心はいつもあなたの傍らに・・・
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テーマ:芸術・心・癒し - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2014/03/31 21:35 】

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緑豊かな水辺の情景~ミレイ/オフィーリア~セーヌ~モネ/ルノワール/スーラ/ピサロ/シスレー~シャバンヌ
水辺が好きで・・・

DSC_0253.jpg

せせらぎが聴こえるような小川も
セーヌやラインにモルダウといった
大河の流れも
スワンの浮かぶ湖も
遙かなる光の海辺も・・・。


水辺の作品と謂えば
文学好きの私にとっては
やはり
シェイクスピアはハムレット
あの世界観を湛えた
ジョン・エヴァレット・ミレイの
”オフィーリア”想起されます


そして
ジヴェルニーの池からのモネ”睡蓮”の連作に
彼のルーアンやアルジャントゥイユを渡るセーヌを描いた作品
他にも
ルノワールにピサロ、シスレー、カイユボットにスーラたちが描き出した
数々のセーヌ河畔の情景など
やはりフランス印象派の絵画が多く脳裏を過ります。

同じフランスで謂えば
シャヴァンヌも
絵画と水との
そこはかとない密接性
示唆してくれているように感じるんですね

私が光と水を愛して止まないせいでしょうか
文学(詩的作用)にはもちろんですが
絵画に於いても
水は光に次いで
私の心を捉えて離しません。

自然現象に過ぎなかった
ただ、ただ美しいものが
素晴らしき画家たちの体内を通して
情感を湛える
心揺さぶる芸術に昇華されてゆく・・


ーーMy words fly up, my thoughts remain below:
Words without thoughts never to heaven go.ーー


このハムレットからの科白のように
言葉の世界だけでなく
深き想いが伴うということの
意味性を
痛いほど
感じています・・・。










テーマ:絵画 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2014/03/29 13:54 】

| 絵画/彫刻 | トラックバック(0) |
恋するライプニッツ~永遠なる思想的バロック
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バロックを現象と捉え
幾何学的アプローチを試みたライプニッツでしたが
それは見事なその可視化への作業でありました。

彼の謂う
統一
そしてその普遍性は
音楽、絵画、建築など
それぞれの枠に留まることなく
芸術全般の概念に渡る
美しき調和であります。


綺麗に纏まった静的なものに比して
あらゆる要素が
折り重なり
響合う
その上で齎される調和であるがゆえの
永遠性

そうした魅力が
此処にはあるんですね。




時に政治家として
時に外交官として活躍した彼は

このバロック様式を
芸術を超え
往時の政治、経済、歴史さらには、哲学、論理学
そして数学、物理学までに応用し
統一し、体系化しようとしていたのです

行間から放たれる
その閃き
その輝き
息衝く
遙かなる知的躍動感は
今、尚
向き合う者を魅了してやみません。


















テーマ:日常雑感 - ジャンル:ブログ

【 2014/03/28 19:06 】

| ヨーロッパ散歩(海外旅行) | トラックバック(0) |
花時間と音楽
自然の草花のなかに舞い降りる
白のブレード越しの世界
のびやかな奏では
色彩とフォルムの協奏曲

揺らめく花時間に戯れます・・・。

DSC_0476.jpg




※音楽に於いてーー
作曲家の意図するところを
最大限に汲み
徹頭徹尾、解釈に徹する演奏理論と

解釈者の個性を自在に生かすという
創作的な再現理論があります

ただ、ここで
いかに
スコアに忠順な演奏を試みたとて
パーフェクトな再現が可能になるとは思えないんですね

どんなに楽譜に矛盾なく再現したつもりでも
演奏家(指揮者)が異なれば
解釈も異なり
自ずとそこには差異が生まれてくるのが常のよう・・

かつて音楽室で
古い蓄音機から流れる
ブラームスの手による
ハンガリアン舞曲の映像を視聴したことがあるのですが
現代の時間の流れと
彼の時代の時間の流れそのものとの
違いを感じる
不思議な感覚を覚えました
100年を裕に超える隔たりがあるのですから
それも無理のないことなのかもしれません

楽典も含め
楽曲への深い理解は求められて然るべきものだとは思うんですね
けれど
こうでなくば正統ではないといったような
枷を加えることで
鑑賞者の心の琴線に響く演奏が
適うとは思えないんです

