アウグストゥス~ポーリ宮殿の壁~トレヴィプラザ~トレヴィの泉/ギリシア神話/ポセイドン/豊穣の女神/~伝説のコイン/1.2.3枚/永遠の愛~
スペイン広場近くのトレヴィの泉です。
トレヴィプラザを過ぎて
裏路地の石畳の上にまで聴こえ来る
泉の水音さえ愛しく感じさせる
ローマの街。

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映画ローマの休日でアン王女が髪をショートカットにした場所です。
が、もちろんヘアサロンはここにはありません。
古代ローマ時代
皇帝アウグストゥスの命により造られたという
トレヴィの泉
元は乙女の水道、ヴェルジネ水道の終端施設であったものです。
ポーリ宮殿の壁にギリシア神話由来のデザインをバロック建築で再現し現在の姿に。
中央に立つのが海馬とトリトンを従えたポセイドン
彼の両手(の華)を飾るのが
豊饒の女神ケレースと康やかの女神サルース。
そしてあまりに有名なトレヴィの泉伝説
後ろ向きにコインを投げ入れると願いが叶うという言い伝え。
この泉の周りはいつ行ってもローマっ子たちそして旅人達で溢れています。
ですので泉の辺に辿り着くだけでも至難の業状態(笑
さらに投げるコインの枚数によってその願いは異なるんですね。
1枚ですともう一度ローマに来ることができ、
2枚ならば永遠の愛が得られ
3枚になりますと配偶者と別れられる
らしいです。
3番目は、離婚の禁止がキリスト教の戒律に組み込まれていた時代の名残りですね。
それにしても
2枚のコインを投げ入れただけで
永遠の愛が手に入れられるのならば
こんなに素敵なことはないのですが・・・。
因みに私は”1枚”派
ローマに恋してますので必ず1枚です。
で、
とりあえず
願いは叶ってます(笑

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【 2012/10/31 17:56 】

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雨のいろは坂/空海(弘法大師)~紅葉見ごろですが雨、渋滞なし~中禅寺湖/華厳の滝/奥日光(戦場ヶ原)
DSCN1684.jpg

雨のもみじも乙かナ..なんて
"山岳信仰の聖地"と云われる 
奥日光に出かけてみました。
紅葉のメカニズム(温度差)の影響でしょうか
箱根の紅葉に比べて艶やか
雨に濡れた紅葉
優艶です・・。

標高が高くなるにつれて深まる”いろは坂”の色付き。

ーー色はにほへど 散りぬるを
我が世たれぞ 常ならむ
有為の奥山  今日越えて
浅き夢見じ  酔ひもせず
ーー

いろは47文字を重複させずに並べるだけで
世の無常をこれだけ綺麗に漂わせるいろは歌の作者、
恐るべし考案力です^^
発案は空海説がありますが
そもそも
日本って起源が判らないと
なんでも弘法大師(空海)にしちゃいますからね。
立体曼荼羅から美味しいお饅頭のあんこまで
とりあえず空海ってことになっているようです(笑

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【 2012/10/30 19:06 】

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ローマ七丘~ローマ人の物語/塩野七~七つの丘の都市/カンピドリオ広場/ミケランジェロの設計/バロック的広場~コンスタンティノポリス/イスタンブール~リスボン/プラハ/バルセロナ/エルサレム/モスクワ/サンフランシスコ/シアトル/ロワーヌの森
PAP_0350.jpg

永遠の都ローマ
七つの丘の上に築かれたという都市
幾多の伝説を総括して繁栄した街
遺跡溢れるローマの風景は
どこを切り取ってもそのまま情景に変わります。

放課後、学校の図書室で塩野七生さんの”ローマ人の物語”を読み漁ってから
ローマの七つの丘は、私にとって憧れの丘でした。
(こちらあくまで”HISTORIA”ではなく "RES GESTAE POPULI ROMANI"です)

ローマ七丘はテヴェル川の東岸にあるセルウィウスの城壁で囲まれており
古代ローマの主要部は統べてこの七つの丘の上にあったといいます。
ケルマルスの丘 、キスピウスの丘、、ファグタルの丘、オッピウスの丘、パラティウムの丘、スクサの丘、ウェリアの丘の七つ
ローマ神話定番の丘です。

そして
紀元前5世紀、ローマ市の誕生に伴い
ひとつ目の丘、アヴェンティーノの丘にケレス神殿が建てられます。
さらにふたつ目
カエリウス・ウィベンナの死を悼んで命名されたというカンピドリオの丘は、ローマ七丘で最も高い丘。
ローマの最高神ユピテルやユノーの神殿があり、現在のローマ市庁舎の所在地でもあります。
頂上のカンピドリオ広場は、ミケランジェロの設計
建築史上初のバロック的広場です。このランドスケープの素晴らしさと云ったら・・
対称軸で美しく統合されたあのサン・ピエトロ広場もこの設計手法で築かれているんですよね。
三つめチェリオの丘、政治の丘でもあったこの丘は現在もローマの中心部にあたり
コンスタンティヌス帝の凱旋門、コロッセオ、水道橋、クラウディウス神殿が隣接していた場です。
四つ目、城塞都市エスクイリーノの丘。貴族たちの館跡が2000年間もの間不名誉なスラム地区とされていた辺り。
五つ目はマグナ・マテル神殿の地です。ローマ発祥の、ロムルスのパラティーノの丘であり
現在も遺跡で埋め尽くされているエリアです。
六つ目、紀元前8世紀からのサビニ人の街、クイリナーレの丘
中世のミリツィエの塔、サンティ・ピエトロ・エ・ドメニコ修道院、コンスタンティヌス浴場のあった処です。
七つ目
最後の丘は最小の丘ですがローマの原型とも云えるヴィミナーレの丘
此処のヴィミナーレ宮殿は現内務省であり、ローマ歌劇場もあります。
これら七つの丘とテヴェレ河を挟んだ対岸には聖なる土地、バチカンの丘。
あまりに有名なこの丘ですが、ローマ七丘には含まれていません。

世界的には、リスボンやプラハ、
バルセロナ、エルサレム、モスクワ、サンフランシスコ、シアトルにも
七丘の上に築かれたという都市伝説が残されています。
実は東京(というか江戸ですけれど)にも・・。
こんな身近な処にも七つの丘の伝説は残されていたんですね。

またフランスのロワール地方やアメリカ、オーストラリアの地方都市には
Seven Hillsという地名の都市が結構あったりしまして。
けれど、史実であるとされているのはこのローマと
ローマに習って形成されたというコンスタンティノポリス、現在のイスタンブールの2都市のみなんですね。
あとは七つの丘陵のピックアップにすぎない説有力です(笑

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【 2012/10/29 18:30 】

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ジョヴァンニ・セガンティーニの道/ソルダネーラホテル~アルプス三部作~生成/生/牧場の午後~存在/自然/日没の家路~消滅/死/夜明けの葬送~湖を渡るアヴェマリア~マルチン・ルター
800px-Fabbro_Segantini_Museum_Winter.jpg

北イタリアはアルプスの裾野に生まれた
19世紀イタリアの
点描主義、象徴主義の画家ジョヴァンニ・セガンティーニの美術館です。

文学、哲学に傾倒
深い思索を重ねながらペンを絵筆に変えて記した
アルプスの画家"ロンバルディアのミレー"を讃えて
20世紀初頭にオープンした歴史ある記念館。
スイスレーティッシュ鉄道サンモリッツ駅からゆっくり歩いて20分。
凍てつくサンモリッツ湖を見下ろす丘の上の
ソルダネーラホテルからセガンティーニの小路を暫く行くと
落葉松とモミの樹々のあいだから丸屋根の可愛らしい美術館が見えてきました。

高原独特の静穏な空気に包まれたドーム下に
パノラマのようにアレンジされていたのは
アルプスの一日を人間の一生に重ね合わせ制作されたという
アルプス三部作”生成・存在・消滅”です。

セガンティーニが画き出した画布からは
100年の時を超えて尚新しい
厳かな静謐感が放たれていました。

一枚目”牧場の午後、生成(生)”
二枚目 ”日没の家路、存在(自然)”
そして三枚目”夜明けの葬送、消滅(死)”の上にはアルプスの夜明け。
未だ見ぬ新しいステージ という暗喩もありましょうか。
貫く寂静、寧静、憂戚そして光・・。

重い病を押して
標高2700メートルという極寒のシャーフベルクで描き続けたがゆえ
遺作となったこの作品群は、セガンティーニ無念の未完。
ですが
”死は人生の終末ではない。生涯の完成である”と語ったのは
かのマルチン・ルター でありました。

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【 2012/10/28 01:02 】

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ウクライナ愛のトンネル~ジェノサイド、スターリン粛清、ペレブドーヴァ~ソ連/ベラルーシ/レーニン共産主義記念チェルノブイリ原子力発電所
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恋するウクライナ☆SpecialScene

愛と美のウクライナ伝説
列車が通った時にふたりが同じ願いを胸に秘めてkissすると
その想いが叶うという愛のtunnel

ドニエプル川の中流域に広がるウクライナの首都キエフから350km
Klevaniという小さな田舎町にそれはありました。
春に新緑のグリーン
秋に紅葉色
冬には白銀の雪が辺りを包みます。

このロケーションが旅人達に与えるRoman。

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日本からの距離約8,000キロメートル
ユーラシア大陸東西の文化が融合する国、東欧中の東欧ウクライナ。
南に黒海そしてその対岸にトルコ共和国
北にベラルーシ東にロシア連邦、西にハンガリー、ポーランド、スロバキア
ドナウ川のデルタ、そこはルーマニア国境です。
ペルシャ、ギリシャ、ローマのあらゆる芸術の影響を受けた独特の文化圏です。

