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すべては学びの場に・・・
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人間は、尊厳(Würde)において理解される存在
というところは、議論の余地はないのかと。
一方で
価値(Wert)の優劣で理解する思想性は
人種主義と親和性が高く
また、同一民族内における価値的優劣を問題化する
優生学も差別主義的危うさを含んでいることも周知の事実。

ですが、”価値”という観点でなく
人間不平等性論は(仮にすべてが同じ条件のもとであったとしても
誰しもが同じ能力を発揮できる筈もなく
同等の役割を果たし切れないという)
”個人差”への、理解、寛容性を育てる学びの場には成り得ませんでしょうか。


























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【 2019/08/20 11:08 】

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見極め~naturalistic fallacy そしてdefinist fallacy
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(英国の哲学者ムーアの”倫理学原理”
往時のメタ倫理学界へは結構な衝撃を齎したという著作であります。
彼が提起した”自然主義的誤謬”
今日まで絶えることなく
メタ倫理学の課題とされており
”ムーアの議論”として知られています。

大変に誤用の多い概念で
かのヒュームの法則に似ているようでいて
全く非なるもの。
無論、賛否ありまして
定義主義的誤謬、記述主義的誤謬などといった
多くの立場によって否定されてもいます。

ですが、私的には極めて有用かと。)
定義できないものを
定義しようとしてしまうこと
或いはしてしまっていることへの
問題意識は持たねばなりません
そう、学ぶべきは此処なんですね・・・。

定義は、できないけれど
理解できてしまうという状況が
余計に混乱を助長してしまっているよう。

多くが薄々その違和に気付きながらも
議論の渦にのまれてしまう現実をみているのは
少々辛いです(涙

      *

散見されるのが
原理に関する主張
現象(現状)に関する主張
当為に関する主張等々が
同じ土俵で議論されている様子
こうなれば文脈の共有は困難で
事態の収拾は覚束ないようです。











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【 2019/08/14 10:28 】

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不確実性リアリスムの立場~曖昧という名の希望/決定論の虚しさそのパラドクス


古代ギリシャ語”angh”をルーツとする
ラテン語”anxietas”に由来する
”anxiety”(不安)

こちら、自己を脅かす可能性
そのリスクを予想することに纏わる感情
と申しましょうか、
そしてこのanghを題材とした
哲学の歴史は長いんですね。

この”感情”は
主観的体験に伴うものであるため
必然”anxiety”も主観的文脈で語られることが
多いのですが・・・。

          *

生とはそもそもが
不確実なものですから
この不確実性が
生のひとつのカタチであることを
受け入れるということ
さらには
この不確実性こそが
よりよく生くる鍵になってくる
というような視点
もっと謂えば
あらゆる決定論に抗する
”希望の源”となっているということへの理解が
大切なのかもしれません。

不確実性から目を逸らすことなく
受容し
不確実性の海に身を任せることができなければ
そこに実体的なものは生まれてきませんし
一方で
不安の緩和にも繋がってはゆかないものでしょう。

確実性ですとか決定性ですとかを
前提にした仮説、
(必然性或いは
確実性群の主題化といったように)
現実、そのありようをしっかり見詰め
分析するならば
それが果たそうとする道筋事体が
寧ろリアリティのない
錯覚であることへの気付きも叶いましょう。

冷静に考えるなら
”不合理”
これ自体必ずしも悪ではない

不確実性こそを
デフォルトに据えてゆく覚悟は必要なんですよね。

自然主義的認識論にみる
揺らぎ
あの曖昧性
実在性をしっかり認め
生は揺らぎゆくという本質を
見失わないことが求められているということになりましょうか
そう、
知識もひとつの自然現象でありますゆえ。

