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サクレ・クール寺院~ロマネスク/ビザンティン様式/バジリカ大聖堂~パリ・コミューン~フリーメーソン/第一インターナショナル~マルクス/プロレタリア独裁
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華やかなパリの眺めを備えるモンマルトルの丘
此処に
ロマネスク、ビザンティン様式混交のバジリカ大聖堂が在ります。
通称サクレ・クール寺院。

フランス映画などではエッフェル塔と並んで
パリの情景を切り取ったsceneにさっくり収まってくる
美しきサクレ・クールの丘です。

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※ー普仏戦争とパリコミューンで命を落とした英華秀霊に捧げるー
としての構想から4000万フランと40年の歳月をかけ1914年に完成したものです。
ですが、当時はドイツに対する復讐の象徴的建造物と見る向きもありました。
フランス革命の後の共和政体期は極めて短く
その後も第一帝政、王政復古、(ナポレオン三世のクーデターによって成立した)第ニ帝政と君主制が続いていたフランスですがセダンの戦いで帝政は崩壊。
第三期の共和制が樹立します。しかし、まもなくプロセインに降伏したティエール国防政府に対し
それを認めないパリ市民らは蜂起、革命政府パリ・コミューン(社会主義共和国政府)を立ち上げました。
次々革新的政策が実現されてゆく中に、写実主義の画家クールベも名を連ねていたようです。
フリーメーソン会館で集会を開いたとされる第一インターナショナルの影が囁かれるうちに
最終局面”血の1週間”をむかえてしまいます。
プロシアと組んだヴェルサイユ拠点の臨時政府は、戦闘で3万という夥しい数の死者を出しパリコミューンを制圧。その上尚、生き残ったコミューン兵士は第三共和国政府軍によって一人残らず銃殺されたといいます。
世界史上初のプロレタリア革命政権でありましたが、その期間わずか72日間。
マルクスは時を空けず”フランスの内乱”と題しパリ・コミューン兵士を讃える著作を発表しています。
プロレタリア独裁という彼の革命理論は(その是非とは別に)ひとつ
尊い犠牲の上に構築されていったものであったことだけは確かなようです。

☆第一インターナショナル
1864年ロンドンで結成された国際的労働者組織
創立宣言と規約はマルクスに依ります。
マルクス・エンゲルス派とプルードン・バクーニン派との対立が表面化
1876年解散。
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テーマ:パリ、フランス - ジャンル:海外情報

【 2012/11/03 23:57 】

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