この土地で、紀元前7世紀からおよそ1000年間に渡り勢力を誇ったスキタイ部族。
往時、スキタイはギリシャ系都市国家と共存共栄を図っていましたが
ギリシャの歴史家ヘロドトスの記録にも記されているほどの辣腕民族です
ペルシャのアケメネス朝を倒した最強の騎馬遊牧民スキタイ
古墳群からの華麗なる美術品(グリフィン、ヒョウ、シカなど)
これがウクライナの至宝”スキタイ黄金美術”なんですね・・・。

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※ジェノサイド、スターリン粛清、ペレブドーヴァ・・・
1991年ソ連崩壊までソビエト連邦内の構成国であったこの国には
果てしのないような平原、ステップ、高原に埋め尽くされた美しい大地
ドネツ川、ドニエステル川、ブーフ川の流れは黒海、アゾフ海に注ぎます。
こうした恵まれた土地故、16世紀以来のヨーロッパ穀倉地帯です。
そして
ソ連時代に起きたウクライナの悲劇は
チェルノブイリ原子力発電所で発生した人類史上類をみない原発大事故の幕開けでもありました。。
正式名称は、”レーニン共産主義記念チェルノブイリ原子力発電所”
レーニンの残したメッセージ
「共産主義とは権力と全国電化である」由来のネーミングです。
世界に向けて放たれた放射性物質、その量既にヒロシマ原爆”リトルボーイ”の500倍。
この原発事故により最大にして最悪のフォールアウトを被った国がここウクライナでした。
英国ウキペディアの統計値を見る限りでは
隣接のベラルーシと両国は事故4,5年後に死亡者数がドラスティックに増えています。
公式には認められていませんが
呼吸器系、循環器系他幅広い臓器、組織の機能低下に免疫低下やストレス耐性低下を齎す
低線量内部被曝(食品摂取等による)との因果関係は啓かかと・・・・。

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【 2012/10/27 00:58 】

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Over The Rain~ひかりの橋/flumpool/PV視聴 ~Answer/レジデント~5人の研修医
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Answer/flumpool



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テーマ:心に沁みる曲 - ジャンル:音楽

【 2012/10/26 23:55 】

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カンディンスキーの青Ⅲ~マルク/青騎士~レンバッハハウス美術館~ピカソ/ルソー/クレー/ブラック/ドラン/ルオー/セザンヌ~シェーンベルク~アール・ヌーヴォー/ユーゲント・シュティル
絵画史において
多くの画家がに魅せられてきた理由
確かに
青は手の届かない”空の色”であり、”海の色”はその青色が映り込む現象なんですね・・。
青はそうしたものを想起させますので
地上に根差す色(緑など)よりも遥かなるイメージ、思惟、深い感懐を湛えているような印象があります。

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20世紀の初頭
”青”に魅せられた画家
カンディンスキーとマルクが創刊した綜合芸術誌”ブラウエ・ライター”
日本語で”青騎士”
ミュンヘンにある”レンバッハハウス美術館”は彼らの活動の軌跡が刻まれた美術館です。

ブラウエ・ライターは
前衛芸術家たちの芸術談義で熱を帯びていたミュンヘンを拠点とし
取り分け表現主義画家たちの芸術家サークルとして発足しました。
印象派モネ、後期印象派ゴーギャン、新印象派スーラらによって解き放たれた絵画におけるフォルム
さらにフォーヴィスムとの共振、またドイツ表現主義、象徴主義、ロマン主義傾向も巻き込みながら広まり
それは最早芸術運動を超え、文化の革新、芸術の闘争とも謂えるものだったようです。

主宰の展覧会にはパリに集う画家たち、ピカソにルソー、クレー、ブラック、ドラン、ルオー、セザンヌら錚々たるメンバーの参加という環境下で、カンディンスキー達は技術探究を重ねながら精密な理論による芸術の構造的分析を進めました。
この活動がフォルムに捉われない構成的絵画を可能とし抽象絵画を生みだしていったんですね。
その上抽象的芸術表現の極みとした音楽の構成要素を絵画に適用しようと試みます。
時期を同じくして画家であり作曲家であったシェーンベルクが調性に寄らない音楽を目指していたことで
伝統的原理を覆そうとしていた双方の思考性に共通認識を見出し
結果、絵画・音楽といった芸術領域の境界をこえた総合芸術の運動に発展させます。
(カンディンスキーは”印象ーコンサート”というタイトルのもとシェーンベルクの音楽会を絵画にしています。)
ここで総合芸術と謂えばワーグナー、
ですが彼の原理は、第一義的には壮厳さを求めることありましたから、それが表層的な統合に過ぎないとして
芸術の根源的なるもの、魂の共鳴を目指したブラウエ・ライターとは相容れないものとして袂を分かちます。
そして僅か3年という活動期間には余りある芸術理論の構築を成し遂げました。
この潮流は19世紀末の
アール・ヌーヴォーへ
ユーゲント・シュティル(ウィーン分離派)へ
メゾン・キュビストへ
フューチャリズム、ダダイズムへ
さらに
ナチスにより全ての作品が壊滅されたというMerzbauへと波紋を広げて行きました。

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【 2012/10/25 23:29 】

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カンディンスキーの青Ⅱ~ミュンヘン/マリエン広場~ニンフェンブルク宮殿/シュライスハイム城~フラウエン/テアティナー/セントアンナ修道院~バロック/ロマネスク/ロココ/ゴシック様式~バイエルンアルプス~レンバッハハウス美術館
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ドイツ連邦州バイエルンの州都ミュンヘン
バックにバイエルンアルプスを擁し
イザール河、ヴルム川の畔に広がる中世の街並み美しい都市です。
市の南側にはモレーンの丘・・・。

キャッチコピーは”ミュンヘンはあなたを愛します”さらに
”ハートある国際都市”にも相応しく
移住者たちからも高評価のミュンヘンは
或るコンサルティングによる調査で世界で最も快適な都市選で
4位を獲得したほどにハートウォーミングなcity。
神聖ローマ帝国の色”ブラック&ゴールド”であしらわれた市旗は
ルートヴィヒ4世以来の由緒あるデザイン。
今日ではミュンヘンと云えば金融、出版のイメージがありますが
そんな市の中心部ミュンヘン中央駅は、
ヨーロッパの各都市からやってくる総ての列車の終着駅となっており、
それはまた同時に始発駅となるものです。
駅周辺は、不夜城といった雰囲気も漂う
若者たちが集うSTATIONエリア。
そしてまたミュンヘンはバイエルン王国の首都として繁栄した歴史の街でもあります。
市内には300近い教会が点在しており、そこにはヨーロッパに見られる時代時代の統べての建築様式が網羅されています。
最古の教会でありロマネスク様式のペーター教会からゴシック様式のフラウエン教会、バロック様式のテアティナー教会、バイエルン初のロココ装飾となったセントアンナ修道院教会等々。
コラムも印象的なオープンスクエアガーデンマリエン広場周辺には中世の街並みが続き
また郊外のニンフェンブルク宮殿、シュライスハイム城の華麗なバロック様式も緑に映えます。

明日は
こうした街ミュンヘンにある美術館”レンバッハハウス美術館
より総合芸術運動をみてゆきますね・・。

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テーマ:ドイツ生活 - ジャンル:海外情報

【 2012/10/24 22:31 】

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カンディンスキーの青Ⅰ~フェルメール/シャガール/ピカソ/グレコ/ベラスケス/ドイツロマン派/地中海/世紀末/中世の闇
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Blue
カンディンスキーにして
天上の色と言わしめた青色

ベラスケスの青
グレコの青
フェルメールの青
ピカソの青
シャガールの青
ドイツロマン派の青い花

それは
世紀末の色
聖母マリアが纏う真実の色
憂愁の色
ノヴァーリスの色
そして
地中海の夜の海色
悠遠なるBlue

ーー青が深まれば深まるほどに
ひとは無限の思慮に惹きこまれて往く
厳かなる高踏的世界に誘う色
青は天上の色であるーー


カンディンスキーが”芸術における精神的なもの”において
芸術の”内的必然性”と呼んだものは、
(ワーグナーのそれは外的必然性であった模様ですが)
物質主義への挑戦であり
文明退廃への危惧でありました。
達意に記すれば
理屈でなく”感性で受け取る芸術”
ということなんですね..。

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【 2012/10/23 21:13 】

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悲劇の誕生/ギリシア神話~ソクラテス/音楽/ワーグナー/ニーチェの馬~トリノ/ポー~善悪の彼岸
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ポー河とともに歴史を刻んできたトリノ
この街のポルタ・ヌオーヴァstationから
並木道ヴィットリオ・エマヌエーレⅡ世通りを散策しながら
河岸にでました。
あの日と変わらずに
今日もアルプスの雪解け水を街に贈り続ける
ニーチェの愛したこの河は
彼の著作”善悪の彼岸”の象徴でありました。

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プロイセン生まれの哲学者ニーチェ。
若くしてバーゼル大学から招聘され、26歳で正教授。
ワーグナーの信奉者であり、処女作”悲劇の誕生”執筆時は28歳だったといいます。
二ーチェはこの著作で
ギリシア三大悲劇詩人たちの作品から”悲劇”を読み解き
ギリシア神話のアポロンに理性をディオニュソスに情動性を映し込みながら
両者が統合された劇文学(悲劇)こそ最高の芸術形態と述べています。
ソクラテス以降の主知主義に過ぎる価値観を憂い、
音楽だけが社会に隷属せずに存在の深淵から湧き出るものを表現しているとして
音楽の精神(ワーグナーの楽劇)からのアプローチで悲劇の再生は可能となると考えました。
ディオニュソス的精神はカントやバッハ、ベートーヴェンらに宿るドイツ精神に引き継がれており
また感情発露のメタファとして音楽がありそれこそが魂を救済すると結論付けています。
しかし学会からは黙殺、時に酷評されニーチェは孤立してゆきます。
その後、学者観のキリスト教基盤による西洋哲学、近代哲学から脱却すべく苦悩したニーチェ
リヒャルト・シュトラウスにシンフォニー作曲のインスピレーションを与えた主著”ツァラトゥストラはかく語りき”に続き作品”Jenseits von Gut und Böse”に彼の世界観を顕わしてから
最期の遺稿集”権力への意思”までの一貫したテーゼ。
ニーチェ独特の冴え渡ったアフォリズムに潜む息苦しさ、
カルロ・アルベルト広場に於いて意識との決別を遂げた
ニーチェをあそこまで追い込んだものとは。