何事も二元論でなく

”程度説”的視点をも考慮しながらの
肌理細かな分析を忘れてならないということなんですよね。

ファジー機能の駆使
こちら
無常の世界観でも一役買いそうではあります^^

これからも
段階を踏みながら
不確実性のリアリズムに迫ってゆきたいと
日々考えているところです。

















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【 2019/06/08 23:34 】

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思想史的雑感 Ⅴ~終わりに


ある近世仏者思想より

科学が進歩するほど
失われゆく醇朴さ

知り得た知識のみが先行し
思惟は限定され
精神の豊かさから遠ざかるこころ

自身の知見に頼り
天地日月、千古賢人を侮る

学術によって得る智は
精神性に比すれば
僅かなものに過ぎないが
これによって失うものは
時にしてあまりに大きい

合理性追及の末路は
対象を自己内知識の尺度によってしか
思考できなくなる危き様相を呈し
すべてを無前提に
自己と同一化する志向に堕するのみ也。






























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【 2019/04/20 22:11 】

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思想史的雑感 Ⅳ



儒学、国学、仏教
といった思想家たちには
(教学思想は原理主義的志向と見紛う処もあり)
古代像に
理想を託す傾向があるようで
必然
付き纏う時代の価値観によって
問われる矛盾に応える必要に迫られる。

科学の進歩に伴い
先に触れた
仏教、古代宇宙像批判への
説明要請も高まったわけだ。


そこで護法論

須弥山は
世界解体の無我論であり実在ではない
という理解が提示された

須弥山の精神化だ

そう

すべては
精神性
その大きさ
その奥行き。











































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【 2019/04/19 08:44 】

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思想史的雑感 Ⅲ


丸山は国学、儒学を注視する一方で
(幕藩体制の枠組み、
封建制度の門閥となっていたはずの)仏教への
彼の眼差しは以外なほど冷ややかだ。

確かに国学は受動的であり
絶対肯定的である
此れが、政治支配に
優位性があることは容易に理解が出来る
また、儒学しかり
そこにも普遍的政治性が沈潜していた
けれど
仏教もまた権力機構の制度となっていたのだ。
その思想は、固定化、形骸化したものと見做されがちだが
併し乍ら(文献を鑑みるに)
”価値観の否定(現実世界を相対化し解体する)”という
仏教思想の普遍性が
どれだけの日本人の精神を開放し
其処で自由を与えてきたことか・・

市井の人々に浸透していた
大いなる思想
その水脈は
表象的な明治近代化の波(廃仏毀釈、神仏分離)などで喪わせられる類のものでもなく
寧ろ、終戦までの動乱期を下から支え
水面奥深くで
脈々と受け継がれてきたものではなかったろうか。






















































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【 2019/04/18 19:37 】

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思想史的雑感 Ⅱ~近世日本より


明治以降の目覚ましい近代化は
思想史的にもいかにも
(その前時代に江戸中心に育んできた
穣かな日本文化の結実でなく)
欧米文化の影響によるものという
認識が一般的だ。


丸山 眞男氏の(政治)思想史に学ぶなら
日本近世とは、儒学から国学への変遷であり

愛しき”もののあはれ”は
別の側面で政治原理になっていたのだ

その文学の在り様に
胸の痛みを覚えるのは私だけだろうか。



















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【 2019/04/17 12:39 】

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思想史的雑感 Ⅰ~古代インド〜Meru


須弥山(別名 蘇迷盧)

スメール(サンスクリットSumeru)の音訳とされる須弥
この須弥山の概念図
その平面性
阿毘達磨倶舎論が構築する
世界観に触れたときの
あの文化的shockは
折に触れて想起される

情景が浮かぶほどに。















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【 2019/04/16 19:34 】

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想像力への要請


例えば
史上、影響力が大きかったとされる人物のひとりマルクス
ですけれど

史的資本主義(実態)分析では
往時なりに一定の到達は見られたように感じています。


ですが、それが礎とされ
(意図せずとしても)社会で実践しようとする指導者たちの在り様
(歴史を紐解けば明らかなように)
其処への想像力が
如何に大切かということなんですよね。

