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散文詩 Ⅰ~象徴派詩人~パリ~ボードレール/ランボー/マラルメ~ロンドン/ポー~ニーチェ
19世紀のフランス文學界
ボードレールやランボーそしてマラルメ
象徴派の系譜(この動きはその後アイルランドのオスカー・ワイルドや英国のエリオットに・・)
こうした詩人らの
美しき散文詩に触れるにつけ
改めてフランスは感性に優れた国だと感じています。

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ボードレールを想うとき付き纏うのが
ドイツ、ワイマール時代の Walter Benjaminですが
そのボードレール論が興味深いんです。

キーワードは3つ
”パリ””群聚”そして”パサージュ”

ボードレールが生きたパリは第二帝政期
この期の目覚ましい近代化に係る文献に接するに
パリの労働者階級誕生に伴い
街が大きく変貌してゆく過程が手に取るように伝わってきます。

*ボードレールがこよなく愛したとされる
王政復古期のパリは彼にとって
共同体意識に包まれた温もりの街であったよう・・。
そもそも抒情詩とはその性質上
こうした環境、土壌の中に育まれるものですから*

パリの人口は飛躍的に増えますが
ボードレールにとってのそれは
虚しき発展でしかなかったようです。
社会のなかで人間関係は希薄化し
人々は互いに無関心になってゆく・・・
こうした変化にボードレールは馴染めなかった
彼が大切に築き上げてきた”抒情詩”の世界観とは
相容れないものになってゆくんですね。

一方英国では、エドガー・ポーが
ボードレールにとってのパリと同じ視点で
ロンドンを眺めていたのですが
ただ違っていたのは
ポーのそれは俯瞰でのそれ
あくまで傍観者のスタンスであり
終始冷静であったこと。
ですがボードレールは
旧き良き時代のパリを取り戻そう、意思疎通を諮ろうと
冷たい大都会の非人間的性質の中への融和を試みるのです
ですが彼を待っていたのは絶望の二文字
彼にとって
近代工場の無機的空間の中で繰り返される労働者層の流れ作業は
無意味な行為の反復にしか映りませんでした。
実際、労働者たち自身もそれを
非人間的な行為と感じていた・・
その理由として考えられること
それは彼らの労働には、所謂 
励み、実り、報いといった類の経験によって齎される充実が見い出し得なかったから
ボードレールは此処をもっとも重要視したんですね。
こちらは後にオーラと名付けられるもので
ボードレールは、彼の創作活動のなかで
オーラの回復を目指しました
その源泉を求めて・・・。
ですが
群衆には、彼のその意図さえ汲み取ることが出来なかったのです
それでもボードレールは諦めませんでした。
オーラの欠片を求めて只管、彷徨い続けます
そうです
彼が抒情詩にこだわったその理由
それはこの掛け替えのないオーラを取戻し
永遠なるものにするに
それがもっとも優れた”手立て”であると信じていたから
しかもそれは、極めて芸術的装置でありました・・。
この拘りこそが
ボードレールをして偉大な詩人にせしめたものでありましょう。

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ーーボードレールの詩は第二帝政の空のもとの
             大気なき星座であるーー
                    ~ニーチェ






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テーマ:芸術・心・癒し - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2013/05/27 08:02 】

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