”生存と世界は美的現象としてのみ是認される”社会において
音楽を聴くソクラテスの存在がいかに如何に意義深いことでしょうか。

合理論、理性論上位の社会は支配の原理をテクノロジーにおき
形而上学的、直感的、感性的なそれは徹底して排除されてきました。
結果、合理主義によるめざましい経済的発展を遂げた先進諸国。
その過度なまでの物質的富とは裏腹に
精神的拠り所を失いつつある現代人たちを目の当りし
学問的な厳密さ、その独断性に賛否あろうとも
ニーチェの哲学が今日
こんなにも新しいということは否定仕様のない事実でありましょう。

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【 2012/10/22 23:27 】

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フランスカフェ文化~レマルク/凱旋門~カフェコンセール~パリ/モンパルナスエコール・ド・パリ~モディリアーニ/エピタフ/epitaph
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パリ モンパルナス
ババン交差点に在るカフェ、ドームです。
この日は打ち合わせの関係上
残念ながらオープン前。

17世紀にマルセイユに登場したのを皮切りに
19世紀末にはフランス全土で40万件を超えるカフェがあったという統計が残っているほど急速に広まったフランスカフェ文化
ナチ秘密警察に追われパリの裏通りでひっそりと生きる外科医ラヴィックと孤独な女優ジョアン
二人のアルマ橋での出会いから、報われることのない恋を描いたレマルクの小説”凱旋門”では
主人公はやたらとカフェに入ってはカルヴァドスを注文していましたっけ(笑
カルヴァドスとはノルマンディー地方で作られるアップルブランデー。
”戦争が終わったらフーケで逢おう・・・”って
カフェでのお酒や煙草がそのままファッションであった時代ですね。

第2帝政期に入りカフェコンセールが一世を風靡していた20世紀初頭
この場所でカフェの客の似顔絵を描いていたのは
エコール・ド・パリのモディリアーニ
イタリア人画家です。

彼が35歳で他界したあと
妻のジャンヌは1歳の我が子を残して
自室の窓から身を投げています。

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こちらはモディりアーニのepitaph
墓碑銘です。私訳ですが

ーーリヴォルノに生まれ生涯を終えし
真に栄光を掴まんとしたそのときであった

妻ジャンヌ・エビュテルヌ
パリに生まれパリに死す
モディリアーニに寄り添い
究極の犠牲すら厭わざる愛を貫くーー

カフェ・ロトンドで出逢い育んだ愛
モディリアニの最期の言葉は
”懐かしきイタリア・・・” 
  
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【 2012/10/21 22:41 】

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アルハンブラ宮殿Ⅵ~スペイン史~レコンキスタ/国土回復運動~スペイン大航海時代~カルロス~スペイン異端審問~
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ーースペインは、全てを持ち合わせている
            唯一”政治”だけを除いてーー




スペイン史を紐解けば
争いの歴史
つい20世紀の後半まで国の政情が安定することはありませんでした。

それを裏付けるかのように
スペインの名もなき地方に延々と続く荒涼とした土地。

ムーア人王朝と共に在ったアルハンブラも
歴史に翻弄された宮殿であります。
13世紀のウマイヤ朝末期初代の王ムハンマド1世(1238~72在位)の
首都グラナダの時代から、イベリア半島最後となるムスリム政権ナスル朝期に
その多くが建設されたといいます。
そして14世紀、ユースフ1世の代に一応の完成をみたというアルハンブラ宮殿は
ムハンマド1世統治時代から14世紀末レコンキスタの完了のときまでの
グラナダ王国260年間、文字通り難攻不落の城塞ではありました。
イベリア半島の歴史を遡ると
紀元前8世紀、タルテソス文化ゆかりのフェニキア、カルタゴ、ギリシアの人々との交流も盛んだったイルトゥリルと呼ばれるケルトイベリア人たちは
紀元前には、既にローマ帝国に支配され、イリベリスと呼ばれるようになります。
そして5世紀西ゴート王国の支配下に入り6世紀にはトレドが首都に制定されます。
8C初頭に北アフリカからジブラルタル海峡を越えてイベリア半島に侵攻した”ムーア人(イスラム教徒)のウマイヤ朝”は、グアダレテの戦いで勝利を収め、これを機にピレネー山脈の先まで北上を続け
一方イベリア半島南部ではグラナダの肥沃な土地”ベガ”に入植しグラナダを占拠していました。
こうしてイベリア半島はイスラム色が濃くなってゆくんですね。
ウマイヤ朝は、グラナダ郊外のユダヤ人のコミュニティー”ガルナタ”の支持を集めながら(ターリクはイベリア半島でキリスト教化を推進した西ゴート王国とは対照的に改宗を強要せず宗教に寛容であり続けジズヤを納めれば信仰の自由を認めていましたので、この頃には既に他宗教との共存共栄が始まっていたということです)このエリアをイスラムで”ヴァンダル人の地”を意味するアル・アンダルスとして征服し、此処はアンダルシアと呼ばれるようになります。
また8C半ばには、分裂の兆しを見せるウマイヤ朝分子がコルドバを都とした後期ウマイヤ朝を建国し
イスラム教徒のスペインほぼ全域制圧が成し遂げられました。
ですがレコンキスタは既に開始されています。
レコンキスタと云えば、サンティアゴ・マタモーロスという呼称が象徴するように
スペインの守護聖人でもある聖ヤコブの活躍が想起されます。それは現代にも脈々と受けつかれている
サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路を見ても明らかです。
またローランの歌の切欠となったロンセスバージェスの戦いがあったのもこの時代です。
そこから一進一退を繰返しながら向こう800年間・・
スペイン史の何れかのパートがイスラム色に染まり、モーロ人の文化はここに華開いて行きました。
そして10世紀には後ウマイヤ朝が最盛期を迎え
11世紀末ムラービト朝がコルドバとセビリャを占領しリスボンを制圧、隆盛します。
しかしレコンキスタの巻き返しで早くもポルトガル王国が樹立。
12世紀半ばには南部は
拠点を北アフリカに置くムワッヒド朝支配下に入り
後半にはマドリード、トレドに進撃、その鎮圧に実に20年の歳月を要したといいます
(カタルーニャ地方においては一旦はレコンキスタが完成したかに見えたのですが
最終的にはフランク王国とも距離を置く完全な独立勢力となります。)
その後十字軍との合流もあり1212年、ラス・ナバス・デ・トローサの戦いでムワッヒド軍がキリスト教諸国連合軍に大敗しますが勝戦国が後継者を失うなどしてアンダルスは群雄割拠のような状況に陥るんですね
イスラム勢力の栄華は南に追い詰められてゆく過程の中での危うく不確かなものでした。
そんな不安定な状況の中でズィール朝の一族がグラナダを征服し
生まれた王朝がナスル朝、タイファ諸国の1つであるグラナダ王国の成立です。
ムハンマドは王を名乗り、1238年にナスル朝建国に伴いグラナダを首都に制定し
名実ともにアンダルスの支配者となります。
彼は、即位と同時に、この砦を王宮にし
1246年にはフェルナンド3世と条約を結び、カスティーリャに臣従して貢納する代わりに、
グラナダ、マラガ、アルメリアを保有することを承諾させます。
前後してコルドバ、セビリャがレコンキスタの波で陥落してゆき
結果イベリア半島に残ったイスラム勢力はグラナダを中心とするカディスからアルメリアまでの
アンダルシア(地中海沿岸地区)のみ となります。
文字通り、ナスル朝グラナダ王国はイベリア半島最後のイスラム王朝となり
この時点からさらに約250年間の時代を下りながらイスラム色を維持し続けました。
イベリア半島最後のイスラムの砦となった所以もここにあります。

グラナダ王国が最もさかえたのは、7代目のユスフ1世の時代で
グラナダの人口は実に40万人に達します。
キリスト教勢力の脅威に加えて、内部の覇権争いも弱体化に加速をかけ
難攻不落と謂われたアルハンブ宮殿は10年間に渡るカタストロフ状態、最後の2年間は攻城戦に陥り
そして15世紀末の1492年1月2日
イサベル女王とフェルナンド王に代表されるカスティーリャ王国とアラゴン王国のキリスト教連合軍に降伏。
ムハンマド12世は圧倒的なキリスト教軍の前に為すすべもなく
このカトリック両王に彼が愛したアルハンブラ宮殿の鍵を渡します。
無血開城 グラナダ陥落の瞬間です。
イベリア半島からすべてのアラブ王国が駆逐された国土回復運動完成のときでありました。
グラナダ最後の王は、涙を流しながら、アルハンブラ宮殿を後にしたといいます。
スペインキリスト教国復権、宮殿の塔には銀の十字架が掲げられます。
イスパニア王国の成立
イスラム支配の幻の輝きを放つ歴史的文化遺産、偉大なアルハンブラ宮殿という芸術だけがそこに残りました 。
奇しくも
グラナダを征服したイサベル女王の援助を受けたコロンブスが、アメリカ大陸を発見した年。
大航海時代、スペイン黄金時代の幕開けの年でありました。

実は
イスラム、ナスル朝も、他のイスラム支配の例に漏れずキリスト教、ユダヤ教に寛大な王朝で
グラナダに多く居住していたユダヤ人達はレコンキスタ完了後は、
キリスト教徒等により、ユダヤ教徒虐殺という宗教弾圧を受けます。
世に謂うスペイン異端審問ですね。
グラナダを追われたユダヤ人たちはオスマン帝国などに保護され
この辺りからユダヤ人は各地で経済発展の一翼を担うようになっていったんですね。

