値を内包せしもの

それを
丁寧に掬い取ったホイジンガ

或る文化が
その命を枯らし絶えた同じ土壌に
新しい精神が生まれ来る
その情景に光を当てたひと

ーいつの時代も
   美しい世界に憧れるー

そんな書き出しに始まる第Ⅱ章
タイトルは
“美しい生活を求めて”

それは
”理想”の魅力を以て
現実を中和せんとする
中世末期の基調

美で生活を高める
騎士道、円卓の騎士たち

一見して
空疎、非合理なもののなかにこそ潜む
芸術性
そこに宿った中世精神を

客体的に捉え易い
法律、制度、政治経済を調査探求し
そこから
その内面的理解を深め行く
ホイジンガの学問的彷徨・・・。


















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ホイジンガ~中世の秋 Ⅳ

IMG_6856.jpg

古典の意義ほど
分野によって
異なるものも珍しいのかもしれませんが

少なくとも思想の領域においてのそれには

先ずもって

究極の想像力に
表現の純粋さ
優れた生活の統制が・・・

さらに
人間存在を見抜くあの洞察力

古代人(こだいびと)に帰せられる諸特性
そこに確かに在る 豊かな実り

人間性の
最も高貴なものは
”心の暖かさ”であることを
知らしめてくれる
そうした世界観であります。













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ホイジンガ~中世の秋 Ⅲ

IMG_6773.jpg

この書の起点は
ファンアイク

そこから
フランス文化の歴史的前提
ブルゴーニュ社会
所謂
”ブルゴーニュの世紀”へ

事物の本質への直感を含む
死と生誕
衰退と興隆
両者は
因果的に関係しながら
併存し
歩調はひとつであるとする
そんな
ホイジンガの主音調

それは
中世末期は
巷で謂われ尽くしている
ルネサンス前史
なんかではなく
中世の終末的アプローチだと。












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