資本主義は資本主義に
共産主義は共産主義に
破壊されると謂われる所以です。

どんなシステムにも
欠陥が付きまとうということ

そして
人間とは間違う動物
決してパーフェクトな存在ではない

(一般論になりますが)
こうした前提を置き去りにした
論理展開は、曲解、悪用される可能性が高いことは
残念ながら歴史が証明しています。













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【 2019/02/07 08:45 】

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philosophy of history…その壁


ヴォルテールやモンテスキューが自然法思想を
歴史理論に生かして久しいですけれど

歴史意識

その客観性が
如何に現実性を超えて
可能になるか

此処なんですよね。

現実性の呪縛からの脱却
これは、歴史哲学の終わりなき
闘いかもしれません。









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【 2019/01/26 18:57 】

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細やかに、しなやかに…
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ツァラトゥストラが
気の遠くなるような孤独のあと
渡った橋その先が如く

世界に耳を澄ませ
真実を見詰めようとした
あの姿勢

細やかに

しなやかささえ感じさせる
そうした処にこそ
ニーチェの魅力があるのかもしれません。



































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【 2019/01/07 08:25 】

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生の余白
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必ずや
心にゆとりを持つということ
穏やかにあるということ

それは、
絶望を諦念に変えるべく
ひとの大切な在り様と謂えましょうか。













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【 2018/11/12 17:04 】

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心的生命の構造〜感情の束
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哲学の要求とは
この世界の不明点、その普遍妥当的解決
なんてディルタイ
言ってましたけれど

文學、時に宗教も似たような
要求を持っていますよね。

強いて言えば哲学には
普遍妥当的知識が求められる

ですが、是
実際可能なんでしょうか

そう、哲学の不可能性
であります。

実は、人間
不可能性の追求もまた
好きなんですよね笑

唯一
確かなこと
それは
そうした謎を解こうとする
(或いはその胸の窮愁を追及、昇華しようとする)
人類が内包せし
内的、形而上学的傾向
これだけは、
尽きることがないという実態であります。




























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【 2018/11/05 18:11 】

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Bricolage〜flexible


レヴィ=ストロース的
あくまで
レヴィ=ストロース的
ブリコラージュは
大切にしたい

記号化すると謂うより
捉われたくない
フレキシブルにありたい

素朴にそう思っている

ただそれだけのこと
なんですけれど…。



















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【 2018/10/19 20:30 】

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其処に・・・
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遥か届かぬ
存在の最高根拠
ですが実はこれもまた
人間によって見出されるものなんですよね。

人間存在そのものが
絶対存在への通路には
違いないようで

それは哲学的人間学を提唱したシェラーはもとより
彼の〝哲学的人間学〟構想の定型化とも云える
ハイデガー〝基礎的存在論〟
ヤスパース〝実存解明〟にも
明瞭に提言されていたのですが・・・。

































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【 2018/10/13 21:51 】

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生を見つめて
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マリオプラーツが指摘した
芸術の二元構造
そして
意味深い類似性ー


カフカの長編が悉く未完であることー


フロベールが
登場人物ブヴァールらに託した
ほんとうの人生ー


伊藤整〝雪明かりの路〟に
佇む 後悔ー


恋の原理
その両義性ー


ーーー








































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【 2018/10/12 08:48 】

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かのように/鷗外〜避けて通れない場所


鷗外著”かのように”

其処にみる
主人公の苦悩は
そのまま鷗外のそれでありましょう。

リベラルな漱石に比して
自身の公的な立場含め
穏健ながらも保守であらねばならなかった鷗外。

作中には
欧州のベースに
その処世術が備わっているかのような
見解が施されていましたが

鷗外の
あの苦悩は、思想史に於いて
避けて通れない
思想的〝通過点〟なんですよね。

歴史を眺めるなら
こうしたジレンマに関しては
ヨーロッパ圏知識層の方がその時期が早かった
というだけのことで。

恐らく、日本のそれより
遥かに
多分に苦しんだように見て取れます。


























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【 2018/10/11 08:43 】

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格率〜kategorischer Imperativ



ーー我上なる星空と
我内なる道徳法則
この二つに畏敬の念を抱いてやまないーー

こちらは
カント〝実践理性批判〟結びの言葉ですけれど

彼の謂う
持てる行為規則
己がMaximeと

西田が談った
無動機行為

似て非なるもの?

