秋桜の向こう側
瞳に映るものが
重んじられるこの世界にあって

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目には見えない大切なもの
その基盤なくば
現実がほんとうに耀けるものには
なり得ない・・・
のかもしれません。

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テーマ:花の写真 - ジャンル:写真

【 2013/09/28 17:50 】

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プルースト/失われし時を求めて~円環する時間~ハイデガー
現代の時間観
限りなく直線的です
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古代のギリシアやインドは
反復する時間のなかにあり
それは
陽は沈みまた昇るような
或いは
季節が廻るような
”円環する時間”
そうした概念に
支配されていました。

中世になって
”終末思想”のキリスト教的世界観を起源とした時間
(良く言えば”未来”)に統馭されるようになって・・・

そして近代以降
客観的な”数量”としての時間(スケール)が
人間たちを先導するように闊歩し始めた・・・

故か、デカルトは人間にとっての時間を認めようとしませんでしたし
カントは”感性による直観の形式”とした
要は、時間は、空間同様に
ただ存在するのでなく
認識する人間の内にあるとしたんですね。

そこから
ベルクソンは
空間は時間の派生態であると考え始める
そう
私たちは過去を”空間化”して認識していると理解した訳です。
時計が音を刻む
物理的外面的時間を”過去”とし
空間化されない時間”純粋持続”こそ”主体の自由の根拠”としたものです。

その後
プーレが
このベルクソンの”過去の空間化”を批判します。

思い出は時間軸に沿って整列されているものでなく
プルースト的なものなのではないか・・・と。

ーー記憶のすべてのもの
   あの街も庭もみな私のティーカップから出てきたーー



此処には
私達の自己認識の手立てとなるものが
”記憶の再認”ただ一つだけ
という
根源的問題が伏在しています。

現実の時間に働く感性こそが
過去の感覚を浮かび上がらせ
そこに構築される記憶の出現
それこそが
”自我”を支える
それを於いて他に
自我の証となるものはないという事
よって
”記憶”は”自我認識の唯一の手段”
アイデンティそのもの
ということなんですね。

記憶がひとにとって
どれほど大切なものか・・

如何に
未来の時間が豊かに眼前に横たわっていたとしても
記憶を失う病が
いかに恐ろしいものであるかに思いを致せば
分り易いようです。

自分が生きたことを認める過去は
自分が生きてきた証
もっと言えば
人間の基盤となるもの
結え
真の人間
本質的人間は
過去との関係性でしか
その存在は認められないことになってしまうんですね。

プルーストの”失なわれし時を求めて”は
まさに
失われた時を求めて
気の遠くなるような旅の中から
自己の本質を見出す物語でもある訳ですが

この超越した時間のなかにしか
ハイデガーの謂う
”人間的時間”は備わらないということになりましょうか。

“時間”の観点から眺むるなら
人間は
紛れもなく今此処にある存在
であり乍
同時に絶えず未来へ向けての運動を続けざるを得ない存在
けれどその未来は
全く以て未知の領域であることから
より良く生きようとする人間は
絶え間なく過去へと回帰せざるをえない存在・・・

学術から垣間見えてくる
人間本質への深い諒解は
雄偉たる時間を
厳かに告げられるそれと
少し似ているように思います。

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テーマ:自由への道程 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2013/09/26 08:27 】

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優しい瞬間(とき)~人間の時間
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ひとの時間は
精神が刻むもの
必要なのは
正確な時計でも
まして
季節でもない

他者との関係性
そして
向き合う対象への
こころの有り様が単位となる・・・

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テーマ:海のある風景 - ジャンル:写真

【 2013/09/23 11:08 】

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阿寒湖の朝~光の贈り物~精神の政策/ポール・ヴァレリー
初秋の阿寒湖畔
静けさに浮かぶシルエット
碧き湖水に
光の贈り物
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私たちは
後ずさりしながら
未来へ向かってゆく
恰も
湖に浮かべたボートを漕ぐように
~精神の政策/ポール・ヴァレリー



そうなんですね
ヴァレリーの比喩の如く
ひとは真っ直ぐに事象を見詰めたまま
後向きに
未来へ曳かれてゆく・・・

だって
私たちが瞳に映した
確かなそれは
過去の情景だけ

未来は
何処まで行っても
未知のものであって
誰にも見えない世界が
広がっているんですね

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美しさが
追憶のなかに潜む
その理由は
こんな処にもあるのかも知れません・・。

















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【 2013/09/20 16:55 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
追想~一回性から永遠性へ
一回性ゆえの永遠性

