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オルテガのこころ
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先に,
僅かに触れた
オルテガ・・・

そんな彼の書
その日本語訳の先に
想いを馳せてみました。

其処に刻まれた
”大衆”の文字。

大衆、民衆、群衆
この辺り
同じ日本に暮らす者同士の同じ日本語であったとしても
その理解が必ずしも一致するものではないようで・・・
故、時に、
その意味のとり方には
慎重であらねばならないものでしょうか。

そして、一般に謂う”大衆”と
オルテガの訳書にある”大衆”のもつ意味合いにも
明らかな差異が見て取れます。

彼のいう”大衆”は
あくまで
その”無名性”を指すものであり
厳密に言えば
”大衆心理”を指しているようなんですね。
それは取りも直さず
大衆の言動は得てして
特定の個人には、直接責任追求が及ばない
ことを意図するものであり
その性質上
大衆のムーブメントをそのまま正義(真理)と判断するには
危険が孕むことを承知しておく必要がある
と言ったニュアンスを含む言葉では
なかったでしょうか。

その証左のひとつに
オルテガは”大衆”は(上下層を問わず)
科学の最先端をゆく超エリートのなかにも
存在する(心理)と記しているんですね。

翻訳には必ずといって良いほど
誤訳、誤解が付き纏っているようですし
単語ひとつとっても
原書の中でのそれを
どう訳すかで
その文脈はまったく違うものにもなってきます・・・。

翻訳された書は
訳者の内部を通り抜けたべつものだと考える人達の主張が
そんなに外れてはいない状況に陥っている作品は決して少なくはありません。

翻訳文学という繊細な分野に於いて
時代背景を鑑み、往時のその地の人々の視点を抑えながらの
当該社会,文化の客観的理解の必要性
さらには
その限界をも強く感じています・・・。








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テーマ:art・芸術・美術 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2014/02/20 21:42 】

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