完全、完璧を目指すのでなく
豊かに調和した美しい音楽性を湛える演奏
私はそうした音楽をこそ
心から愛します。









テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

【 2014/03/26 18:08 】

| 音楽 | トラックバック(0) |
白夜を想って~ハラルド・ソールベリ /北の花畑
こんな気持ちのときに・・・

瞳を閉じると
浮かぶ情景

それは
ハラルド・ソールベリ
ノルウェー新ロマン派
ソールベリの描いた
”北の花畑”

白夜を思わせるこの情景

冬には極寒の地となる
北欧の大自然のなかから
優しさだけを
そっと掬い取ったような絵画

私自身が
白い花が好きなせいもあるのですが・・。



緑の大地に
ぽつんと立つ建物への愛情までも感じられます。

大好きなひととふたりきり
触れ合うくらいに肩を並べて

いつまでも
いつまでも
眺めていたい
そんな安らぎの原風景が
ここにはあるようで・・・。

683px-Harald_Sohlberg,_Flower_Meadow_in_the_North,_1905

あの丘の先は
日本では北岬と呼ばれる
ノールカップでしょうか・・・。






















テーマ:絵画 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2014/03/25 08:52 】

| 絵画/彫刻 | トラックバック(0) |
デカルト/方法的懐疑/独我論~カント/フッサール/ウィトゲンシュタイン/ラッセル/ヒューム


ドナウの流れ
その河畔の宿にひとり
古い暖炉に火をくべながら
窓辺の椅子にもたれ
思いを巡らした
デカルトがみた夢・・・


存在や人間の認識を
個の意識の明証性に立脚させたデカルト
そのあとに続いた
カントの認識論
”純粋理性批判”で証明した
人間の認識能力の限界も
フッサールが示した独我論へのプロセスも
ウィトゲンシュタインの独我論的世界観も
ラッセルの中立一元論その事象も
ヒュームの
観念論的知覚の集合体も

ヨーロッパの哲学思想
そのほぼすべてが此処
そう
デカルトがその方法的懐疑によって辿り着いた
この独我論から
生まれていったんですよね・・

見えるものだけが真に見えるもの
意識の中にのみ存在し
意識を離れたならな
そこには何も存在しないのと同じ

こうした概念
私は嫌いではないです
というか寧ろ好ましい
だって
心理的には
全くもって
この通りなんですもの^^

ラッセルの謂う推理
それを押し広げたとて
結局は同じこと・・・。

ただこの境地を乗り越えた
後期のウィトゲンシュタイン
彼の達観
広く世界を見渡し
導き出した真実
あの潔さは
もっと好きです・・・。

















テーマ: - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2014/03/24 09:14 】

| 哲学 | トラックバック(0) |
茜色をあなたに


こんなふうに
辺りが柔らかな茜色に染まる時間に帰宅しました

旅先の空は
真冬のウィーン美術館で邂逅したブリューゲル
彼が描き出したゴルゴダの丘のその向こうに広がっていた
鮮やかな青色
そう鮮やかであるがゆえに
一層の哀しみを呼び寄せる
あの青色にも似て
そして
そこには
それは大きな白い雲が浮かんでいるのに
それまでも巻き込んでしまう
深い深い青がどこまでも続いていたんです・・・

少しだけ疲れたこのカラダを
愛する女神たちが
優しく迎えてくれる
安らぎの瞬間です・・・。

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テーマ:今日の出来事 - ジャンル:日記

【 2014/03/23 19:22 】

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旅の途中に~ジャコメッティ&エッシャー&岩成達也そしてキリコへ
春の息吹が聴こえ
可愛らしい少女たちも
花咲く野辺で
自然のテイアラに戯れる
そんな季節がやってきました・・・



ーージャコメッティとエッシャーと岩成達也
この三者の「対象に寄る方法論」の近さについてーー
メッセージを下さった
縦横無尽に思索を愉しむあなたへ


おっしゃること解るような気が致します
あくまで私見ですが
彼らに通底する何かがあるとするなら
それは”到達不能”な解への
無限の運動
それをエネルギーにした
弛まぬ創作活動そのプロセスそのものが
作品となった藝術

そして
その原点は
他のどこでもなく
自身の内部から湧きあがる
tenacity的チカラ
といったところでしょうか・・・。


そして

古代都市に佇む幻想的な郷愁感と
孤独を含む静謐で覆われた
キリコ
形而上絵画ともされるーー彼の後半の画業についてーー

その評価は分かれるところで
ごめんなさい
私にも分かりません
ただ
作品はひとたび作者の手を離れたら
あとは鑑賞者の受け止め方に委ねられるもので
ようは、対峙する者がどう受け止めるか
ということなんですよね^^

