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もうひとつの愛を哲学する ―ステイタスの不安― アラン・ド・ボトン~ヒエラルキー~トルストイ/ドストエフスキー/バルザックにディケンズ/オースティン/ショーペンハウアー
The photograph of Paris
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アラン・ド・ボトンの著作”もうひとつの愛を哲学する ”は
世俗の価値意識
外的価値(富・権力・権威)に重きを置く
現代人のステータス信仰を考察した作品です。

彼は、社会の段階的組織構造の高みを目指そうとする
ステイタスの欲求をもうひとつの愛の欲求と分析します。
それは
愛するひとから愛されたいと願う愛の欲求と同様に
人は世間からも愛されたいと願っているという見解からなんですね。
そしてもしや愛されないのではないかという恐れが
ひとを高いステイタスへと駆り立てる・・・
ゆえに
(ステイタスの高さ=)贅沢の歴史は
人が愛されたいと願い傷ついたココロの記録だと総じていました。


またステイタスの傷を癒す方法にも触れています。
そこで
社会のヒエラルキー的価値観に縛られず
より人の内面的資質を優先する文学、哲学、芸術、政治、宗教
あらゆる角度から切り込んでいます。
トルストイ、ドストエフスキー
バルザックにディケンズ、オースティン
そしてショーペンハウアーらの書物に
さらにはボヘミアンの生き方や
ブッタの精神に
履歴、経歴を競う生き方、財産や家柄に絡む世俗の価値基準を否定する思想があり
賢明な知恵が息衝いていると・・。
(日本で謂えば、福沢諭吉の独立自尊の精神などもそのひとつかもしれません)

またボトンは
生命の有限性や
栄華の儚さ、
宇宙や大自然に照らしてひとのそうした苦悩の卑小さにも言及し
ステイタスの傷からの救済を説いています・・。

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世間の価値に流される愚かさ
所有主義でなくそのひと固有の魅力こそが真に大切なものであるという
物事の本質を見極めながら
社会の判断基準に惑わされることなく
信じる道を歩むしか
手だてはないのかもしれません。

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※先日機会あって翻訳ものを手にしましたが
拙訳のようで意味が取らない部分もありお勧めはできないのですが・・。
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テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2012/11/19 19:44 】

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