魅惑のクリシェ


カーステやカフェなど
聴くともなしに音楽が流れいる状況にも関わらず
フっと
その曲に気持ちを持って行かれる
そんな瞬間があります。

それって
説明が付かないものでもなくて
そうさせる
理論的裏付け(テクニック)あるんですよね^^

或るコード進行のパターンがあって
その連続性の中で
コードの1音を
一つだけ下(時に上)げながら繋げてゆく
”クリシェ”

こうした半音の揺らぎを伴う和声が
旋律に美しき陰翳を与える

フラットすることによって
生じる一種の不協的和音が齎す不安定さが
自身の心の奥底に仕舞い込んだ筈の
想い、哀しみを呼び起こし
その後また調和へと誘われる

これがしかも主旋律でなく
伴奏で半音ずつ下げて行くという
極めて自然体のあのテク
そう
ギターで謂えば
クリシェの奏はベースがとる
あれにやられちゃう(笑

繊細な和音を重ね
それが時間軸上で
心の琴線にダイレクトに訴えかけてくる
だから
胸の中の想いと意図せず
協奏させられてしまうんですね

あのせつなさ
堪えます。












クリシェに滅法弱い
sakiでした・・・。










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【 2014/11/30 17:26 】

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世界でいちばん素敵なお見舞い Ⅲ~パリに戯れる~フランス映画/ゴダール
GRL_0024.jpg

11月と謂えば
ゴンクール賞の月

こちらパリ2区にあるミシュラン一つ星のレストラン”ドルアン”で
その選考から発表までが為される
フランス文学の登龍門的存在ですが
マチエールでないエスプリを大切にするフランスならではの
文学賞であります。

エスプリ・・・
仏的精神となれば
ひとつ
フランス映画・・・
そこで先ず想い出すのが此処

モンマルトルの丘へ繋ぐ
坂の途中の映画館
”STUDIO 28”

100年近い歴史を刻む
文字通りのレトロな館内
赤い階段にまあるいアーチの入り口が目印

ホールシートやドア
窓枠さえ赤なら
カフェカウンター
そして
シャンデリアにまで
赤を粋に配した
ワンスクリーンの洒落た空間が息衝いています。

そのデザインを手掛けたと言う
コクトー直筆のイラストとサインが
ゆるい感じで
さりげなく描かれていましたっけ。

封切館に弐番館、名画座など
たくさんの映画館を擁するこの街ならではの魅力

如何に
ハリウッド映画が持て囃されようと
映画と謂えば
やはりパリな感じでしょうか

先ずもって
映画をも
文學や芸術の如く
ヌーヴェル・クリティックに考えるお国柄でもありますし。

個人的には
フランス映画とくれば
文学的、絵画的美学を
感じさせてくれるといったイメージは未だ拭えません。

例えば
”諸観念の連合に捉われない”シークエンス
ポエムのひと、ゴダール

彼の語法
見えないヌーヴェルヴァーグ精神

それも
フランスの代表的作家
バルザック
モーパッサン
或いは
サルトルの実存主義抜きには
語りえないのかと
思ってみたりもしているところです。

ここで
実存主義とくれば
フッサールの現象学が想起されるのですが・・・
前者は意識の関係性として
後者はその志向性として。

軈て
サルトルの関係性は
方法論に移って行く
そして次なる
実存主義群

それに
心理小説家の全能性批判も
詩的リアリズム批判も・・・

こう考えますと
矢張り以て
あなたのアプローチする
(パリ解放区ならぬ)
解放のヴェールは
此処でも纏われているんですね・・・。

当にアンチ・ロマン的
なので
映画界のヌーヴォー・ロマン

ちょっと構造主義っぽく。

”作家主義”必然の世界観
総括としてそうあらねばの芸術

フレンチエスプリとアンニュイの風を感じながら
STUDIO 28やEpée de Bois で
ゴダールに耽る
これ
パリ遊びのベースと謂って良いしょうか(笑



























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【 2014/11/26 09:30 】

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不在を哀しむ作品を制作されたあなたへ
DSC_0219_20140925115929c52.jpg