ドイツ浪漫派と接し
表現主義に触れ
そして
ニーチェ哲学と邂逅したキリコ

そこで
ツァラストラが彼に与えたもの。

それが
シュルレアリスムとの決別であり
ラファエロやルーベンスといった
古典への回帰であったようにも感じるんですね・・

と申しますのは
キリコが残した書”エブドメロス”に
その答えが見え隠れしているようで。

プルーストがあのように言葉に還元していったそれを
キリコは絵画に凝縮させていったものでしょうか

時間の果て

音を持たない空間
この世界のすべてが
無というベールの下に沈潜し
地上に残されたのは
彼の画上に描かれたるもの
そして
そこに息衝く
空なる心・・・。









テーマ:芸術・心・癒し - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2014/03/22 09:27 】

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時空の絶対性/ニュートン~芸術と科学の情動~相対性理論/ガリレオ/アインシュタイン
時空の絶対性は、美を喚起する

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time and space

時間と空間の絶対性は
確かな美を
喚起するように思います

あくまで文系的文脈ですが

law of universal gravitation
ニュートンが示したその絶対性と
ガリレオの相対性原理を駆使した
アインシュタインの両相対性(理論)

ニュートンの重力理論に基づく手法と
アインシュタインによる一般相対性理論に基づく手法では
導き出される計算値は近似値
でありながら
この二つの理論その原理は
根源的差異があるようなんですね

そう
アインシュタイン方程式の万有引力は
ニュートン力学的力でなく
重力場の時空の歪みと説明されており
その作用は、光速度・・・
絶対的であったはずの時間が
運動状態の違う者では異なる進み方をし
時空は物質の存在(重力)によって歪むのだとか
延いては
この宇宙からすべての物質が消え去ったとして
唯一残る筈の時間と空間さえ
無に帰すという相対性理論。
それでも現実的には
というか
この地上での現象も
かのアンドロメダ銀河でも
要は、観測可能な総てのエリアにおいて
両理論値には差異はないという
ココなんですけれど

アインシュタインリングといった
解りやすい彼の予見など
理論だけでアインシュタインワールドを構築した彼は
ニュートンのように自然現象だけを対象に法則を見出す物理学に対して
そうしたところから生み出された法則を基盤に現象を予測するといった
人間視点を加えていったものなんですよね

アインシュタインが自身で語っていたように
存在の神秘性を愛し
それをして
”芸術、科学の根源に内包されるエモーション”そのもの
と位置づけていたことからも伝わる様に
観測者(人間)視点となることで
さまざまなパラドクスが生まれることも
承知の上、
彼の言葉通りその情動から
発想の自由度を
最大限に謳歌しながら理論を構築した物理学者であった様子が
よく伝わってきます。

17世紀のガリレオから400年余り
数理物理学の歴史は
まだこれから
ということなのでしょうか・・・・。





















































テーマ:芸術・心・癒し - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2014/03/21 15:08 】

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記憶は精神の顕われ~精神は記憶に宿る/ベルクソン~あなたが居た場所 Ⅳ
記憶は、精神の宿る大切な場所

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流れゆく時間
プラトンを愛したベルクソンの謂う
”デュレ”(持続)


彼の著作”物質と記憶”に
先立って書かれた”時間と自由”
実は、こちら
ベルクソンのD論(学位論文)であった訳ですが
原題を直訳すると
”意識が与えられたものへの試論”といった感じになります。

端的に云ってそれは彼が生涯に渡り
見詰め続けた
”自由”そのものへの考察のようでもありました。

へーゲル由来の”精神”に
宿る意識

そして
意識は須く時間にディペンドされますが

その”時間”はと謂えば
均質に測れる客観的現象
でありながら
こちら
意識の中に持ち込んだ空間観念とも云え
アーティファクトな概念でもある訳で・・。

一方で
私達の根源となる存在
意識を考えますに
それは、記憶(強度は異なりますが)なしには成り立たないものであり
この”記憶”こそが意識を機能させ支配し制御し
知覚や言動に影響を与えゆくものだと・・・

