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川端康成~源氏物語/枕草子/梁塵秘抄~ドストエフスキー/プルースト~レンブラント
夕景をあなたに・・・

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書物、音楽、美術など
先人たちが残した偉大なる作品は
対象が同一であっても
対峙する者たちの
内なる固有の感性、時に知見によって
受け取るそれは
随分と違ったものになってきたりもするんですね・・・

そうしたなかで
感性に纏わる部分
深いところで
同種の傾向
近しいそれを覚える者同士は

こころが
繋がり易いと申しますか
通じ合える
そうした基盤が
親交を温める以前
もっと言えば
出会う前から
既に確立しているような処が
あったりするのではないかと
そんなふうなことを感じています。

と申しますのは
此のたびエストリルのクリスマスローズにお寄せ戴いた
川端の”感傷の塔”に纏わるメッセージが
私の心の琴線に響いて
暫く鳴り止まないでいることが切欠でありまして・・・。


感傷に理性が伴えば
哲学に移行していったりもするのですが
川端のそれは違います。
ひたすら純粋に自身の内を見詰め
そこでその豊かな受容性を存分にいかして
そのまま
真っ直ぐに美に突き抜けているような
そんな印象があります。

そして
彼が生み出す美
それは
もう”光”そのもの
なんです。

光と謂えば
レンブラントの光
フェルメールの光
そして
モネの光・・・など
素晴らしき感性、技術
といった優れた才能フィルターを通過した
”光”が想起されるのですが・・・

此処で、
誤解を恐れずに謂えば
川端は
光の作家であったろうかと。

しかも
彼の場合
闇を照らす光です
ゆえ
幾分かはレンブラント的
なのかもしれません

遡れば
梁塵秘抄がそうなのですが
あの時代にして
”光”が
それは見事に放たれていたように記憶しています。

別の表現を試みるなら

”色彩”は
どうしたって概念と重なってくるように思うのですが

光は
そのどれでもないんですね

カタチではなく
言葉にも換言できない
寧ろ
旋律のようでもあり
リズムのようでもある

理解さえ超越した
命そのもの
といった存在。

時に柔らかな絵画のように
時に掘り込んだ彫刻のように
描出された川端文学

彼は
ゆらゆらとしたなめらかな流れの文章と
強張った硬さを残すそれを自在に使いこなす達人でもありました。

また
その秘法は
大きく捉えれば
仏文ならフロベールではなくプルースト的
露文ならトルストイでなくドストエフスキーといった感のある
文豪です。

彼は
徹頭徹尾
日本的
何処までも・・・
何処までも。

詫び、寂び
静寂、空(くう)、無垢・・・といった
日本人が古来から大切に育んできた美意識を
愛して
愛しぬいた
そんな作家のお一人でありました。

枕草子が
源氏物語が
その礎となっているのは
改めて説明するまでもないことなのですが

ただ・・
何より
川端は
孤独のひとだった・・・。

自らがいつしか
何処かで語っていたように
哀しみしか描かない

感性の高みに達し
ひとのこころの内奥に確かに存在する
哀しみのなかの美を丁寧に掬い取り
繊細優美な筆致で文章に還元していった
芸術家
川端康成

そんな川端の精神に
見事に寄り添った
此の度の”あなた”の言葉が胸に沁みて
参りました。

川端が著した感知の世界とは対極の
(概念の配列であり実体的思考であり
客観的論理的に確定されうるものこそ真理といったような)
科学の世界
病に苦しむ人々を救うため
医学の最先端でご活躍される同氏の言葉だからこそ
尚のこと私の心を強く捉えたものかもしれません。

美しくも掛替えのないその両輪を見事に兼ね備えた
氏でなければ到達しえない
私などには到底踏み込めない領域を想わずにはいられません。

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テーマ:art・芸術・美術 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2014/03/06 19:41 】

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