川端だったでしょうか

“ニ度とまみえることの叶わない者へ
静かに語りかけることは
なんと美しい慣習でしょうか ”

そんなニュアンスのこと書いてた作家・・・。

不在を哀しむ感情は、
辛いことは出来るだけ忘れて
今を楽しむことを美徳とする生き方の人たちとは
相容れない感情のようで
彼らから見れば
時にそれは
後ろ向きな価値観に映ってしまうことも・・
ですが
”生きること”の意味性は
それほど単純なものではないように感じています。

”限りある命に必ずや付随する感情”から
無理に眼を逸らそうとするそのことが招くもの

喜びや楽しさだけを是とする人生観から、私的には
深度ある時間を感じ辛いとい申しますか(涙
そもそもが
享楽的生き方に抵抗があったこと
それも遠因かも知れません・・・。

個人的には
そうまでして想える
そんなひとにめぐり会えたこと自体への感謝
その方が余程大きい
これって
究極のポジティブ思考かと
思ってみたりもしているほどで(笑

一時として留まらず
流れゆく時間に対して
起立する
豊饒で濃密な時間と呼べるものは
各自固有のものであって
他者が計リ得る類のものではないようにも思うんです。

ひとを愛するこころ
それは
対象の在、不在
そうした存在の如何に関わらず
今此処に居ない大切なひとを想う
そのことのなかにもやはり
やすらぎ
温もり
解放といった
かけがえのない
”快さ”って
確かにあって

ひとの存在が
物理的でなく精神的存在であるという
現実がここにひとつ
厳然として
あるんですね・・・。





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【 2014/11/23 07:30 】

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世界でいちばん素敵なお見舞い Ⅱ~ブルトン~マグリット~ブリュッセル/メキシコ/パリ
歴史を刻んだ壮麗な建築物が
周囲を埋め尽くす広場
美術館に由緒あるホテル
お洒落なショップにレストラン
オープンカフェなどが
あるべき場所に必要なだけ並ぶ
いかにも心地よいグラン・プラス

1934年6月1日
ブルトンの講演”シュルレアリスムとは何か”が開かれた場所
此処は
ベルギー、ブリュッセル。

ブリュッセルと謂えば
シュルレアリズムの画家マグリットが愛した街でもある。
此のジェット区エッセゲム通り
かつてマグリットのアトリエだったその部屋は
現在ルネ・マグリット・ミュージアムとして
公開されている。

展覧会を開いた画廊に
”グリニッチ”などのゆかりのカフェ
チェスを愉しんだり
シュルレアリスト仲間での
芸術談義が繰り広げられていたという
彼の足跡を
ひとつひとつ辿れる
古くて新しい街。

そう謂えば
シュルレアリストの詩人が
ストリート名となった道路を
ブリュッセルを置いて私は他に知らない
そもそも
シュルレアリストの聖地は
パリなんかでなくブリュッセルなのだ。

イマジネーションを
儘、表現、現実視する世界観
それは
”サタイアと閃き”を大切にするイズムであり
スペイン源流
フランドル源流といった
伝統を重んじた運動と重なりもする。

私が初めてブルトンの書を手にしたのは
マグリット美術館近くの書店
”ナジャ””通底器””狂気の愛”
世に言う、シュザンヌ三部作をセットで購入し
広場のカフェに駆け込んで
生クリームいっぱいのワッフルを頬張ることも忘れて
ドキドキしながらページを捲り続けたあの日
今も、鮮烈な記憶となって胸に残っている。

パリ9区
フォンテーヌ通りのアパルトマンに
当のブルトンの書斎があった。
壁には所狭しと飾られた
絵画など芸術品の膨大なコレクション

そんなブルトンの
1920年代からのシュルレアリスム運動

その後の共産党との確執のなか
トロツキーの著作に感銘を受けた彼が
伴に共同執筆(1940年)をしたのが
メキシコはメキシコシティの隠れ家

アメリカから歩いて国境を越える
アングラな雰囲気漂う銀の国だ。

文字通りオートマティスムな作品”溶ける魚”は
ソシュールの言葉を借りれば
シニフィエ(文字/音声)なしの
シニフィアン(イマジネーション/概念)のみでの
エクリチュールで、映像表現
それは
光に映し出された色彩溢るる作品だ。

