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私的”嵐が丘”論 Ⅱ~エミリー・ブロンテ
女流作家らしい極細やかさからか
時系列的にも地理的にも法的知識にしても
極めて緻密に練り上げられているこの作品
自然描写も感情描写も卓抜しています。

DSC_0068.jpg

そして極め付けがナレーターのポジショニング(あくまで私見)です。
筆者であるエミリーはまずロックウッドに語らせ
ついでそのロックウッドにネリー・ディーンが語って聞かせるという手法を取っています。
(彼はヒースクリフの話の聞き手でもあり、キャサリンの日記の読者でもあります)
”嵐が丘”を包む雰囲気は語り手が創っている・・・。

作中には、確かに
”冷静な傍観者ーThe two, to a cool spectatorー”との叙述。
けれどそれさえも語り手本人の言葉です。客観性を持たせていないんですね
作者は、どこまでいっても”信頼できない”者として、語り手を設定している。
語り手ネリーの言葉をそのまま受け止めるに
慎重にならなければ物語は別のものに変容してしまうかもしれません。
ネリーの口から彼女の言葉で語らせている以上
それは彼女の解釈に過ぎませんし
その表現が心暖かき人物のそれとは違うと
感じ取れたなら・・・。

けれど
第三者がどう語ろうとも
この愛の根底にある真実の輝きが失われることはないんですよね
”有らぬNarrator”のそれによって
美しきものを一層際立せる
エミリー・ブロンテのテクニックに敬服です・・。

こうした意味で・・・英国文学において
嵐が丘ほど”はっ”とさせられる鮮烈な作品を
私はあまり知りません・・
個人的見解で言えば
英国はシュイクスピアとバイロン国だと思っていましたから^^

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舞台となったのは
ハワースの荒野からほど近い場所。
そこにマンチェスターに次ぐ英国の貿易港
リバプールがありました。

時は産業革命只中
英国が世界を支配していた時代です。
大量生産 大量消費 機械文明の魁となり
アフリカ、西インド諸島、インドから中国にまで及ぶ
壮大なバックボーン・・想起されます。
ここに於ける中心的都市のひとつとなった港町が
リバプールです。
エミリーは此処から物語を
紐解いて行くのです・・。


作中にはヒースクリフ
3年に及ぶ失踪がありました
その間の記述は殆どありません。
ですが
プロットを掘り下げ
綜合的に勘案するなら
”新大陸”辺りが順当なところでしょうか。

英国軍とマサチューセッツ市民との衝突に端を発した
アメリカ独立戦争の時期にも重なっていますし
軍に在籍させれば
あの粗野な彼がマナーを身に着けて帰ってきたこととも
妙に整合性が取れる・・・
ましてあの時代にあれだけの財を為すことも可能な地・・・
などなど
もうひとつの”嵐が丘”を書きたくなる
所以がここにもあったりするのですが(笑

社会が物質的に豊かになればなるほど
大切な何かが失われつつある
といった不安
これは、心ある人ならば
本能的に抱えている憂いのようにも思いますし
実際
それによって失われ行くものがあります・・。

エミリーは
めまぐるしく社会が変化してゆく
産業革命の過渡期に生き
失われ行く何かに
言葉にならない不安を感じ
彼女の瞳には決して映らない
けれど絶対的に大切なそれを
この”嵐が丘”に閉じ込めた・・
そうも感じるのです。

目に見えるものにのみ価値を置くひとに
このような小説は
絶対に書けないでしょうし
理解の範疇にさえ収まらないものでしょう。

エミリーの生きた社会背景と
嵐が丘の世界観
その対比にも
作品を読み解く鍵
あるように思っています・・。























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テーマ:芸術・心・癒し - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2013/04/20 10:32 】

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