そして
神聖ローマ帝国皇帝カルロス5世は
(ここスペイン王としてはカルロス1世ということになるのですが)
コルドバのモスク跡にカテドラルの建築を始めます。
またイスラムの栄華そのままに残る美しきアルハンブラ宮殿を自らの治世の本拠地とすべく
この王宮の南に、ルネサンス様式の宮殿を増築するんですね
これがカルロスⅤ世宮殿です。
ですので一瞥イスラム建築のアルハンブラ宮殿内にはカトリック王家の紋章、
壁にはアラビア文字を縫うようにキリスト教文様が刻まれています。

さらにこの工事は完成を見る前に
イスラムから改宗させられたモリスコの反乱が起こり
アルハンブラ荒廃の時代を迎えます。
現在も修復工事は続いていますがいかに修復されようとも
アルハンブラは未完の複合的宮殿であります。

※レコンキスタ(reconqista)は、イベリア半島において8世紀初頭から約800年間続いたキリスト教徒とイスラム教徒との闘争の歴史、国土回復運動或いは再征服運動と訳されていますが
運動と呼ぶにはあまりに過酷な史実が多数残されており、個人的にこの訳にはかなりの違和感あります。

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【 2012/10/20 23:35 】

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幻の古代都市ポンペイ~壁画/花を摘むニンフ~ヴェスヴィオ火山/火砕流~ポンペイ・レッド~ポンペイ最後の日
PAP_0375.jpg
発掘過程のポンペイのメインストリート。
綺麗に区画された計画都市であったことが伺えます。
後方はヴェスヴィオス火山
その距離10kmです。

ローマの植民都市ポンペイがリゾート地として栄えていた西暦79年
その年の8月に発生したヴェスヴィオ火山の噴火(時速100㎞の火砕流)により
ポンペイは一瞬にして堆積物5メートル下に埋もれたといいます。
噴火の知らせを受け、
時のローマ皇帝ティトゥスは、即座に使者を向かわせますが
使者が目にしたもの
それは壊滅状態のポンペイ。

ヴェスヴィオの恵みで育った文化が
ヴェスヴィオに飲み込まれた2000年の時。

千数百年を超える年月
ポンペイは失われた古代都市とされてきたんですね。
そして
18世紀半ばに発掘に着手してから今日尚続けられるその成果によって
往時儘ポンペイの町の姿が浮かび上がってきました。
そして都市の在り方、ローマ時代の遺品の素晴らしさと云ったら・・。

シリカゲル(乾燥剤)の成分を含む火山灰が全てを隙間なく覆い尽くした為
皮肉にも美術品等の保存状態は最高となり
所謂”ポンペイ・レッド”と呼ばれる鮮やかな色彩が
現代の私たちの目を愉しませてくれてます。

20080301_456757.jpg

こちらは作品名”花を摘むニンフ”
”フローラ””花の精”と呼ばれることもあります。
ナポリ国立考古学博物館収蔵されている
Pompei遺跡から発掘された壁画です。
描かれたニンフのしなやかさ、
衣擦れの音も聴こえてきそうな美しい作品です。

古代ローマの伝統が息衝く希少な都市ポンペイ
そこには
1世紀の古代ローマ人の生活が在り
壁画から読み取れる”快楽の都市”が在り
ぶどうの産地としてのワイン醸造が在り
サルノ川にボートを浮べた水上生活が在りました。
また、多くの都市伝説が残されており
タイムマシーンを彷彿とさせるが如く
2000年という年月を超える遥か彼方の古代都市
その具現者たるポンペイは、
芸術家たちに測り知れない歴史的ロマンを与えているようで
ジョン・マーティンの絵画”ポンペイとエルコラーノの壊滅”を初めとして
映画(”ポンペイ最後の日”)や音楽 、小説など
数多くの芸術作品のモチーフとなっています。


PAP_0374.jpg

私たちはこの2000年の歴史に酔いますが・・・。

原発問題の哀しき主役プルトニウム
その半減期は24,000年
人類の歴史クロマニョン人ですら僅か1万年前までのことですから
取り返しようもない
パンドラの箱を開けてしまったのだと...。

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【 2012/10/19 22:25 】

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DEEPNESS/MISIA ~映画/大奥
CASA_D~1

~DEEPNESS/MISIA youtube(視聴





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※映画「大奥」の続編「大奥~誕生主題歌」
キャスト:堺雅人、多部未華子、吹石一恵、田中聖(KAT-TUN)、平山浩之、南沢奈央、尾美としのり、段田安則、内藤剛志、麻生祐未  


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【 2012/10/18 22:06 】

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アルハンブラ宮殿Ⅴ~パラドール~ジプシー歌集~アルハンブラ物語~アルハンブラ宮殿の想い出/タルレガ ~アランフェス協奏曲/ロドリーゴ~ダリ/ロルカ/ショスタコーヴィチ/アポリネーリ/リルケ~パラドール/国際音楽祭~オスマンの衝撃/ゴヤの光と影/アラベスクの陰翳/谷崎潤一郎/陰翳礼讃
美しきアラベスクの陰翳
010.jpg

グラナダの断崖上ローマ時代の砦跡アルカサーバ
これを原型に築城を始めたのがアルハンブラのはじまり。
宮殿西側に侭面影が残りますが
さらに往時はその城壁が2kmも続き、幾つもの塔が建てられていたという
そんなアルハンブラの郷グラナダは、
スペインで最も愛されている詩人であり
”プロのアンダルシア人”とも評されるガルシア・ロルカ出身の地でもあります。
ジプシーの憂戚を詠んだロマンセ”ジプシー歌集”は
彼らのトラディショナルな精神に寄り添うように紡がれた作品です。
そしてこの詩集の扉には・・・

ーロルカの詩は、理解するのでなく感じることー

という短い文字列。


ロルカはまたダリを愛し、彼に詩集を捧げてもいました
しかし、彼のリベラルさゆえフランコ政権下に非業の死を遂げています。
ショスタコーヴィチの交響曲、第14番 ト短調 作品135は、
このロルカ、そしてフランスのアポリネール、ドイツのリルケ等からインスピレーションを受け作曲されたものでありいずれも死がテーマとなっています。
また、此処グラナダで”コロンブスの生涯と航海””グラナダ占領”などスペインの歴史小説を書き上げたアメリカの作家ワシントン・アービングがいます。
彼の著作に”アルハンブラ物語”という紀行文学があり、小さな子供に語り聞かせるようなお話のなかに宮殿に纏わる伝説が数多く綴られています。
そしてアルハンブラといえば
「近代ギター音楽の父」と言われるフランシスコ・タルレガ の”アルハンブラの思い出”(←村治佳織さん演奏動画視聴)
トレモロ奏法が雰囲気あり過ぎなほどアルハンブラ宮殿のアラベスク模様にフィットしているんですね。
優れた音楽的感性を受け取るに相応しい役者が揃いました的シチュエーション。
これほどトレモロが際立つ楽曲もそうはないのではと・・・。

宮殿内にはパラドール,
”アルハンブラ宮殿”(世界遺産)に泊まらせるという感覚
日本にはない石の文化ゆえの発想でしょうか
この”パラドール・グラナダ”は中庭ではお食事もできて
そのシンプルさゆえ嫌でも嵌りゆくものがあります。
実際、庭園内の野外音楽会場では、毎年、国際音楽祭が開催され
そのグラナダ国際音楽舞踊祭に伴い、一流の指揮者やオーケストラが集い
クラシック音楽やバレエに加えて、フラメンコも上演されています。

宮殿へのアクセスは、フェデリコ・ガルシア・ロルカ空港が至便で
マドリードやバルセロナからは空便がお勧め。
コルドバからはAVEを利用しセビリア乗り換えで、マラガからは、バス便も用意されています。

因みに(カスティーリャ地方にあって珍しく沃野な土地)アランフェスには
作曲家ホアキン・ロドリーゴの名曲”アランフェス協奏曲”(←動画視聴)が残されていますが
タホ川河畔の緑豊かなアランフェスも王宮と庭園の街
このアランフェス王宮は、スペイン建築でロココ調の内装が施されているのですが、
その王宮にアルハンブラ宮殿”二姉妹の間 ”を再現した”アラブの間”を配するほどにまで
愛されていたアルハンブラ宮殿といった現実がここにある訳です。

谷崎潤一郎がその著作”陰翳礼讃”の中で
ーー美とはひとつのものにあるのでなく、ものともとが織り成す陰翳の綾に見られる
そしてその陰翳の世界を文学の領域に呼び戻したいーー
と記していました。
日本の伝統美には他の追随を許さない独特の陰翳による美しさが在るように感じ取れます。
ですが単一民族では醸し出しようのない
光と影の文化がここスペインには確かに息衝いています。
さらにいえば Estado Español
所謂”スペイン的”なるものでスペイン生粋のものなど見当たりません
ゲルマンとラテン、クリスチャンとムスリム、ハプスブルク帝国オスマンの衝撃、繁栄と殺戮、情熱と悲哀、富貴と貧窮、ゴヤが描き出す光と影そしてアラベスクの陰翳。
そう
燦々と降り注ぐ陽光の下には必ず影が浮かび上がってくるように。
歴史に翻弄された果てしのないような時間の流れの中で、時に激しく、時に静かに熟成されてきた”蘭麝”
馨しきスペイン文化の薫り。

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【 2012/10/17 22:04 】

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インターテクスチュアリティ~恋するメタファ~ブローティガンの哀しみと優しさ~眼光紙背に徹す/行間を読む~ to read between the lines
P1020045.jpg