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かけがえのない時

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言葉に移したときに
離れゆく
実在・・・

随(まにま)に
こころ映し
永久(とわ)に
此処に・・・





























テーマ:海のある風景 - ジャンル:写真

【 2013/09/18 09:18 】

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日本文学の馨る街~鎌倉 Ⅱ~夏目漱石/こころ~明治の精神/乃木将軍の殉死~精神家/森鴎外
漱石が生きた時代に
明治を象徴する人物
かつての陸軍大将であった乃木希典夫妻の殉死がありました。

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”白樺派”なる文藝思潮に代表される
西洋近代思想的個人主義、人道主義、自由主義、理想主義的立場に鑑みれば
乃木の”精神”は、否応なく批判の矢面に立たされるものでありましたが

以降作品にシフトが見て取れる鴎外と
そのまま小説に反映させた漱石ら
明治最高の知性と目された教養人たちは
乃木のストイックな生き方に一定の評価を与え
西洋礼賛一辺倒には陥らなかった・・・
即座にナショナリズムと直結すと見做されたそれは
旧時代、武士的と冷笑されしもの
そうした明治精神の死をしっかり引き受け
漱石は
”三四郎””こころ”をBildungsromanともする視点を持合せる一方で
失ってはならないもの
守らねばならぬ何かを
”それから””彼岸過迄””行人”にも描出して行った
背後にはアンコンシャス・ヒポクリシイがあり
アンニュイが齎す論理の昏迷がある
そして核心は
内在する規範意識
人道と謂う名の巨大フレームと戦う
自己意識感情
それはそのまま自責の念、悔恨、悔悟、罪悪感となって立ち現れる

ともすればegoismに流されてしまいがちな弱き人間ゆえ
結え・・・
大切なもの

明治精神に殉じたかにも映る
社会性に対する精神機能
その欠落が
原発を始めとする
現代社会の諸問題に
如何なる影を落としたものか

漱石、鴎外らの書から
受け取れる尊き古格が
今日を生きるひとのこころに
普遍的感情の如く
粛々と響き続くなら・・・

恰も
この鎌倉の海に鳴る潮騒のように。

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テーマ:日本文化 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2013/09/14 18:53 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
青い鳥/メーテルリンク~至高の価値を見出すまで
青い鳥を
追い求め続けるほど
哀しいことは
他にないのかもしれません

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澄んだ空色
樹々の葉音
絶え間なく降り注ぐ光とのアコード

今日ふれあう
その語らいに

目標に向けた
日々の努力の内側に

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至高の価値って
そうした日常の些事

この胸の
柔らかな想いのなかに
嫋やかに
けれど
確かに
在るもの・・・
















テーマ:つぶやき - ジャンル:小説・文学

【 2013/09/12 09:54 】

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光の奏~あなたを想うとき
ぬくもり零れる
エールにも似た光の奏を聴きながら
懐しみ広がる
いたわりの空色
カラダごと委ねたくなるような
包容性

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美しき軌跡に抱かれる
休息のとき










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テーマ:夕陽・夕焼け・朝日・朝焼け - ジャンル:写真

【 2013/09/09 10:07 】

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夏の光~優しい風
過ぎゆく夏の光
慈しむように渡る風
小さく揺れて
秋の訪れを告げる秋桜

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潔いほどの空の青から
振り注ぐ煌めきを一身に集めて
道行く私たちに
贈ってくれる優しさ
ひとつ
ふたつ
みっつ

空を仰いで
誰かの幸せを祈る気持ちは
いつの時も同じ
いにしえの時も
あの日も
今日も
明日も
明後日も

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あなたのその願いが
いつの日か
きっと
きっと
叶いますように・・・



















テーマ:花の写真 - ジャンル:写真

【 2013/09/06 08:42 】

| 気紛れドライブ | トラックバック(0) |
日本文学の馨る街~逗子 Ⅰ~川端康成/たんぽぽ
本当の淋しさを知ってみると
    ひとの淋しさには限りのないことを知ります


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刻々と表情を変える海
一瞬たりとも留まることなく
果てしのないように広がる海色から

そっと掬い取った
水色・・・。

瞳に映るでなく
こころに投影せられしものこそ
精神を揺さぶるとした
偉大なる芸術家
そして作家たち

そのひとり
川端康成
逗子のこの海岸に響く潮騒を胸に
執筆したであろう作品
絶筆ともなった”たんぽぽ”
それは・・・

救いのないような哀しみに襲われても
それでも尚
生きてゆかねばならない
遣る瀬無さ・・・

どんなに伝えたい想いがあっても
その言葉を
届ける手立てはどこにもない・・
やり場のない
どうしようもない
せつなさが描き出された作品です。

川端自身の手で
断ち切った”時間”によって
未完の作となっています・・・。

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ーー何でもない想い出話を
    ただ何気なくするのが
      愛の習わしではないでしょうかーー












テーマ:海のある風景 - ジャンル:写真

【 2013/09/03 18:20 】

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