発表時この書の序文とされた
”シュルレアリスム宣言”にもあったように
その定義は書くことそのもの
当に”エクリチュールの方法論”
しかも自動記述式エクリチュール
端的に言えば”無意識への依存”
あるがまま・・・
なすがまま・・・。

さらには”探求”
ーーすべての思想が期待を裏切り
空虚に襲われても
それでも私は
先ず思想から入りたいーー

自分がほんとうの自分になるためのプロセス
纏わりつく空白を埋めるものは
”思想”しかなく
それをエクリチュールによって
明文化したいというのが
ブルトンの立場だった。

論考解明のキーワードは愛
愛の中での存在
愛の中での幸せ

そう
ブルトンは
愛を通じて幸福を追求したのだ。

”愛の他に解決はない”とした
ブルトンにとって
シュルレアリスムは
作品手法と言うよりは
人生哲学
生き方そのものだったように思う。

結え彼にとっての
シュルレアリスムは
当初、政治領域での革命へさえ繋がるものだった。

その後
サルトルが
フーコーが
レヴィストロースが
それを否定する

次なる目標は
藝術領域での革命
そして
バルト
ソシュールらが
藝術ではない
言語による現実変革の可能性に言及する

イメージだけでは
何も変わらないのかもしれない。
確かに
現実の変革に
実体把握
実態理解は不可欠だ。

しかしブルトンが真に目指したのは
(今、あなたが
あらゆる角度からアプローチされている
それと同じ)
精神の自由の獲得だったのだと
・・・・・。



ーー変わらぬ熱意と永遠の若さへの
光による三つの進路

心に秘めながらそれを開示すべく詩と
自由と
そして愛ーー





















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【 2014/11/21 17:49 】

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インスタレーションに取り組むあなたへ
朝陽に艶めく樹々
風に揺れる可憐な花々
水平線に耀く光の帯
夕照が運ぶ臙脂
そんな
分かり易い美しさの一方で
胸の内に秘めた
大切な想いと交錯させながら
心の眼で見詰めることで
齎される美しさって
あるんですよね。

そして
この美しさは消えてなくなるものでなく
こころに積み重なってゆく類のものだと
思っています。

このたび
制作過程のインスタレーションのお写真をお送り下さった
あなたの”空間”

その場所に
身を任せることによって得られる体験であるため
文字通り
サイトスペシフィックなアートには違いない
けれど
テンポラリーな筈のそれでも
写真に納められることで
或る別のカタチでの作品と
受け止められるほどに

・・・・・・。

哀しみは
負の感情のように捉えられがちですが
実際
それは”美”と
極めて親和性が高いと感じています。

日常のありふれた空間を
特別な何かを使わずして
これだけの情調を導き出し
受け手のエモーションを呼び起こす
その構成力

見えないけれど
深遠なる
チカラによって
展開される
かけがえのない空間は

対峙するものの
哀しみに寄り添い
包み込むような優しさをもって
癒してくれる何かが
確かに
息衝いている
素晴らしき芸術だと・・・・。
















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【 2014/11/18 22:04 】

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世界でいちばん素敵なお見舞い~カフカカフェへ
DSCN6280.jpg

世界でいちばん素敵なお見舞いをお裾分け下さったあなたへ

お声かけ戴いた
"近況報告&海外の想い出"に向けて少し・・。

スイーツなくてはたぶん人生の歓び半減なくらいの
sakiです結え
例によって、“季節のトライフルケーキ”
神宮外苑(絵画館通りの銀杏並木は、先日エストリルのクリスマスロ―ズにupしたあの色付き)のSELAN
同じKIHACHIでも
あそこの トライフルロ―ルにはない
トライフルケーキ・・・ここが拘りで(笑
スポンジと生クリームのとろけるようなクリーミーさ
その柔らかな舌触りが堪らなくて
お客様のお迎えを兼ねて
羽田KIHACHI に来ております。

