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ONCE~一回性~芸術の至高性/繋がる想い~クロイッツェルソナタ/ベートーヴェン~トルストイ
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先の映画”ONCE”ではありませんが
そもそもこの”ONCE”が内包せしもの。

さらに謂えば
”a one time only nature ”的な
一回性への飛翔

一瞬が永遠になるような
あの重み
あの深み・・・
そこに捉われる
というか
捕らわれる
いえ
囚われる
かナ。

具体的には
トルストイの小説”クロイッツェルソナタ”に描出された
藝術の至高性
魂のふれあいという状況が生まれるかというあの”疑念”自体に
共感するところがありまして・・・。

芸術性(ここでは音楽ですが)
或いは精神の高み(哲学とか文学とか)にて
通じ合える瞬間のことです。

尊敬っていうと少し違うかもしれないんですけれど
とにかく此処では
恋に近しいような繋がり方
在るように思うんですね。

例えばきっと(アベラールへの)エロイーズ
例えばきっと(クララへの)ブラームス
例えばきっと(ロダンへの)カミーユ・クローデル
例えばきっと(サルトルへの)ボーヴォワール
例えばきっと(ランボーへの)ヴェルレーヌ
そのはじまりのとき
たぶん
プラトンのパイデラス ティアー的な
対象が非言語性を表現する(或いは美を極める)瞬間解り合える
といったような・・・時の硲
私は、ここで抗い様のないGravityを感じてしまうんです・・・。



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ささやかな
ささやかな私的経験をあげれば(そこに居合わせただけの関係性で)私も
ヴィオリンのピアノ伴奏をさせて戴いたことがあるのですが
初対面の方でしたので尚のこと
とにかく音量を控えて(フォルテを平均的にメゾフォルテがメゾピアノくらいな)
低音で支えようですとか
対旋律は抑えて主旋律は和声で惹きたてたいですとか
なんとかソリストさんの邪魔をしないようにとその一心で
指先が痺れるような緊張があったのですが
ーーバロック時代のヴァイオリンソナタってトリオからの派生なんですね
ですので、旋律は基本ヴァイオリン独奏で、
ピアノ(チェンバロですけれど)は通奏低音的シンプルなものに過ぎなかった
それが、ヴァイオリン助奏のピアノソナタが作曲されるようになったのは
主に古典派に移ってから
さらに、ヴァイオリンとピアノの調和が目指されたのはロマン派以降のもの
なのですが
それでもやはり、ヴァイオリンの華やかさにピアノの音色は叶わない
そんな想いが私にはありましてーー
それが演奏が進むにつれ
エスコートされていたのはむしろ私で
ほんとうに気持ち良く弾かせて戴いて
フォーレの
ルクーの
ショーソンの
世界観を
僅かな時間ですけれど
確実に共有したひとときだったと
そんなふうに思える

ただ
演奏が終わると
夢から覚めたかのように色彩を失って
通り過ぎて行った一瞬の永遠だけが
記憶としてこの胸に刻まれる。

”束の間の恋”にも似た
あの高揚感
至高性を備えた音楽と謂う名の”共通項”から
齎される一回性の不思議を思うのです。










































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テーマ:芸術・心・癒し - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2014/11/05 21:07 】

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