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シュルレアリスム~モンパルナス/アンドレ・ブルトン~ウッチェロ~トロツキー~ギュスターブ・モロー/ピエタ
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新緑の美しいこの季節に
ブルトンが愛したモローへ想いを馳せたお手紙を下さったあなたへ



数年前のパリ、ザザビーズ
”シュルレアリスム宣言”など数点の直筆原稿が
6億近い価格で落札されたのがいまだ記憶に新しいAndre Bretonです・・。

20世紀初頭に
シュルレアリスムを創始し
そのままシュルレアリスムを生き抜いたフランス詩人
もう
シュールを地で行く
典型的シュルレアリストなアンドレ・ブルトンですよね^^

(ここでついフランスを中心とした印象派との対比で
スペインを軸としたミロ、ピカソ、ダリの先のゴヤ、グレコ、ベラスケスという流れの上流へと
そのシュール感?の系譜辿りたくなるのですが脱線するのでまたの機会に・・・ダリはのびのびですね、スミマセン)

ダダイズム経由シュルレアリスムという王道を歩みながら
ルネサンス期の画家ウッチェロを認めていた文学者でもあったんですよね

ゴシック調のウッチェロ
あの空間表現は
幻想に振れている
と申しますか
中世ヨーロッパの所謂”暗黒時代感”
ルネサンスにあってルネサンスに非ず的な処
彼が魅かれるのは解るような気もするのです
(この暗黒という表現への見解にもいつか綴りたいと思いだけは熱いのですが、今日もまた素通りになってしまいます
というのも実際ギリシア ローマ文明があまりに偉大でありすぎまして
そしてその後の教会中心主義の功罪といったところで・・
ですがその実、スコラ学にオックスフォードさらに
ノートルダムの大ゴシック建築など私見と致しましては
12世紀ルネサンスは決して文字通りの暗黒ではないと感じています)

20世紀前半のセーヌ左岸
かのモンパルナスは
絵画、文学、政治が交錯する聖地のような場であったんですよね
(スーティン、モディリアーニ、ジャコメッティらさえも集っていたよう)
ブルトンはここで
レーニンやトロツキーといった政治の亡命者と
自由で闊達な議論を交わすことができた・・
そこで
トロツキーの”レーニン”に傾倒し
メキシコシティまで彼を追って
共同執筆までした経緯もありました。

そんな彼を日本の作家も丁寧に見詰めていたようです
現実と超現実を見た安部公房です。
その著”壁”
こちら、カフカの審判(この先にサルトル、の先にリルケも見えます)
そのオマージュ的作品とも謂える第Ⅱ部にあたる
バベルの塔の狸で取り上げた先生、そのひとがフルトンでありました
結えここでもシュルレアリスム的感性、確かに求められます。

こちらでは
言葉に尽くしがたい人間存在への悲哀感のようなものが
”壁”をもたないブルトンの夢幻的空間のなかに浮遊しているかのような状態
そしてそれが
”ナジャ”の結びのあの言葉と響き合い、呼応する・・・。

そんな
そんな彼が愛したのがギュスターヴ・モロー
その人だったんですよね

もう必然のような気さえ
してまいります。

(彼が、同じ世紀末を生きた芸術家たちに与えた影響
もっといえば
彼なくして
例えばルオーのあの世界観はあったのでしょうか)

ギリシアに
ローマ神話といったミソロジー的世界から
多くのインスピレーションを受けながらの活動であった作家ならではの
ファンタジック感って
確かにあると思うんですね

メトロポリタンで邂逅した”オイディプスとスフィンクス”
対峙するなり瞬時に非日常に誘う”引力”と申しますか
この習作が
最期の時を迎えるときまで制作を続けたというアトリエ
現在のモロー美術館に数多く収蔵されているとの解説に接し
パリ9区
あのモンマルトルの丘に訪れたいと願い未だ叶わぬその理由
それはもちろん機会の問題があります
けれどたぶんそれだけでないんですね

印象派の画家たちと同時代に生きたとは思えないような
独特のモローワールドのうち
個人的には
学生時代に図書館の画集で初めて出会ったあのモロー
彼のピエタにこそ
逢いたい
それが叶わぬ夢だからなのかもしれません・・。
saki







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テーマ:芸術・心・癒し - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2014/04/14 17:53 】

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