切っても切れない
深く結びついたものではありませんでしょうか。


















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【 2018/10/01 00:21 】

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夏の光〜美学に生きる


眩い夏の光を受けながら
風に身を任せて漂う雲

そんな雲の浮波
その波路に
垣間見える
雲の迷い…




人生は、選択の連続
言い換えれば
選択こそが
人生を創るんですよね。

ならば、
妥協はしたくない

美しいと誇れる
信じる道を歩みたいから

例え困難であっても
ひとが美学に従って生きること

これもまた
自然の摂理に含まれませんでしょうか。

























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【 2018/09/09 07:50 】

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洗練の美学


哲学と謂えば〝ラテン語〟な時代から
(フィヒテが指摘したように)
活きたドイツ語に翻訳されてきたのですが
さりとて
ゲルマン系のボキャのみでは
やはり語り尽くせるものではなかった訳で。

こちら、ギリシア哲学しかりで
気の遠くなるような時間をかけて揉まれ
言語自体が成熟して来たんですよね。

誤解を恐れずに
語るなら

こうした言葉の洗練を
哲学と呼んで差支えないかとさえ
感じる今日この頃です…。
















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【 2018/08/21 18:31 】

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特殊を普遍のもとに包摂するということ〜絶対美/相対美


美を支えているのは
ヒューマニティの普遍性

美的評価の対象は

Sublimity

時に歓び
時に幸福
時に畏怖
時に沈黙
時に孤独
時に…

































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【 2018/08/11 00:39 】

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résignationの態度〜鷗外の哀しみ
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かのようにの哲学

その諦観
その諦念

埋めようのない
思想的価値観のズレ
無理解に基づく
見当違いの思い込み対し
為す術なく立ち竦んだ彼が

尚も
芸術上の思想を
譲れない
譲ってはならない
その一線を護るべく
包まれる
宿命的とも云えるあの寂寥…。
















































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【 2018/08/08 19:36 】

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始まり


思想を育むのは



愛でなければ…



















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【 2018/08/06 17:30 】

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正しい感情
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ショウペンハウアしかり
ヴィトゲンシュタインしかり

倫理的命題など
実はあまり意味を為さないんですね。

大切なのは
倫理的行為であって・・・

正当な理性では
救えない〝今〟の哀しみは
時に、あるべき配慮のなさで追い詰められ
正しい感情(思遣り)で癒されることを
忘れてならないですね。























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【 2018/07/30 03:12 】

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大切なもの
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理性では説明できない問題
ってあるんですね・・・

もっと謂えば
生き方を通してのみ
解き明かされる問題
と申しましょうか。



































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【 2018/07/26 16:13 】

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非日常性を泳ぐこと
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生きる意味の明察
道理を見極めて
事態を正しく認識し
適切に対応してゆくための実践智
或いは処世智と申しましょうか
こちら寧ろ非日常性
(例えば小説を含む学問、藝術の世界観)を知ることで
見えてきたりするもののようです。

よって、
それと日常との往復運動のなかでこそ
学び取ることができる
こうした生きゆく上での知
を大切に考えています。

感情に支配されないために・・・。





































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【 2018/07/02 00:30 】

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ほんとうに大切なものへ
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無の概念に
優位を与える東洋思想

例えば老子
その純粋(絶対)無という概念。

ここでの有は
あくまで無の自己限定として生じるもので
謂わば
無の有限化
結え、その本質となれば
結局、無に他ならない
といった解釈がひとつあり
西洋哲学に照らすなら
ニヒリズムにも見紛う見方と謂えなくもありません。
けれど
有限世界の虚しさに
気付きを与えることによって得られる
現実世界の価値への懐疑こそが
根源にある無を知らしめ
それが寧ろ
生の価値の回復に向かわせる
そうした思考法に繋げることもできるんですね。