夕暮れのターミナルにランディングしてくる機影
地平線の先には富士山のシルエット
地上に揺らめく
スポットからの誘導灯そのブル-、グリ-ン
ホワイト、レッドが並ぶ滑走路灯
イルミネーションの融合に相俟う
とろけるような食感を堪能しながら・・・。

海外は、多くの視点でそれぞれの魅力があって
何れを綴ったらよいものか・・どれも素晴しくて。
ただ、幾度訪れても新しい佇まいを魅せてくれるのは
やはりパリかなって。
さまざまな芸術、文学に纏わる囁きが
石畳の路地そのあちこちから
これだけ聴こえ来る街も類を見ない
自身の 心の赴くままに揺蕩える街・・・。

あなたの好きなカフカが
”パリでの疲労は、眠ることでなく
去ることでのみ取り除かれる”
それがパリの特性とまで
言い切ってた街
だけれど
それでも
たぶんパリは
彼の愛して愛して愛しぬいたシネマを
何処よりも堪能できた場所には
違いないんですよね・・・。

カフカと謂えば
プラハ中央駅から歩いて程ない場所
ブルダヴァの流れを聴きながら育ったであろう
カフカの生家でもあった
カフカカフェ

お人形を失くして泣いている女の子に
”君のお人形はね旅に出たんだよ”
って・・・
そして彼は
旅に出たお人形から女の子へ向けた
お手紙を代筆したんですね。
毎日
毎日・・・。
そして女の子に贈った。

そんなエピソードを温もりに
凍てつく
カフカ通りを歩いた
あの街・・・。

それはどんなに
女の子を勇気付けたことでしょう
カフカのメッセージに
想像を膨らませ
想いを重ねる
ただそれだけで
幸せな気持ちになるんです・・・。




















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【 2014/11/14 16:31 】

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今を選り良く生きるということ・・・を想って
DSC_0282_201409251209470ed.jpg


”思考で感情はコントロールできる・・・”
エストリルのクリスマスローズで
折に触れて、綴ってきた
その文脈なのですが

シンプルに言えば
”すべては、自身の中に”
といったところでしょうか。

環境(人間含め)を変えることには
相当の労力を必要としますし
不可能なこともたくさんあります。
(それを職業ないし目標とされている方は別として)
処世術と謂えば語弊がありますが
生きるに必要な術策
もっと言えば
より善く生きるため
自身の思考その再構成(※その方法はそれぞれの状況に合せてカスタマイズ)
を試みることで
実に速やかに
多くの問題が解決される・・・。

