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窓/絵画~マグリット/マティス/ベール・ドロネー/アルベルテ~アポリネール~デカルト座標/方法序説
ベルギー王立美術館収蔵作品 マグリット/光の帝国
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画家というと戸外でイーゼルを立ててスケッチをしているイメージありますが
一方で部屋の中で美を構成してゆくタイプの芸術家がいます。
マチスやマグリット辺りがそうでしょうか。
こうした画家たちが屋外を描くとき
窓枠はそのまま絵画のフレーム
風景を切り取る額縁となるものでしょうか。

確かに室内に長く留まりますと
日常、易々と外出した時には得られない
外界への思い入れや
ひとつ向こう側の世界といいますか
今ここにない空気、季節、開放感への想いは募り
窓はその世界への出口であり時に入口となって
その存在は大きくなって来るのかもしれません。
また
オー・ヘンリーの最後の一葉のように
ひたすら
屋外の樹を眺め続け思考を巡らせたように
行動が制限された人間、療養生活者たちにとって
窓の先の外界は、手の届かない別次元の空間ともなるってくるようです。

病弱であったマチスは
そうした意味も含めて人の痛みに思いが至り
人に安らぎを提供する肘掛椅子のような作品に仕上げることを
テーマのひとつにしていたよう

時代を紐解けば
ルネッサンスの時代に
西洋絵画の礎ともなった”絵画論”を顕した芸術家アルベルティは
”絵画は窓である”としていました。
彼はある一点から対象を眺めた場合
それが風景或いは視界となって切り取られているという点で
絵画も窓も全く同じ役割をしていると記しています。

一方19世紀末のパリに生まれたフランス画家ロベール・ドロネー。
色彩理論家のシュヴルールに傾倒し
キュビズムのモノクローム的世界観とは対照的に
色彩豊かな作品を残したドロネーでしたが
彼はミュンヘンの青騎士展にも作品を出品しています。

カンディンスキーの著書”芸術における精神的なものについて”は
そんなドロネーに贈られたものであったようです。
ですが彼のキュビスムからの脱却は早く
その後、純粋抽象に近い作品を制作しています。
それは、フランスの詩人アポリネールにして
ギリシャ神話の音楽家オルフェウスに因み
”オルフィスム”と呼ばせた独特の絵画様式でありました。
そうした彼に”窓”の連作があります。
外界の描写でなく
あくまで”窓から見た”パリの街の風景が彼の主題でした。
色と光は極めて自立的な存在で
造形性をも強く感じさせる作品です。
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絵画を
視界という視点で捉えるなら
やはり”デカルト座標”
想起されます。
その名の由来となった書は
デカルトの著作”方法序説”

視覚的に与えられた三次元空間
その原点に自我があるとし
視界は自我を中心として視る三次元の世界です。
ですので
必然パースペクティブに頼らざるを得ません。
人間の能力には限界があり
視界とは、目に映るもの
それだけが全てです。
ですから
当然真に正確な空間の把握はできないんですよね。

その先にひとができることは、
主観(原点)から出発し、
その原点(視点)を移してゆくことにより
多面的に視界を捉えながら
客観的空間(認識)を推察してゆく他ないんですね。

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日常の中においても
そうした姿勢(生き方)
大切にしたいナ
なんて思っています。
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【 2012/11/16 12:46 】

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