生きることはカップ一杯のコーヒーが齎す暖かさの問題

~リチャード・ブローティガン




画くことに徹した作家
決め付けることをしない
意図的に、断定を避けているよう
にも拘らず
いえ
しないからこそ
たぶん
説得力があるんですね。

それが
行間に
浮かび上がってくる・・。

インターテクスチュアリティという言葉があります。

ーーテクストとは、引用句のモザイク構築であり、必ず他のテクストの変形であるーー
クリスティヴァの言葉ですが

”この世に存在する文学的なるものは、
美術や音楽含めあらゆる文化的なもの
五感で感じる
言語的テクスト、非言語的テクストを
自身の持てる能力、美学に従って紡ぎだした文字のタペストリー”
といった考え方でしょうか。

一方
読み手、
受け取る側はと云えば

言わずと知れた
to read between the linesが働く訳で
眼光紙背に徹す・・・。
浮かび上がってくる趣意或いは要義は
しっかりと胸に刻まれます。

書き散らされているもの
書き込められているもの
その差は・・

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【 2012/10/16 21:55 】

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アイル・ビー・ヒア(視聴)/プリシラ・アーン ~根岸森林公園~そこをなんとか主題歌
P1010824.jpg

~アイル・ビー・ヒア/プリシラ・アーン (視聴



アルバム Home~My Song Diaryからのナンバー
彼女の透明感のある癒し系ボイスに嵌りそうです・・。
英語詞で歌うアコースティック・ヴァージョンもあります。

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※ドラマ”そこをなんとか”の主題歌になっています。
キャスト:本仮屋ユイカ 市川猿之助 MEGUMI 五十嵐隼士 前田旺志郎 武田航平 井上和香 大友康平
Home ~My Song Diary
1.アイル・ビー・ヒア
2.イン・ア・トゥリー
3.希望の歌
4.上を向いて歩こう
5.ドリーム
6.恋する時間
7.アー・ウィー・ディファレント
8.アイ・ドント・シンク・ソー
9.ファインド・マイ・ウェイ・バック・ホーム
10.カントリー・ロード(アコースティック)
11.アイル・ビー・ヒア(英語アコースティック・ヴァージョン)

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【 2012/10/15 19:06 】

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わたしを離さないで/Never Let Me Go/カズオイシグ/JAZZ~ノーフォーク/テープ/ロストコーナー/生命の本質/福岡伸一~動的平衡/自己複製/遺伝子補償~レーゾンデートル
わたし~1

現代の英国が誇る作家カズオイシグロの小説
”Never Let Me Go”

”日の名残り”ではイギリス文学最高峰と云われるブッカー賞、
そしてフランス芸術文化勲章も受章された作家です。
英国紙タイムズ主宰の戦後文学主要50人作家に名も連ねていました。
漢字表記は石黒一雄。長崎県出身の日本人ですが、その作風には日本的なるものは殆ど感じられません。

舞台は20世紀末
外界から隔絶された寄宿学校で育つ3人の男女
大人になった彼らの前に立ちはだかるものとは。

キーワードは、“possible”“carer”“donor”“complete”
そのひとつ”Hailsham”
ヘールシャム
成人以降に”特別な存在”となることを運命付けられている者たちの寄宿学校。
彼らがヘールシャム時代に受けた情操教育
絵画、音楽、文学を通じて研ぎ澄まされてゆく感性

ヘールシャムの4階は、ロストコーナー
遺失物保管所
日常の外にある
皆からは忘れ去られた場所
でありながらも
その一方で
失くしたものが見つかるかもしれない所でもあります。

語り手はキャシー
大切なカセットに録音された”Never let me go”というJazzナンバーに合せて
部屋の片隅でひっそりとスローダンスを舞っていた少女です。
過去への追想を交錯させて物語は進みます。

移りゆく四季とともに育んだ友情
高い空の下で空想に戯れたあの瞬間
清涼な空気のなかで心から愛した時間。

そして Norfolkへ 
此処は英国のLOST CORNER
”遺失物保管所”のある街です
ーNorfolk was England's "lost corner." where all the lost property found in the country ended up.ー
そしてトミーが“complete”した街
失った何かが見つかるかもしれない街
希望 ”最後の砦”

心の拠り所でもあったロストコーナーに重ねて、キャシーは、現実の”ノーフォーク”へ旅します

失くしたテープ
失くした過去
失くしたレーゾンデートル
失くした友
失くした愛
先の見えない未来

Norfolk海岸をひとり彷徨うキャシー
そこに漂うのは
静謐、諦観、瑞々しい過去への溢れんばかりの想い・・・

イシグロ氏のSF的設定によって浮かび上がってくる
かけがえのないものその価値の行方
翻訳でなく原文でこそ読んで戴きたい作品です。

※作中キャシーが舞った楽曲は、Judy Bridgewaterという歌手が歌うSongs After Darkというアルバムに収められている”Never let me go”というタイトルの楽曲であり、
Baby,Baby,Babyのリフレイン・・・といった記述がありましたが
架空の作品のようです。
”Never let me go”という同名タイトルのスタンダードなJAZZナンバーは見つかりましたが
雰囲気も歌詞も異なりました。
--slow tempo、midnighe、America--テイストという点では
Big Bud Harperのブルースが近いのかもしれません。

この小説のSF的要素に照らしてか
分子生物学者福岡伸一氏が推薦文を書かれていました。
分子レベルでの生命現象を詩的に綴った書籍”生物と無生物のあいだ”を出版され
サントリー大賞、新書大賞を受賞された方です。
本文では”生物の本質は動的平衡”と説かれていますが
賛否あるようですね。
生命の本質とは動的平衡であり自己複製でありそして遺伝子補償である
としても
“possible”も“carer”も“donor”も紛れもなく同一価値の掛け替えのない命であり
救いのないキーワード“complete”の蔭にあるもの
それは、記憶の輝き、限りのない愛、永遠の想い
ということでしょうか。

この小説、映画化もなされていました。
映画 わたしを離さないで
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<キャスト&スタッフ>
キャシー…キャリー・マリガン(17歳の肖像/つぐない)
トミー…アンドリュー・ガーフィールド(Boy A)
ルース…キーラ・ナイトレイ(いわずとしれた売れっ子)
校長先生…シャーロット・ランプリング

監督:マーク・ロマネク
脚本:アレックス・ガーランド
原作:カズオ・イシグロ
製作総指揮:アレックス・ガーランド/カズオ・イシグロ/テッサ・ロス

参考"Never Let Me Go" (Judy Bridgewater)

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【 2012/10/14 18:05 】

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FINAL DISTANCE/宇多田ヒカル~紀里谷和明PV視聴/歌詞
I wanna be with you now.



20120707.jpg

~FINAL DISTANCE/宇多田ヒカル(動画フル視聴

紀里谷和明監督初のPV作品となった
8th Single2ndアルバムからのナンバーでした。

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【 2012/10/13 21:08 】

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モルディブ/Niyama Resort~海中バー・ナイトクラブ~エルニーニョ、ラニーニャ現象/珊瑚危機/死滅期間
underwater-bar-2.jpg
海外サイト”geekologie.com”より。

スリランカ南西のインド洋上に浮かぶ
環礁と無数の島々から成るモルディブのNiyama Resortに
世界初の海中ナイトクラブがオ-プンしたようです。

その名も”NIYAMA
そこは海岸から500メートルの沖合
ですので船でなければ入店できません
水深6メートルの全面ガラス張り
バーに居ながらダイバー気分?
薫り高い洋酒に良質のJAZZ
透明感あるサックスブルーに包まれた
癒しの空間が広がっているようです。


※最高地点でも海抜2.4mというモルディブは
1m海面が上昇すると国土の80%が失われるという国です。
環境問題、エルニーニョ、ラニーニャ現象による珊瑚礁危機にも直面し
国は様々な対策を打ち出しています。
6000歳のサンゴには実に2500年もの死滅期間があったことが
研究によって明らかにされつつはあるようなのですが、幻のモルディブとなる前に・・・

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【 2012/10/12 22:45 】

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ピクチャレスク美/文化資本~アウフヘーベン~ハイコンテクスト文化/ローコンテクスト文化~ビジネス英語/evidentiality~唯物論/感性的認識/理性的認識/表徴/私念/思惟
今日は18世紀の英国で生まれた美学上の概念ピクチャレスク美について徒然なるままに・・。
Alpes 110808

ビジネスの場面での英会話は
日本語のコミュニケーションの在り方と趣が異なります。
所謂、日本語スタイルと英語スタイル。

”evidentiality”という英単語があります。
優れた適訳がないように思いますが
謂ってみれば”明示性”といったところでしょうか
一例をあげると
日本語では、感情を表す形容詞は二人称・三人称には使用できません。
ーあなたは嬉しいですー
コレ、ありえませんよね(笑
あなたが嬉しいかどうか、evidentiality(証拠性)が低いために日本語では、非文の範疇です。
けれど英語にはこうした区別がないんですね。
ですが冒頭にあげた差異は
形容詞の形体の違いだけには留まりません。
そこでハイコンテクスト文化とローコンテクスト文化比較に思いが至ります。
こちらはコミュニケーションの在り方に顕著に顕れますが
この差異は、取りも直さずコンテクスト依存であるか言語依存であるかという点で
コンテクスト依存傾向をハイコンテクスト文化
そして言語依存傾向をローコンテクスト文化として棲み分けを試みているんです。

ハイコンテクスト文化では
受け手がそれなりのスキルを持っていることを前提としていますので
(誤解の生じようがない)単純明快な表現では、寧ろ無粋といった空気さえ漂っており
よって、敢えて曖昧に、得てして比喩的に、時に言葉少なに。
論理的飛躍もアリでして
少しテクニカルな表現で相手に伝えようとするんですね。
そこには阿吽の呼吸があり、確かな美学があります。
一方、ローコンテクスト文化はどうでしょうか。
ここでは受け手の能力に期待するものはなく
あくまでもコミュニケーション成立の責任は話し手側にあり
必然、直接表現が好まれます。
単語も理論も解り易さが全てであり、必ずや相手が理解できるであろうクリアなそれが理想形です。
先に触れた英語型だけでなく、
義務教育における教育現場などもその典型でありましょう。
そしてまたハイコンテクスト文化の極みが
芸術(美学)の世界観といった処でしょうか。

