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思慮(理論)の担うもの~実践知/トマス
思慮を備えた生き方に惹かれます。

扉002

決断と決定は似て非なるもの・・・。

一般論になりますが
”決断”の”断”は
文字通り(退路を)断つという意で
誤った決断を下せば
苦境に陥る状況を暗示させる言葉なんですね。

一方
”決定”は、方向性を定めるといったような
冷静な意思を顕しています。

もっと云えば
”決定”された場面からは、
熟慮(議論を尽く)して
あらゆるケースを想定したメリット、デメリットをしっかり踏まえた上で
決めたといった様子伝わりますが

”決断”の場面からは
必要プロセスを飛ばした(必要最低限の情報が得られない)状況が伺える。

と申しますか
先ずもって
盲目的視点でなければ
そもそも
”決断”自体が不要な存在なのかと。

ですので可能な限り
”決断”を避け”決定”を執る姿勢
それは、そのまま
巷で問われるコーポレートガバナンス
経営の基本理念に於いて
重要な立場と考えられています。

こちらビジネスに限らず
社会(国際、政治、経済・・・など)の各分野で
求められるもので
そのひとつに
”結論先延ばし能力”なるスタンスがあります。
(これは洞察、議論、判断といった
一連の重要な働きをする”思慮”

存分に発揮させるための能力を指すものですが)
経験上、驚くほど良い”仕事”をするようです・・・。

取り分け
倫理 の現実化、具体化は
思慮なしには、為し得ない
というトマスの"実践知の構造"は
それを見事に言い当てているように思うんです。
ですので
他者に優しい生き方とは
そのまま
思慮を備えた生き方に繋がるものと
強く感じている処なんですね・・・。



※上記、
少し分析してみますと・・・

アリストテレスにスミスにカント、ミル、ケインズ、マルクーゼ、サンデル、ローティ・・・
脆弱性のない思想は殆どないんですよね
そして
プラトン、ヘーゲル、ニーチェ、ハイデガー、ハイエク・・・
ともすれば誤解を受けやすいそれにも
学びは溢れています。

デカルトやスピノザのような合理論に基き乍も
ロックやヒュームに代表される経験論的スタンスをも取り入れる

より深く
広角的に
時に俯瞰で
普遍的真理を掬い取るように
日々時間を積み上げていった
先人たち
思索、観察を重ね
その先に見出した
数え切れないほどの
かけがえのない
”思慮”の糧

ですがそうしたところでは
明文化され辛い
言葉にならない世界
確かに存在するんですよね
そしてそれは一見して
知の及ばない領域のよう
それゆえの理論否定となってしまう思考回路が一部あるようで
そうした非合理主義的視点に立脚される方は
論理的考察を厭い
とにかく”行動”が好き
そして”決断”を好まれるようなんですね・・・。
(藝術的世界観ではアリかとも思うのですが
それ以外の分野でのこのスタンスは辛いものあります)

ひとが生きゆく
”深度”というもの
それは思慮の深さと
比例するのかもしれません・・・。


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テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2014/09/02 18:13 】

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