世俗などに捉われない
(社会的に重きを置かれ取り沙汰されるものより
ともすれば見過ごされがちなもの)
目には見えないもののなかの
ほんとうに〝大切なもの〟に思いを致し
現実肯定に転化する
こうした思想性を美しいと思います。






































































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【 2018/06/27 18:11 】

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不条理のなかで
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人間の理知の有限性
人智の及ばないその一切を
包摂する理法を
私たちはprovidence
〝摂理〟などと呼んでみたりします。

同じような意味合いでありながら
そこに在る受身加減から
ネガティブさをも内包する〝運命〟観
その典型は、あのギリシア悲劇であったでしょうか。

摂理観の方はといえば
主としてキリスト教文化的
そしてストア派の汎神論的ロゴス支配、
或いはヘーゲルの理性狡智説にも垣間見えます。

ですが、
現代(今)を生きる私たちは
摂理信仰にも縋らずして
かといって
敢えて悲観論で運命甘受に流されるでなく
責任はあくまで人間とする凛とした姿勢
可能な限りの
人間的努力を忘れてならないんですよね
その名
哀しき不条理のもとにおいても。


感情と意思は
思考でコントロールできる類のものと信じたいから…
























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【 2018/06/25 00:41 】

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概念枠組のなかの事実を見詰めて


ひとの認識活動とは
瞳に映ったことだけから出発するのではないんですね。

そう、網膜上の知覚だけではなくて
それとの脈絡の狭間に働く記憶(知見)等の機能との
統合作用全体から出発するものなんですね。
そして、ここで得られるそれが
一般に事実と呼ばれています。

ですので、事実とは常に
(上記、統合作用による)解釈を含んでいる
という現実を忘れてはならないんですよね。

そして、事実に絡む
こうした統合作用のひとつの因子として
重要視せねばならないものに
理論があります。よって
私達は、事実群から理論を組み立る
という側面を備えるのですが、
先に記したように
事実に関与する統合作用が人間の機能であり
こちらを前提としている以上は、
統合作用として働くべく予めの知識体系
その概念枠組みが脆弱であれば
事実の認識に齟齬が生じてしまうことに
充分に留意し、必要あらば随時
概念枠組、延いては事実を見詰め直す姿勢が
求められているということなんですね…。















































































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【 2018/05/25 19:20 】

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多角的、多面的、重層的、多元的・・・・観点を想って


”額面0ユーロの紙幣”
その価格は3ユーロ
これが飛ぶように売れているそうです。

0ユーロ紙幣の肖像画は
推して知るべしそのひと
カール・マルクスでありましたけれど。

マルクスの出身地トリーア市観光局が
彼の生誕200年を記念して
企画した”商品”のようです。

彼の資本主義批判はわかります。
搾取、抑圧からの解放。
何より、平等社会実現のために生きたような
マルクスですゆえ。

併し乍らロシア、中国を始めとした
世界中の国々の政治運動に採用されながらのこの状況。

ですが、原初に立ち返るなら
あまりに必然と謂えば必然のことなんですね。

         *

社会科学におけるorganization。

人が集まれば必ずや組織が生まれる
何故なら人間は社会的動物だから
厳密に謂えば、自己の自然本性の完成への努力から
より善く生きるためにポリス的共同体を目指す訳で、
必ずや協働する
coproduction
cooperation
collaboration
partnership
共有された目標達成のために・・・。

よって、何らかの手段で統制され
複数の人々のコミュニケーションによって
構成されるシステムが生まれるんですよね。

そうなれば如何なる組織においても
必然、権力が・・・。

是、最早、自然の摂理なんですよね。

自己の成功率を他者よりも高める傾向
セルフィッシュ・ジーン・セオリーが
無視できない現況のなか
その枠組みが如何なる枠組みであろうと
そう、資本主義社会の資本家たち
空想的社会主義社会の独裁者たち
唯物論的弁証法で歴史の発展を説明できるとした
科学的社会主義社会のプロレタリアートたち
その根底に潜む共通項に思いを致すならば

かの理論の深層
係る心的防衛機制に
惑わされない努力も求められるようです。

















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【 2018/05/08 12:03 】

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