そう致しますと
ここで想起されてくるのが
18世紀の英国で生まれた美学上の概念
picturesque美です。
絵画だけでなく文学,旅行,庭園デザインなど多方面の文化領域で表出してきた美的カテゴリーであり
解り易く言えば
”絵画を美的基準にして自然風景を鑑賞する”的な趣向です。
自然風景を鑑賞するのにアート(風景画)を拠り所とするという
なんとも本末転倒な感も否めない風景における、自然と芸術の関係性でありまして・・
自然から心地良さを感ずれば、それは美であり
絵画がそれを齎せばそれはピクチャレスク
ということで、自然の中に絵画の題材なる美しさを見出すための技術です。

この”ピクチャレスクなテイスト”を身に付けるにためには
生育環境にピクチャレスクな自然があり(富)、かつ絵画の素養を備えること。
らしいのですが,それでも解ったような解らないような印象も拭えないこの美的理念
実は、18世紀のロシア文壇では結構大真面目に展開されていたものです。

こうした経緯を踏まえてか、フランスの社会学者ブルデューは
ピクチャレスクをcultural capitalと言い切ります。
要は、18~19世紀の時代背景を鑑みて
往時の英国地主階級は社会的優位に立つために
このピクチャレスクを政治的に利用したと論じているんですね。
経済力はあっても教養の乏しい宮廷貴族に対するひとつのアンチ・テーゼであり
イデオロギーとして利用されたと。
文化資本・・・彼らが権力や社会的地位を確立せんがために
ピクチャレスクという”文化的教養”を創りあげたという見解です。

ただここで
強ち全否定もどうかなと思ってみたりするわけです。

記号的にみれば、文字が読めなくても、地図は読めるであろうと思うのですが
実はこれがそうでもないらしいんですね。
以前、未開の地の原住民の方に地図をお見せしても全く意味をなさなかったという場面に遭遇し
地図を解釈するためには、意外や(幾何的概念含め)あるレヴェルの文化水準が必要だと知り
幾分かのカルチャーショック(云われてみればその通りなのですが)を受けたことがあります。
そー言えば”話を聞かない男地図の読めない女”なんていう男脳女脳が話題になった時期もありましたっけ(笑
ですが、段階的認識というのは確かにあるんですね
唯物論的になりますけれど、感性的認識があり、理性的段階における認識あり
また表徴があり私念があり思惟がある・・・。
具体的には広い意味での歴史
そこに存在するのは同じ風景であっても
認識する側に差異があるということでありまして、
かつてそこにあった歴史を踏まえて観るそれと
そうでない風景とでは
受け取る感動には必然違いも出てくるであろうと。
美しいものを美しいと感じるのは
もちろん理屈ではありません。
そこには厳然と視覚の優位性があります
ですが
美とは、時に知識、時に想い、時に愛、時に音樂
あらゆる文化的コンテクストを絡ませた複合的芸術現象ではなかろうかと
少しアウフヘーベン(笑)してみた次第です・・。

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【 2012/10/11 19:41 】

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チャップリン/独裁者最後の演説~歌劇「ローエングリン」第1幕への前奏曲~The Great Dictator
ー地球には全ての人を包む暖かさがあるー

sunset120708.jpg

チャップリンの映画独裁者のエンディング
ヒトラーを暗示させる人物ヒンケルの演説ラストシーンからの言葉です。
BGMには、リストが指揮し19世紀末初演、ヒトラーも愛したという(10世紀のアントウェルペンを舞台にした)ワーグナーのロマンティックオペラ"「ローエングリン」第1幕への前奏曲"が使われていました
また、ヒンケルが風船の地球儀を弄ぶシーンでも同様にこの楽曲が流れています。

そして彼が拘り続けたサイレント映画に決別し、この演説を差し込んだ理由とは。
ヒトラーが全盛へと向かうに期を同じくしてこのメッセージ
如何に勇気が必要だったことでしょう。
想起する度に胸が締め付けられる
映画史上に燦然と輝く名シーンのひとつであろうかと・・・。

I'm sorry, but I don't want to be an emperor.
That's not my business.
I don't want to rule or conquer anyone.
I should like to help everyone if possible Jew,Gentile,black man,white.
We all want to help one another. Human beings are like that.
We want to live by each other's happiness,not by each other's misery.
We don't want to hate and despise one another.
In this world there's room for everyone and the good earth is rich and can provide for everyone.
The way of life can be free and beautiful,but we have lost the way.
Machinery that gives abundance has left us in want.
Our knowledge has made us cynical,our cleverness hard and unkind.
We think too much and feel too little.
More than machinery we need humanity.
More than cleverness, we need kindness and gentleness.
Without these qualities,
The soul of man has been given wings and at last he is beginning to fly.

*抜粋

「私は皇帝などやりたくはない
人々を支配するより助けたいのです
ユダヤ人もキリスト教徒も黒人も白人も
総てのひとを。
みんなで助け合いたいのです。
人間とはそうあるもの。
他人の不幸でなく、お互いの幸せによって生きようではありませんか
誰かを憎んだり蔑むのはやめにしましょう
この世界には全てのひとに平等に居場所があるのですから
大地は豊かで、ひとりひとりの人に恵みを与えてくれるのです」


そしてヒンケルは祈るように説きます。

「人は美しく自由に生きられるはずです
それなのに、私たちは道を見失ってしまったようです。
富を生み出す筈の機械は、寧ろ私たちを貧しくし
知識は私たちを冷笑的に
知恵は私たちを冷酷で無慈悲にしました。
私たちは考えてばかりで、感じることをしなくなりました。
機械化が進めば進むほど、私たちには、益々の人類愛が必要になる。
知識が豊富になればなるほど、より一層の優しさや思いやりが必要になるのです


心の叫びにも似たこの演説の結びには次の様な言葉が在りました。

人間の魂には翼が与えられているのだから


魂はどこまでも自由
なんですね・・。
どこにでも自在にゆける・・
少なくとも精神の中にはそうした居場所が誰しも必ず在る筈です。
私たちはまず自らの魂を見つめ直しそれを確かめなければならないでしょう。
そしてまた
そうであるならば
彼の言う優しさや思い遣りの満ち満ちた場所に羽撃かねばならないということでしょう。

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【 2012/10/10 18:41 】

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スペインアルハンブラ宮殿Ⅳ~ヘネラリーフェ庭園/水の離宮~サクロモンテの丘/アルバイシン地区/ロマ/ジプシー/ジェノサイド/フラメンコ/チャップリン/~シェラネバダの雪解け水
アルハンブラ宮殿の秀麗な装飾は(モロッコやスペインのムスリムを示すモーロを語源とした)モーロ美術と呼ばれ、かのクルアーンにも記述があるほどで
対する外観はと云えば、これがまた寂寥感漂う”侘寂”にも通じる美意識で貫かれているんですね・・このギャップが人々を魅了して止まない理由のひとつであろうかと。そして内部装飾創造のエネルギーが精神性由来のものであり、また外観のそれが、如何に権威主義的でなかったか、もっと謂えば、目に映る富に重きを置くことなく、精神的(宗教的)価値にこそその総てを見出すといったような、イスラム文化爛熟期の繊麗な美学に裏打ちされたこの宮殿は、紛れもなくイスラム建築の最高峰でありスペインの至宝、人類の遺産のひとつと言えるでしょう。



私たち日本人にとっては、水と緑は半ば空気にも似た近しい存在でありますが
イスラムの民は砂漠の民 、オアシスが象徴するような湧水と植物に根源的な憧憬をもつ民族・・それを裏付けるようにアルハンブラ宮殿内には水と緑が随所に配されています。
王宮の2つの水のパティオはもとより、糸杉の並木道に城内の遊歩道を経て谷を隔てた向側の丘に立つ”ヘネラリーフェ庭園”
14世紀初頭ムハンマド3世によって造られたアルハンブラ宮殿東側の庭園です。
イスラム風のアーチ型の門に 、噴水や池、水の階段
辺りには薔薇を初めとして所狭しと咲き乱れるブーゲンビリア・アリッサム・スターチス・ローズマリー・セイジ・ミントなど数百種にも及ぶ草花やハーブが彩りを添えます。

120522_0024~04

王の政務の合間の憩いの場、王室のプライベート空間とされた”夏の離宮”は
アセキアのパティオに観るように
回廊の内側の池に噴水のアーチが構成され
シーズンにはまた季節の花で埋め尽くされます。
そしてここでもシェラネバダ山脈の雪解け水をふんだんに使った水の競演が繰り広げられ
”水の宮殿”と呼ばれるに相応しい古城の横顔を覗かせます。

120522_0053~02

※こちらに架けられた石造りの水道橋で、相対の丘の王宮に水が送られています。
モザイク模様の散歩道は伝統的なグラナダ様式。
白石は、グラナダダーロ川から、黒石は、グアダルキビール川から集められたといいます。



リンダラハのバルコニー、マチューカの中庭、その庭園の背景に広がるのはサクロモンテの丘
120522_0019~03

ベラの塔からアルバイシン地区の褐色屋根に白壁という統一感のあるグラナダの街並みが一望できます。
rampartのフォルム、確かに城塞には違いありませんが
トレドのそれに比べるとその開放感はそのまま癒しへと変わってゆきます。

このアルバイシン地区は、ダーロ川を挟んで、アルハンブラ宮殿の西側にあたり
8世紀以降中世ムーア人の統治時代には多くのアラブ人が住んだという町
所謂、日本でいう城下町ですね。