諦めるというようなネガティブな意味でなく
望む自分に近付くだけ
それは紛れもなく
心地良さを運んできますし
精神の柔軟性、寛容性など
自己成長も伴います。

容赦なく降り懸かってくる
哀しみ、苦しみを
避けようとすればするほど
皮肉にもさらに増幅して
襲いかかってくるようなところもあるのかと。

ですが
穏やかに
あるがままを受け入れようとした
その瞬間から
すっとこころが楽になる
あの感覚を
それを克服と云わずして
なんと表現しましょう・・・。

似た理由から
”ひとは優しくなると恐いものなど
実は
何もない”
と私は信じているんです。

周囲のひとへの想い
そこに思い遣りを重ねるなら
軋轢も
確執も
居場所を失うように感じていますゆえ。

そして
さらに。

夢を見るから
せつないのかと・・・
同様に
過去は想出し涙するもの
なんかじゃなくて
現在にいかして
一緒に歩むものかなって
思ってます。

思考は自由
なんですよね
これこそが
存在の自由を
保証するものではありませんでしょうか。

ほんとうの贅沢
って
如何にして思考で感情をコントロールして
心地よい時間を過ごすかって
そういうことではないかと・・・。

同じ時空に身をおくなら
出来る限り豊かな時間を
創造して
今というこの時々を生きたい
なんて思ってます。

**************************************

上記、文中でカスタマイズと記しましたが
明文化されたなかからその変遷を少し紐解いて
みます・・・。

仏法の根幹にある”無執着”ですとか”無我”
或いは
日本古来よりの”無為自然”などいずれも
あるがまま的美学に貫かれた概念だと思うんですね。
此処には
解釈を拒絶し
ただ、ただ原始を見詰める眼差しが
息衝いています。
それは、当に
無濾過である
本源そのものかもしれません。
(然し此処にも見るものとみられるものという主体、
客体の二元論は残りますが・・・)
そしてこちら概して、
東洋哲学にこそ馴染むというイメージがあります。
と申しますのは、
西洋的思考の方とお話しをしていると
”根源的理由なし”とした立場をして
違和感を感じていらっしゃるのが
伝わってくることが少なくないんです。
そう、何にでも理由を求めるというその思考回路は
科学という視点で眺むるなら
科学推進の原動力となり
科学的アプローチへの道程に寄与するものでありましょう。

ーーそもそも科学と
(一つ間違えば無限後退や
自己言及問題にも陥りかねない)
究極的アプローチをする哲学では
求めているものが違いますーー

西欧での存在論を
”偶然性”ですとか”無根拠”
といった言葉で理解しようとしたのが
サルトルの小説の主人公”ロカンタン”でしたっけ。

思えば
すべてのものを疑ってみたデカルトの
懐疑論にその萌芽を感じてもみるのですが
そこに内包されし観念と実在という二元論
それは、その後
観念的傾向のドイツ啓蒙思想
そして
唯物的傾向のフランス啓蒙思想に落し込まれてしまう
結果それをカントが統合してはみたものの
実際には、しきれてはいませんでした
ただ、論理空間という括りで考えるなら
それも克服できたと謂えばそうであったものかと
思ってみたりもしています。










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【 2014/11/12 17:27 】

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ギリシア神話の詩神たちへ~ヘルマンとドロテーア/ゲーテ
DSCN6098.jpg

9章からなる
すべてのタイトルに
ギリシア神話の詩神の名が冠されている小説
ゲーテの”ヘルマンとドロテーア”

18Cは世紀末発表の作品で
史実からインスピレーションを得て織り成された物語

背景はと謂えば
フランス革命から10年後
ナポレオンはまだ皇帝に即位してはいませんでしたが
軍事的には全権掌握という状況下
あのブリュメールのクーデターで
議会掌握な筈の演説に大失態
それはもう
命さえ危ぶまれる苦境に追い込まれていた
このあたりが本作品に設定された舞台でありました。

その最中に
ゲーテが差し出した”平和”

日々の生活を
弛まず
丁寧に積み重ねてゆくことこそ
その道程であるといういざないに
自由、平等、博愛の創造
この源泉は
市民生活を誠実に熟す
その裏打ちがあてこそだと説くんですね・・・。
”動乱と革命の時代”に
(武力による解決でない)
コミュニティーの理想をこそ
ゲーテは掲げたわけです。

そして
此処での彼の人間洞察

そのひとの人生を決定付けるもの
それは、所詮
”刹那”なのだと断じる。
(ほんっと鋭いです)

熟考は大切
けれど決心そのものは
刹那の所産に過ぎないものだと
ゲーテは見抜く。

結果、
日々、研鑽に励み、本質的分別を備えるに至った
その者だけが正鵠を得るのだ・・・と。

また
如何なる道も苦とせず
夜であっても日中と同じように考え
労働を蔑まず
雑用も面倒がらず
哀しみの中にあって光を見出し
尚、希望を強める
ひとのために生き
そこに生を感じられるような
そんな
母性的愛を礼賛してもみる。

賢者こそ何時の時も
本来の”生”に立ち戻って日々を重ね活動するとした
ゲーテの言葉
そこには
幸せ(=充実)って知性そのものなんだって
そんなふーに思わせる何かがあるんです。