”Pure memory is a spiritual manifestation. ”
ということ

純粋な記憶が、精神の現れそのもの
そうした理解をも併せ持たねば
真実には近付けないものでしょうか・・・。





※現代物理学との通低も指摘されるベルクソンですが
彼が最終的に到達した物質理論と
本居宣長の世界観にこそ
通底するものがあるとしたのは小林秀雄氏でした。





リテラチャー的実感で云えば
私も
創造的エネルギーとは
やはり”愛”であろうかと
そう思えてなりません。

愛するに値する存在を
自身の内部に住まわせ
其処からのさらなる創造
そして
生み出されるもの・・・

世界の物質性
創られたものと
創るもの
それは不可分のように感じています。












テーマ:ヨーロッパ - ジャンル:海外情報

【 2014/03/18 18:36 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
生物学医学コモンセンスを翻すようにも思えたSTAP問題に思うこと
かつて政府が打ち出した博士号システム
ポスドク数を3倍に増やすというあの政策
博士課程の募集を強化すれば
それがそのまま
日本の科学のレベルアップに繋がると考えての
ポジティブな方法論であったものでしょう。
ですがここで、数を3倍にすることで導かれる確率論と
科学者個々のモチベーションをUPさせ
科学レベルを上げることとは
全く別問題であろうかと思うんですね。

数の絶対値をあげることの弊害
授与に値しない者に学位が与えられてしまうのではという危惧
また、現在打ち出している
研究開発法人の構想自体の瑕疵をも
思わずにはいられません。

さらには
対する教授陣サイドにも改革は必要なようで
日本にも”academic tenure”
このテニュアのような厳しい審査制度の見直しが
検討されてしかるべきと考えてみたり・・

いずれにしても
”どこまでも流動的な科学”への政策には
さらなる社会工学的アプローチをも求められているようです。


















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【 2014/03/17 19:37 】

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事実は真実の敵なり~セルバンテス/ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ
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ーー事実は真実の敵なりーー

セルバンテスの著
”ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ”からの
フレーズですが

難解な哲学に理解力を示し
登場人物に巧みに論じさせることができる
セルバンテスならではの
(あらゆる意味で)重いメッセージです・・。

事実

真実
言葉のもつ意味合いは
似て(明らかに)非なるもの。

第一義的に
”真実”は
普遍のものでありましょう
けれど
”事実”は必ずしもそうではないようで・・・。


”真実”は
いつのときも
どんなときも
変らずに
そうあるもの・・・。

そして
そうしたところから
得られた
”真実”への確信
それを
私達は
信頼と呼んでいるものでしょうか。

信頼とは
真実に寄り添って
在るもの
なんですね・・・。






















































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【 2014/03/14 08:44 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
デルフトの眺望/フェルメール~失われし時を求めて/プルースト~小説の真髄
優れた作品は
アビリティに溢れ
作者の豊かな智見をも内包しているように感じます。
そして
同時に
持続の精神に裏打ちされた作品である
とも換言できるものかと思うんですね。

現在に捉われすぎて
過去を疎かにすれば
それは
たぶん
今在る幾多の集合体(混沌)にしか
成り得ない

奥行きを持つ筈の時間の総体は
哀しくも”単”なる
現在に還元されてしまいます

こうしたパラダイムでは
大切な
”持続の価値”が
失われてしまうようで恐いんです。

いつの時も
時間軸上での今から事象を見詰め

過去と未来を繋ぐという意識
その
大切さを考えないではいられません・・・。






※”学生時代、野外写生の課題でコンクリート打ちっぱなしの壁面に
向かってイーゼルを立て~”との
あなたのエピソードに接し
想起したのが
”デルフトの眺望”でした・・・。

そして
必ず重なってくるのが
プルーストの”失われし時を求めて”なんです。

彼はその著のなかで
病床にあった小説家のベルゴットに
フェルメールの展覧会に出掛けさせ

”このように
描くべきだった。
比類なきこの黄色い小さな壁面のように
丁寧に・・・
何度も塗り重ね
我が文章を高貴なものにすべきだった”
そう語らせて
この絵の前で
息絶えさせた・・・。

テクスチュアの秘めたるチカラ・・

今日のテクストは
そうした
幾つもの大切なファクタを
胸のなかで交錯させながら
綴ったものです・・・。





































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【 2014/03/12 17:33 】

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旅の記憶Ⅹ~色彩に誘われて~オリーブの街~旧約聖書/ギリシア神話~ゴッホへ
ドイツの詩人ゲーテは
ガルダ湖畔で採れるオリーブから造られた
オイルをこよなく愛したといいますーー