アラブ式のハンマームなど当時の建築様式があるがままに残るエリアです 。
グラナダ考古学博物館やモスクのあとに建設されたサン・サルバドール教会に
イサベル1世とフェルナンド2世の遺骸が眠る王室礼拝堂
16世紀から建設が始められたスペイン・バロック建築の代表の1つカルトゥーハ修道院・・・。

白壁の家々に迷路のように入り組んだ路地
サクロモンテの丘には、歴史を滲ませる石畳に名残りの洞窟住居が立ち並び
グラナダ最古のイスラム時代の表情を私たちに魅せます。
このエリアは
インド北部をルーツとする放浪の民ヒターノ(ジプシー)たちの居住区
彼らのタブラオでは、夜ごとフラメンコのショーが繰り広げられます
フラメンコの原型はロマ族の舞踏でありそのままここアンダルシア地方がフラメンコ発祥の地。
ロマと云えば、かのチャップリンもロマ出身なんですよね。ユダヤ人迫害の陰にクローズアップされることは少ないのですが、ヨーロッパにおけるロマの歴史はジェノサイド、差別、貧困・・
その憂愁が滋養となったペーソス溢れる演技なればこそ彼のそれは人々の心を揺さぶったものでしょう。
そしてまたスペインとくればフラメンコといったイメージを持たれている方も多いかと察せられますが
実際スペイン北部では、そのように認識されている地元住民はいません。
あくまでこのアンダルシア限定です。
キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒にヒターノという複雑に入り組んだ文化圏に、不条理な歴史を総括した芸術、それが生き抜く情熱に語り尽くせぬ哀惜を刻みこんだフラメンコとなって在るのでしょう。
こうしたジプシーたちの佇む丘から眺めるアルハンブラ宮
栄耀栄華の幻
かつて隆盛を極めたイスラムの精神が染み込んでいるような芳醇なベージュの
その切ないまでに慎ましやかな外観シルエット
バックには真白い雪を頂くシエラネバダ山脈
富士山よりも標高が高いという最高峰ムラセン山を包括する
シエラネバダの峰々の壮観さ。

シェラネバダ0007

通年雪で覆われたシェラネバダ山脈を背景に、グラナダの丘に建つ美しき王宮アルハンブラ
そのコントラストは 、ヨーロッパでも比類なきランドスケープであり
真の美しさとは、ある一定の哀しみを含んでいるということを確信した地でもありました
そしてシェラネバダ山脈の向こうには、遥かなる地中海・・・

ーーThe soul of man has been given wings and at last he is beginning to fly.ーー
~映画 独裁者最期の演説より

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※グラナダのアルハンブラ、ヘネラリーフェ、アルバイシンは、ユネスコの世界遺産に登録されています。
また、このシェラネバダ山脈は、ヨーロッパ最南端のスキーリゾート地であり
近年では、スキーのワールドカップが開催されたりもして知名度を上げています。
裾野にはグラナダ、マラガ等名立たる都市を抱えるこのシェラネバダですが、
実はこの”シェラネバダ”という名を冠した山脈は
アメリカ合衆国カリフォルニア州のそれと、メキシコベネズエラのシエラ・ネバダ・デ・メリダ、コロンビア北部のシエラ・ネバダ・デ・サンタ・マルタなど世界各地にあるんですね
”シェラネバダ”は”雪に覆われた”という意味のスペイン語
ですので元祖はココかと・・・。





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【 2012/10/09 21:23 】

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3/4大バイオリン協奏曲~ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームス~チャイコフスキー五嶋 みどり動画視聴ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品35~トルストイ/クロイツェル・ソナタ~プーシキン/オネーギン
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Tchaikovsky Violin Concerto in D major, Op. 35 (←五嶋 みどり演奏動画抜粋)

”ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品35”
チャイコフスキーが作曲した唯一のヴァイオリン協奏曲。
19世紀後半ジュネーヴで発表された、ヴァイオリンと管弦楽のための協奏曲です。
ヴァイオリンのヴィブラートの美しさが際立つ作品です。

文豪トルストイがチャイコフスキーの”アンダンテ・カンタービレ”を聴いて涙したというエピソードは、あまりに有名ですが、冒頭ご紹介(”ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品35” )の協奏曲が初演された年にトルストイは50歳を迎えています。べートーヴェンのクロイツェル・ソナタ(このヴァイオリンソナタ9番はソナタというより協奏曲的?)からインスピレーションを得て、同名タイトルのアノ小説を書き上げたトルストイですからあとは推して知るべしといった処でしょうか。
その後チャイコフスキーは、不幸な結婚も遠因してモスクワ川で自殺を図るほど追い詰められてゆきます。
けれど
そこからの再生は、
オペラ”エフゲニー・オネーギン”を観れば明かでした。
プーシキンの韻文小説を原作にチャイコフスキー自らがリブレットも手掛けたこの楽曲が
今では彼のオぺラ10作品のうち最も人気のあるオペラになっていることからもそれは伺えます。
そしてこの時も”アンナ・カレーニナ”執筆中のトルストイは、制作に苦悩するチャイコフスキーを訪問し
「芸術は、周囲の評価を気にし過ぎてはいけない、自分の内なるものをしっかり見つめて創作にあたるように」とアドバイスを与えています。
この言葉は、重いですね・・。
時代や対象を問わず、芸術家が抱えがちな問題に対する
端的で、普遍性のあるメッセージといえるでしょう。
(あのモリー先生の肩の鳥と一緒かナ^^
また、映画”アンナ・カレーニナ”ではこちらのチャイコフスキーバイオリンコンチェルトが効果的に遣われてもいましたっけ)

※一般にヴァイオリン協奏曲では
ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスをして
3大ヴァイオリン協奏曲
それにこのチャイコフスキーによるものを加えて4大ヴァイオリン協奏曲とされていますが
ヴァイオリン協奏曲がこの作品35と同様にニ調(メジャー、マイナー含め)で作曲されるケースは音楽史には散見されるんですね。
というのも
シベリウスやストラヴィンスキーにラロ、コルンゴルト、ハチャトゥリアンら錚々たるメンバーの作品が数多く残されていまして・・
ニ調が一番綺麗に音を出すという構造から成るヴァイオリンという楽器の特性
に依るところが大きいのかとも思われますが、希有な名曲が多いのもまた同じ理由からでしょう。

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【 2012/10/08 00:03 】

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MISIA /記憶 (動画フル視聴/歌詞)~遺留捜査/上川隆也/貫地谷しほり/佐野史郎/波岡一喜/水野真紀/大杉漣
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記憶/MISIA(←動画フル視聴)

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【 2012/10/07 18:44 】

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JUMPING JACK FLASH/THE ROLLING STONES(動画)視聴/PRICELESS~あるわけねぇだろ、んなもん!~/木村拓哉/香里奈/中井貴一~恋するメタファ
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JUMPING JACK FLASH/THE ROLLING STONES (←動画フル視聴)
歌詞はこちらから


生きていれば
辛いこともいっぱいありますよね。
けれど
それをいかにクリアしてゆくか
そのmetaphorになっているんですね
この曲・・・。

逆境に強くある
そのひとの真価が問われるのは
こうしたときなのかもしれません。
どんな時も
笑顔を忘れず乗り越えちゃう
そんなスタンスは忘れずにいたいナ
なんて思ってます。

*恋するメタファ
洗練されたメタファは素敵です。
Noncence verse
言葉遊びは楽しかもしれませんが
ナンセンス文学的な意味を成さないことによるユーモア、Tautology過多は
独善的に陥ってしまっている場合が殆ど。
そうならないケースを天才と呼ぶのかもしれません
最もsenseが問われる処ですね・・。

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※秋クールドラマ”PRICELESS~あるわけねぇだろ、んなもん!~”主題歌になったみたいです^^
キャスト:木村拓哉/香里奈/中井貴一

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【 2012/10/06 20:52 】

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スペインアルハンブラ宮殿Ⅲ~アラヤネスのパティオ /ライオン~イスラム美術/アラベスク/ムカルナス装飾/コマレスの塔~ハーレムへ
裁きの門
アルハンブラ宮殿で最初に潜る門です。
イスラム統治時代にこちらで裁判が行われたことにその名の由来がありますが
実はこの裁きの門は、数多くのモーロ伝説が纏わりついている伝説の門でありまして
門上部の馬蹄型アーチのアラブ要石に、「手」と「鍵」のレリーフが施され
それぞれマホメットの教えのエンブレム、信仰の鍵を表しています。
鍵はそもそもキリスト教徒の十字架に相対するものとしてイスラムの戦旗に
紋章として表したのが始まりとされています。

SH3D0324.jpg

アルハンブラ宮殿にみる
イスラム美術と謂えば
コーベル構造を装飾するムカルナス。
エジプトのフスタート、そしてイランのニーシャープール等から
発掘されている東方起源の美術様式です。
このムカルナス装飾は、アルハンブラ宮殿の他にもイラクバグダッドの
Abbasid Palaceやエジプトのカイロ、スルターンにも現存します。

偶像崇拝禁止のイスラムでは、モスクに礼拝する折に
どこに向いていて祈りを捧げるか
ということに為ってくる訳でして。
それが”カアバの方向”
こちらが礼拝堂正面の壁に相当するようにモスクは設計されるているんですね
キブラと呼ばれるこの壁の 核とされるもの
それがミフラーブです。
よって、このミフラーブには否が応でも気合が入ってくる
ということです。

