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風の花嫁~オスカー・ココシュカ/アルマ・マーラー~スイス/バーゼル美術館~エゴン・シーレ/クリムト~運命の歌/ブラームス~テンペスト~パオラとフランチェスカ
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私たちは定められている
どこに足を止めてもやすらうことができないように
過ぎてゆく
落ちてゆく
悩みを負う人の子は・・
~ヒュペーリオン/ヘルダーリン

スイス バーゼル美術館所蔵の”風の花嫁”
エゴン・シーレと同時期にクリムトに見出されたオーストリアの画家
オスカー・ココシュカの作品です。

原題は”テンペスト”
画家の友であり詩人であるディェ・ウィンデスバルトの命名です。

これだけ文学的余韻を与えてくれる絵画も
そう多くはないのでは・・と思える作品です

表現主義から入ったココシュカですが
クリムトの象徴主義傾向、その華麗な装飾性と官能性
さらには、アールヌーボーをも総括したウィーン分離派とは
一線を画してゆきました。
因みにこのウィーン分離派には、哲学者ウィトゲンシュタインのお父様のバックアップもあったようです。
モチーフは、多分にギリシャ的な”愛と死”だったり
ファム・ファタルをテーマにしてみたりで
深層心理を古典絵画技法により精緻かつ幻想的に写実主義をもって表現しようとする
ウィーン幻想的レアリスム派です。


19世紀末ウィーン
ココシュカがこの作品を手がけた動機は
作曲家でウィーン国立歌劇場の正監督でもあったグスタフ・マーラーの未亡人への想いにありました。

背景は、オーストリア・ハンガリーの二重帝国。
チェコ、ポーランド、クロアチアなど幾つもの民族を抱える大帝国です。
そこは、フロイト、シェーンベルクらの知識人に加え、多くの芸術家たちが集った芸術の都。
アルマ・マーラーは、そのウィーン社交界の華と言われた女性です。
彼女は、出会ったその日にココシュカを自宅に招き”トリスタンとイゾルデ”を奏でたといいます。
亡き夫マーラーがワグネリアンであったことを差し引いても
ケルトに起源を持つ古代トリスタン伝説をモチーフにしたこの楽劇の”イゾルデ 愛の死”を敢えて選んだアルマが、運命的な何かを感じていたことは想像に難くありません。

大海原の難破船に互いに慈しむように横たわる男女
それは、ココシュカ自身
そして彼が生涯愛し続けた女性アルマを描いたものです
制作当初は、薔薇色の華やいだ色調の作品でありましたが
二人の関係が悪化するにつれ
ココシュカの行き場のない哀しみをキャンバスに塗り込めるように
青く、沈んだトーンに変容してゆきます。
現在バーゼル美術館からは門外不出の作品とされていますが
少しでも移動すると剥がれ落ちてしまいそうな画布一面、厚塗りの作品となっています。

一見フォーブ的でありながらバロック的でもあり
当時は、理解を得られない前衛芸術家として
”クンストシャウ”を最後にウィーン美術界から追放を受けます。
同時期にアルマとの恋も破局を迎え
傷心の果て、
人道主義的でもあった彼は、第一次世界大戦に従軍
帰還したときには、アルマは別の男性と結婚していました。


こうした経緯を鑑みても
ココシュカの芸術的思想と
彼のうちに秘めるその想いには既に境界線はなかったように受け取れます。


私が初めてこの絵画に邂逅したのは22歳、
卒業旅行の時でした。
以来、この作品の前に佇むと
作品の背後から微かにブラームスのメロディが聴こえてくるような錯覚を覚えます。
そのメロディとは、彼がヘルダーリンの書簡体小説ヒュペーリオン「運命の歌」をモチーフに作曲した
同タイトルの楽曲なのですが・・・。

冒頭に掲げた詩は、この”運命の歌”からの引用です。
彼はこの章に来ると
プレストの不協和音を多用していますが
個人的印象は少し違っていて
最終的にココシュカはその懊悩をも乗り越えた
達観した境地に行きついている
私はこの絵画からそんな静謐なものを感じています。

ー男の死は 、男と女の再生の象徴である ー
記憶の片に埋もれたフレーズも蘇ります。

ー愛する人を失った者は永遠に漂い続ける運命ー
確かに、ロマン派の文学、音楽、絵画には好んで使われたテーマですが
これは古典に見る愛のプロトタイプであろうと思います。

例えば
ギリシャ神話”オルフェウスとエウリディーチェ”
エウリディーチェへの愛を貫き通したオルフェウスの儚く美しい愛の物語で
”オルフェオとエウリディーチェ”としたグルックのオペラセリアでも有名な作品です。
また
アーサー王物語からの伝説の騎士ランスロットとアーサー王の王妃グィネヴィアとの許されない恋 。
湖の乙女という妖精に育てられたため湖の騎士とも呼ばれ、後に円卓の騎士の一員となったランスロット。
トランプのクラブジャックのモデルにもなっている人物です。
さらに時代を下ると
中世ヨーロッパのサン・ドニ修道院長ピエール・アベラールとその弟子パラクレー女子修道院長エロイーズの
ラテン語の往復書簡集 ”アベラールとエロイーズ”
もっと言えば
画家カバネルの作品で有名な
ダンテの長編叙事詩”神曲”地獄編に在るパオラとフランチェスカの姿、しかりです。

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パオラとフランチェスカ/ワッツ

noble lovers
愛に生きる純粋さと崇高な精神があってこその永遠性
広く文学界、絵画界、音楽界の芸術家たちに
インスピレーションを与え続けている
それは、全てのものが移ろいゆくこの世界に於いて、決して変わることのないもの
人は心のどこかでそうしたものを求めているということでしょうか。

この絵画”風の花嫁~Die Windsbraut~” の中で ふたりは尚
優しさと温もりに包まれていたあの時、あの刹那を紡ぎ続けているようです
ディェ・ウィンデスバルト
ココシュカの想いは風になって、
今もスイスのミュレン 、イタリアナポリの空の上を
漂います
伝えたくて伝えきれなかった想いを乗せて・・・ 。



※時を措いてココシュカは
ドイツ表現主義から高い評価を得、ドレスデン美術大学の教授に迎えられます。
実際、シーレの「死と乙女」もこの作品から構図のヒントを得たと言われていますし・・。

ココシュカとアルマ、その後二人は生きて会うことはありませんでした。
芸術に最高の価値を置いたアルマは
”4大芸術の未亡人”と呼ばれたように
初恋の相手ユーゲントシュティールの華麗な画家クリムトへの恋に始まり、
その後4度の結婚をしました。
しかし、 彼女の言葉によりますと
「最初の夫マーラーの音楽は好きになれず、次の夫グロピウスの建築は理解できず、その次の夫「聖少女」のウェルフェルの小説には興味もなかったけれど
ココシュカ、彼の絵にはいつも感動させられたわ」

この”風の花嫁”をもって、彼女に”私の最も美しい肖像”と言わしめたココシュカは
絵画の中だけでなく現実に於いても愛の勝利者だったのかもしれません。

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テーマ:絵画・美術 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2012/09/28 00:02 】

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