地中海沿岸を旅すると
郊外の緩やかな起伏を描く大地には
一面のオリーブ畑が広がって・・・
そして

街中にも
こうして。

おもちゃのようなこの自転車レーン専用(そう、自転車王国です笑)信号の
向こう側の観葉は
みーんなオリーブで。

可愛らしく創りこまれていました。

オリーブは、
常緑樹であるにもかかわらず
葉色がとても優しいんですよね

国内の落葉樹でも
こんなに柔らかな葉色は珍しいのではないかと・・・

あのパステルグリーンは
ほんと
見ているだけで癒されます
樹形もお洒落(笑

なので我が家も
テラスの正面位置に植え込んで
日々楽しんでます^^


紀元前10000年には生育していたことを裏付ける地層も
発見されているようですので
旧約聖書に登場するのも充分に理解できます。

こちらは、ノアの方舟絡みのエピソードで
神が熾したとされるあの大洪水
その後に
ハトがオリーブの枝をくわえて
(もうなんだかこれだけで絵になるようで)
地上に平和を告げた記述があることから
鳩とともに平和の象徴にされているものなんですね。

ですから国連憲章の樹ともされているようですし
アメリカの独立戦争時に出された”Olive Branch Petition”
あのオリーブの枝請願書にもこうした意が込められていたものでしょうか。

一方でギリシア神話でのオリーブも
印象的な扱われ方をしていました・・
人間に役立つものを創造せよ
その者には都市を与えようといった
経緯から
アテネ(知恵の神)が生み出したのがオリーブ。
(よってかのアテネはこのご褒美で授けられた・・というお話
往時僅差で負けたのは馬を創り出したポセイドンだったように記憶しています)
あのアテネに肖って
オリンピックの勝者に授与されるのもオリーブの冠ということでした。

葉形にも
その色彩にも
天性の洗練された美が
備わっているように
個人的には感じているのですが

ただ
ゴッホが描いた
あのオリーブ畑の夕景に描かれた
オリーブは別格
色彩もそうですが
ことに樹形
そのフォルムが哀しくデフォルメされており
とても淋しげ・・・

想い出すだけでも
胸を
キュッと
締め付けるものがあります・・・。































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【 2014/03/11 09:01 】

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香りの情景~水仙/Narcissus~ウェールズ/ワーズワース


見慣れた
窓辺の情景
ですが
水仙のスイーティな香りに包まれると
この柔らかな空色に相俟って
胸に沁みて困ります・・・

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水仙の学名はNarcissus
ギリシャ神話に登場する美少年ナルキッソスに由来するもので
その名の通り吾身を川面映し込むように俯き加減に咲くこの花は
スペイン、ポルトガルなど地中海沿岸エリアが原産なんですね
また、ケルト系のウェールズでは国章とされ、
英国ロマン派詩人のワーズワースも
”I Wandered Lonely as a Cloud”にその名を刻んでいました・・。

ワーズワースの詩は
ほんとうに
美しくて
こうまで極められると
翻訳することさえ
躊躇われるほど

訳が追い付かないんです
その感性に・・・。

この作品の最終章には
こんなフレーズ

”the bliss of solitude”

solitudeには
孤独といった意味合いもありますが
寧ろそれ以上に
日本語ではあまり見かけない
ひとりでいることを愉しめる強さ
或いは
その自由さを大切にする
といったニュアンスが含まれる言葉なんですね

desire for solitudeだとか
enjoyment of solitudeだとかの表現辺りが
理解し易い例でしょうか


ワーズワースの
こころの豊かさを
想います

自然を慈しみ
自身の内面に向き合いながら
ひとときひとときを
ていねいに重ね
謳歌する
なんとも
素敵な生き方です。











































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【 2014/03/08 18:46 】

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川端康成~源氏物語/枕草子/梁塵秘抄~ドストエフスキー/プルースト~レンブラント
夕景をあなたに・・・

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書物、音楽、美術など
先人たちが残した偉大なる作品は
対象が同一であっても
対峙する者たちの
内なる固有の感性、時に知見によって
受け取るそれは
随分と違ったものになってきたりもするんですね・・・

そうしたなかで
感性に纏わる部分
深いところで
同種の傾向
近しいそれを覚える者同士は

こころが
繋がり易いと申しますか
通じ合える
そうした基盤が
親交を温める以前
もっと言えば
出会う前から
既に確立しているような処が
あったりするのではないかと
そんなふうなことを感じています。

と申しますのは
此のたびエストリルのクリスマスローズにお寄せ戴いた
川端の”感傷の塔”に纏わるメッセージが
私の心の琴線に響いて
暫く鳴り止まないでいることが切欠でありまして・・・。