そして
”経済”の重要性を唱え
後にあの太宰をして大絶賛させた作品
このバリュー
たぶん分かって戴ける方は
解って下さると
思うんですけれど・・・。



※220年以上前の
惨憺たる武力衝突の狭間に生き乍
彼の歴史を見詰める
その眼差しの奥行き
ゲーテの優しさ。

ファウストのプレリュードではありませんが
どんな状況下であっても
質の高い人間は
手探りで
在るべき姿
生きるべき指針を探求する
結え、決して
自分を見失うことはないのだ
という彼の信念。

個人的には、ゲーテのこの深い
”人間性への信頼”に魅せられました。

読後感
その心地良さは
sakiの折り紙つきです(笑














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【 2014/11/08 06:55 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
ONCE~一回性~芸術の至高性/繋がる想い~クロイッツェルソナタ/ベートーヴェン~トルストイ
DSCN6409.jpg

先の映画”ONCE”ではありませんが
そもそもこの”ONCE”が内包せしもの。

さらに謂えば
”a one time only nature ”的な
一回性への飛翔

一瞬が永遠になるような
あの重み
あの深み・・・
そこに捉われる
というか
捕らわれる
いえ
囚われる
かナ。

具体的には
トルストイの小説”クロイッツェルソナタ”に描出された
藝術の至高性
魂のふれあいという状況が生まれるかというあの”疑念”自体に
共感するところがありまして・・・。

芸術性(ここでは音楽ですが)
或いは精神の高み(哲学とか文学とか)にて
通じ合える瞬間のことです。

尊敬っていうと少し違うかもしれないんですけれど
とにかく此処では
恋に近しいような繋がり方
在るように思うんですね。

例えばきっと(アベラールへの)エロイーズ
例えばきっと(クララへの)ブラームス
例えばきっと(ロダンへの)カミーユ・クローデル
例えばきっと(サルトルへの)ボーヴォワール
例えばきっと(ランボーへの)ヴェルレーヌ
そのはじまりのとき
たぶん
プラトンのパイデラス ティアー的な
対象が非言語性を表現する(或いは美を極める)瞬間解り合える
といったような・・・時の硲
私は、ここで抗い様のないGravityを感じてしまうんです・・・。



********************************************************




ささやかな
ささやかな私的経験をあげれば(そこに居合わせただけの関係性で)私も
ヴィオリンのピアノ伴奏をさせて戴いたことがあるのですが
初対面の方でしたので尚のこと
とにかく音量を控えて(フォルテを平均的にメゾフォルテがメゾピアノくらいな)
低音で支えようですとか
対旋律は抑えて主旋律は和声で惹きたてたいですとか
なんとかソリストさんの邪魔をしないようにとその一心で
指先が痺れるような緊張があったのですが
ーーバロック時代のヴァイオリンソナタってトリオからの派生なんですね
ですので、旋律は基本ヴァイオリン独奏で、
ピアノ(チェンバロですけれど)は通奏低音的シンプルなものに過ぎなかった
それが、ヴァイオリン助奏のピアノソナタが作曲されるようになったのは
主に古典派に移ってから
さらに、ヴァイオリンとピアノの調和が目指されたのはロマン派以降のもの
なのですが
それでもやはり、ヴァイオリンの華やかさにピアノの音色は叶わない
そんな想いが私にはありましてーー
それが演奏が進むにつれ
エスコートされていたのはむしろ私で
ほんとうに気持ち良く弾かせて戴いて
フォーレの
ルクーの
ショーソンの
世界観を
僅かな時間ですけれど
確実に共有したひとときだったと
そんなふうに思える

ただ
演奏が終わると
夢から覚めたかのように色彩を失って
通り過ぎて行った一瞬の永遠だけが
記憶としてこの胸に刻まれる。

”束の間の恋”にも似た
あの高揚感
至高性を備えた音楽と謂う名の”共通項”から
齎される一回性の不思議を思うのです。










































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【 2014/11/05 21:07 】

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ONCE ダブリンの街角で~名前のない恋人たち
DSC_0136_20141102075220d56.jpg