こうした経緯からイスラムでは、幾何学模様と文字装飾に力を注ぎ
美しいアラベスクやカリグラフィーがイスラム建築を彩ることとなったんですね。

アラベスクとは(時に動植物をモチーフにした)反復の幾何学的文様のことですが
このアラベスクには、美術と科学の二面性があるされています。
これはとりもなおさず、それほどに数学的正確さを兼ね備えたデザインであるということでありまして
その原型はユークリッド幾何学であり、
ピタゴラスが体系化した三角法の基礎でありました。
また、その整形、配列はイスラム的世界観に基づき構成されているようで
アラベスク芸術家たちは
可視的物質世界を超越させるかのようなこの無限パターンに
キリスト教美術のイコンにも匹敵する”精神性”を与えているといいます。

その精神性とは、極めて哲学的で
未だ見ぬ”永遠なる完全な存在”
プラトンのイデア論に近しくもあるような概念とも受け取れます。

厳かな宗教観に根差したこの精緻な幾何学模様 に
モザイクタイルで縁取られた壁の透かし彫りの窓から入る光と影が織りなす空間
彫刻が施されたアラベスク模様の壁・・・
そしてその全てにアラビア語で記されていた言葉はー神のみぞ勝利者であるー

中央ヨーロッパの国々、キリスト教圏 に見る
(例えばベルサイユ宮殿が象徴するような)絢爛豪華さとは全く異質のもの
それがこのアルハンブラ宮殿の美しさと謂えるのかもしれません。
権威主義的、富のシンボルたる装飾からは決して伝わってはこないもの
一定のストイックさを含んだ繊細で控えめな何ものかがが潜んでいるように感じ取れます。

こうしたアルハンブラ宮殿
そのメイン王宮はアルハンブラの丘の北側。
そこはレース模様を想起させる繊細なアラベスク装飾に埋め尽くされ
豊かな水と緑を施したパティオを中心に歴代21人の王の執務室があったというパティオ ・デ ・ロス ・アラヤネスと呼ばれる場。
また一方はハーレムが展開されたパティオ ・デ ・ロス ・レオネス
この2つのバーグを軸とした構成になっています

前者はアラヤネスの香り立つ”アラヤネスのパティオ ”
王謁見の場でありました。
写真のように大理石の柱とアーチの回廊
”大使の間”を置く、コマレスの塔全景を水に映す出すという
計算され尽くした建築美学が息衝くエリアです。
続いて、罪人たちが裁かれ過酷な刑罰が科されたという”メスアールの間”に
美しいフォルムの小窓からのアルバイシン地区の景観も素晴らしい”メスアールの祈祷室 ”。

後者は、プラーベートエリア。
言ってみればハーレムが形成されていた場ですね。
”閉ざされた楽園”と呼ばる所以はここにあるんですよね。
こちらは、ライオンのパティオと呼ばれ、メスキータの石柱群的美観にも似た大理石の柱の連なりから見るチャハルバーグは 、幾何学模様から成る四分庭園です。
イスラム庭園のプロトタイプでもあるこの庭園には
彩釉タイル装飾、天井アーチの植物紋様スタッコ柄が優美に佇みます。
12頭のライオンが雪花石膏の水盤を支え、
かつては、その時刻と同じ数のライオンの口から、シエラネバダの雪解け水を湧き出させるという水時計の役割も兼ねていたようです。
この中庭を中心に、
細密なモカラベからなる八角形の天井に天窓から差し込む光の反射 も美しい”二姉妹の間”

120522_0016~01

さらに
数千という寄木細工で装飾された星形天井の”アベンセラへスの間”が並びます。
此処は
遠き彼方の王の命により、名家アベンセラへス家の騎士36人が誤解も解けぬ間に処刑されるという悲劇的結末を見届けた部屋でありました。

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【 2012/10/05 20:29 】

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ショパン愛と悲しみの旋律~ノクターン 第20番 嬰ハ短調 「遺作(動画視聴)」/戦場のピアニスト~ドラクロワ~ジョルジュ・サンド~


ーーあなたを好きな女性がいますーー


ジョルジュ・サンドがショパンに贈った愛の言葉。




120111-1
ルーブル美術館に収められている
19世紀フランス ロマン主義の画家ドラクロワが描いたショパンの肖像画です。



images 2
そしてこちらが、同じくドラクロワが描いた
文豪ユーゴーやフローベール等からも影響を受けたという女性フェミニストの先駆者で作家のジョルジュ・サンドの肖像画
コペンハーゲンに在るオードロップゴー美術館、所蔵作品です。




ですが
この2つの作品は
もともと一枚のキャンバスに描かれていたものでした・・。

ChopinSandDelacroix.jpg
サンジェルマン・デ・プレ教会の裏のドラクロワのアトリエに残されていたであろう作品が、こちら。

作品が2つに分断された理由は、
モーリス(サンドの子供)説、経済的理由など
諸説ありますが明らかにはなっていません。


ハンガリー出身のリストに見出され、メンデルスゾーン、ベルリオーズ、ハイネ、バルザックなどとも親交を深めてゆく矢先、革命のエチュードを演奏している”ピアノの詩人”ショパンに魅せられ
サンドの方からのラブコールで始まったこの恋。
二人の愛は、地中海のマヨルカへの旅そして夏はパリ、冬はノアンのサンドの館で育まれ、
その9年という季節に、ショパンは多くの名曲を残します。

そして

この恋の結末と肖像画のそれが
哀しくもクロスオーバーしているんですね。

ショパン ノクターン 第20番 嬰ハ短調 「遺作」
映画”戦場のピアニスト”のメインテーマにも使われた作品です。
Chopin: Nocturne No.20 cis-moll Op.posth (←動画視聴)

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映画 ショパン 愛と哀しみの旋律

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【 2012/10/04 18:37 】

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 コンスタンティヌスの凱旋門/コロッセオ/フォロ・ロマーノ ~フランスパリエトワール凱旋門~Roman temple
                                    古代ローマへの旅
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紀元前3C コンスタンティヌスの凱旋門です。


イタリアローマは古代と現代が交錯する街
歩けば遺跡、それから遺跡、例によって遺跡・・
地下を掘っては遺跡に遭遇
よって遺跡保護法の下
ローマの地下鉄は延伸しません。
地下駐車場も無理。
それほど数ある遺跡の中で最大の凱旋門がこの古代ローマ時代の凱旋門です。
ローマ建築の典型であり
正面右手がコロッセオ、左手には
最大の遺構コンスタンティヌス帝とマクセンティウス帝のバシリカを擁する広大な古代ローマ遺跡群フォロ・ロマーノ
さらにその奥にパラティーノの丘という構図になります。

西ローマ副帝コンスタンティヌスは、サクサ・ルブラで正帝の軍団を撃退し
ミルヴィオ河畔で正帝であったマクセンティウスの命をとり勝利を収めます。
その後、ローマに入城、フォロ・ロマーノのロストラで凱旋演説
そしてフォロ・ジュリアーノにて市に称号を与え、自らローマ帝国皇帝を宣言した訳ですが
まさにこの凱旋のための(セウェルスの凱旋門を踏襲した建築様式の)
建造物です。
フランスパリの、エトワール凱旋門のモデルになった門、
かつてのローマオリンピックでは、マラソン競技のゴール地点になっていました。

円形レリーフはハドリアヌス帝の時代の建築物から
アティックはマルクス・アウレリウス・アントニヌスの凱旋門から
またトラヤヌスのフォルムからの転用材もあるとか。

訪れたひとを
2000年の時間を超越する感慨無量の旅に誘う古蹟遺構の街
それがローマなんですね・・。

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【 2012/10/03 19:35 】

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マーラー5番/器楽3部作~リュッケルト歌曲集/私はこの世に忘れられ~アルマ~トーマス・マン/ヴェニスに死す~新ドイツ学派×新ウィーン学派(シェーンベルク)
イタリアはヴェニス、ゴンドラ上からのヴェニスの街です。
PAP_0498.jpg

ドイツの文筆家(魔の山、ファウスト博士の作者)トーマス・マンが1912年に発表した”ヴェニスに死す”
主人公は作曲家 グスタフ・フォン・アッシェンバッハ
ファーストネームがグスタフというのは、多分に(親交の深かった)マーラー(新ドイツ学派)を意識してのことであり
20世紀のベニスが舞台のこの小説は、ヴィスコンティ監督によって映画化され
”マーラーの5番”第4楽章がメインテーマになっていました。
シェーンベルク(新ウィーン学派)との美の解釈の違いも掘り下げられている文芸的色彩の濃い作品です。

マーラー 交響曲第5番嬰ハ短調 第4楽章(←動画視聴)

(後期)ロマン派であったマーラーの交響曲5番は、"器楽3部作"の一角を成す楽曲で
同じロマン派でもリストやワーグナーら盛期ロマン派とは立ち位置が異なっており
またシューベルトやシューマンからは受け取ることのできない
スケール感のあるオーケストレーションは魅力的です。
彼がこの作品を手がけたのは
ヴェルターゼ湖畔のマイヤーニッヒ
時に1901年の夏、それから完成を見る1902年夏までの間の
1902年早春にマーラーはアルマと結婚しています。
そしてこの”アダージェット”
こちらは100小節程のシンプルな楽章ですが
金管、木管系楽器を使用せずに、ハープとストリングスの合奏によって
同時代のミュンヘン分離派の理念ユーゲントシュティールにも通ずる
優美さをも際立たせさらに奥行のある世界観を打ち出しています。

フリードリヒ・リュッケルトの詩にマーラーが作曲し、そちらの映画では主人公の水葬シーンでも使われていた
”リュッケルト歌曲集””私はこの世に忘れられ”がありましたが
それは、この楽曲と密接な関係にあったようで
その関係性を妻、アルマ宛てに切々と綴っていたマーラーの手紙を分析した(ベートーヴェン解釈に定評のあった)メンゲルベルクが
この手紙は”アルマに宛てた最後の愛の告白であると”確信的に主張されていたエピソードが印象的。
確かにこの楽曲を聴いていると
文字が音符に変わった、云わば美しいミュージックレターであるというのは、大変に理解できるような気がしてくるんです・・。

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【 2012/10/02 17:42 】

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