感傷に理性が伴えば
哲学に移行していったりもするのですが
川端のそれは違います。
ひたすら純粋に自身の内を見詰め
そこでその豊かな受容性を存分にいかして
そのまま
真っ直ぐに美に突き抜けているような
そんな印象があります。

そして
彼が生み出す美
それは
もう”光”そのもの
なんです。

光と謂えば
レンブラントの光
フェルメールの光
そして
モネの光・・・など
素晴らしき感性、技術
といった優れた才能フィルターを通過した
”光”が想起されるのですが・・・

此処で、
誤解を恐れずに謂えば
川端は
光の作家であったろうかと。

しかも
彼の場合
闇を照らす光です
ゆえ
幾分かはレンブラント的
なのかもしれません

遡れば
梁塵秘抄がそうなのですが
あの時代にして
”光”が
それは見事に放たれていたように記憶しています。

別の表現を試みるなら

”色彩”は
どうしたって概念と重なってくるように思うのですが

光は
そのどれでもないんですね

カタチではなく
言葉にも換言できない
寧ろ
旋律のようでもあり
リズムのようでもある

理解さえ超越した
命そのもの
といった存在。

時に柔らかな絵画のように
時に掘り込んだ彫刻のように
描出された川端文学

彼は
ゆらゆらとしたなめらかな流れの文章と
強張った硬さを残すそれを自在に使いこなす達人でもありました。

また
その秘法は
大きく捉えれば
仏文ならフロベールではなくプルースト的
露文ならトルストイでなくドストエフスキーといった感のある
文豪です。

彼は
徹頭徹尾
日本的
何処までも・・・
何処までも。

詫び、寂び
静寂、空(くう)、無垢・・・といった
日本人が古来から大切に育んできた美意識を
愛して
愛しぬいた
そんな作家のお一人でありました。

枕草子が
源氏物語が
その礎となっているのは
改めて説明するまでもないことなのですが

ただ・・
何より
川端は
孤独のひとだった・・・。

自らがいつしか
何処かで語っていたように
哀しみしか描かない

感性の高みに達し
ひとのこころの内奥に確かに存在する
哀しみのなかの美を丁寧に掬い取り
繊細優美な筆致で文章に還元していった
芸術家
川端康成

そんな川端の精神に
見事に寄り添った
此の度の”あなた”の言葉が胸に沁みて
参りました。

川端が著した感知の世界とは対極の
(概念の配列であり実体的思考であり
客観的論理的に確定されうるものこそ真理といったような)
科学の世界
病に苦しむ人々を救うため
医学の最先端でご活躍される同氏の言葉だからこそ
尚のこと私の心を強く捉えたものかもしれません。

美しくも掛替えのないその両輪を見事に兼ね備えた
氏でなければ到達しえない
私などには到底踏み込めない領域を想わずにはいられません。

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【 2014/03/06 19:41 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
サマセット・モーム/雨/サミング・アップ~ラッセル~ウェーバー/プロ論~カルヴァニスム
横浜上空からは終日
プラチナヴェールが降りて
辺りは
コロ―の銀灰色を想わせる
抒情的景観に包まれていました。

モームの表現を借りるなら
”しとしとと降る英国のような雨”
の一日。

本を積んだ小舟にも登場する
モームの”雨”からのフレーズですが
こちらの小説
舞台は南太平洋、オセアニア
ポリネシア系のサモア島

”人はその中に原始的自然力のもつ敵意といったものを
感得するのだ。降るというよりは流れるのである。
まるで大空の洪水”

のようなスコールを素材に
頑なな理性
その脆さを暗喩させるモーム。

”サミング・アップ”で
柔軟な思考力を備えたバートランド・ラッセルを
呼び起こしたモームが
確かに
此処にも息衝いて・・・。

カルヴァニズムに
非合理性を持った合理主義
そんなウェーバーのプロ論も脳裏を過ります。

人間本質への理解が
他者を認め育てる寛容性が
中庸が
バランスが
そうした類のものが
如何に大切であるかを教えてくれたモーム。

そして
何より
”人間の絆”は然ることながら
インド思想へ到達した
あの”かみそりの刃”から
聴こえくるもの
それは
美しきペルシャ絨毯をメタファにした
モーム哲学・・・

仮に
もし

人生に
意味を見出すことができないでいたとしても

それはそれで
少しも構わないんですね

あるがままで
美しいもの

それを
人生と呼ぶのかもしれません。

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【 2014/03/02 21:36 】

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あの日愛した風景 Ⅲ~あなたが居た場所




















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