フランスのモノクローム映画に
カラックスの
”Boy Meets Girl”がありましたけれど
この作品をしての
”ボーイ ミーツ ガール”パターン

今日のテーマ”ONCE ダブリンの街角で”は
この類型であり
監督・脚本をジョン・カーニーが手掛けた
アイルランド映画です。

あぁ、けれど
Boyにしては
違和感あり(笑
せめて
”Guy Meets Girl”

タイトルままに
アイルランドはダブリンが舞台
それも街角
何かが起きるのは
決まって街角な作品です。

ふたりの出会いもストリート
こころ傷付いたアイルランド男性が謳うオリジナル楽曲に
家庭に疲れたチェコからの移民女性が聴き惚れるところから

ー二人を繋ぐ、愛より強いメロディー
なんて
音楽好きにはキャッチーなコピー
ついてましたっけ(笑
そして
”ストリートから始まるラブストーリー”とも。

それから

そうなんですね
ほんとうに・・・

愛すべき世界観がそのままに通じ合えるひとになんて
そうそう出会える筈もなく・・・

人生に
たった一回でいい
しかも
ずっと
でなくてもいい

たったひとり
たったひとりだけでいい

そんなひとに出会えたなら

それでもう充分かもみたいな
解り合え方
ってあるのかもしれません。

またこの映画
随処に挿入歌が鏤められた
一言で謂えば音楽映画なのですが

(個人的には例えば
クライマックスにコンサートシーンもってくるですとか
ある楽曲が鍵的に
映画のプロットに大きく関わってくるですとか
そういうの堪らなく好き・・・で)

この映画はと謂えば
全編音楽に埋め尽くされている様
まして
”Broken Hearted Hoover Fixer Sucker Guy”
なんてもうほとんど
穏やかにも静的な変形ミュージカルの域(笑

(確かに、後にブロードウェイミュージカルにリメイクされてますね
日本でも、六本木にまもなく上陸のようですが・・・)

私としては
原題"ONCE"のこの映画の
さりげなさに
惹かれるんですね。

とにかく
すべてが
さりげなく描かれています。

音楽も
街角も
仕事も
出会いも
誘いも
そして
別れも・・・。

楽器店のピアノで
彼女がメンデルスゾーンの
舟歌を弾く場面
その旋律の美しさに感動し
彼が
”君が作曲したの?”って尋ねちゃうシーンがあるんですけれど

知らないって
確かにこういうことなんですね
たぶん

似たような経験ありまして(笑
やはり
少し”くすっ”
ってなりますね

この辺りから妙に
感情移入してしまいまして・・・

さりげなく
どこまでもさりげない美しさをもつ情景の中で
ふたりの距離が縮まるか
といった重要なシーンでの
彼からの問いかけに対し
彼女が出す答え
それが

”Miluju tebe”

けれど
ここだけ
チェコ語で答えるんですね
彼女。

結え、
気持ち(言葉の意味)は彼に届かない
映画には字幕もなかったので
観客にも届きません。

そして
名前がない
名前がないんですね
ふたりに。
主人公のふたりに
終章まで
名前がないんです。

これが不思議と
違和感なくて
ラストのエンドロール見詰めながら
そう謂えばって
気付かされたんですけれどね。

ふたり初めてデュオした
記念すべきあの楽器店から
彼はピアノを贈る
彼女は家庭でそれを奏でながら
それでも窓の外を眺めるんですね
そして
眺め続ける・・・。

その想いは
あの言葉に還ってゆく。

そう
”Miluju tebe”
こちら
チェコ語で
”あなたが好き”


それもさり気ないんです
とにかく
さり気ない。

どうでしょう
さり気なさって

心地よさに
そのまま通じてゆくのかななんて
そんなふーにも
思えた作品。

はい
限りなく私流の
さり気ない映画感でした・・。




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"If You Want Me "の
彼女の歌声が綺麗です・・・。





















テーマ:心に残る映画 - ジャンル:映画

【 2014/11/02 07:59 】

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テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

【 2014/11/01 17:10 】

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