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世界でいちばん素敵なお見舞い Ⅱ~ブルトン~マグリット~ブリュッセル/メキシコ/パリ
歴史を刻んだ壮麗な建築物が
周囲を埋め尽くす広場
美術館に由緒あるホテル
お洒落なショップにレストラン
オープンカフェなどが
あるべき場所に必要なだけ並ぶ
いかにも心地よいグラン・プラス

1934年6月1日
ブルトンの講演”シュルレアリスムとは何か”が開かれた場所
此処は
ベルギー、ブリュッセル。

ブリュッセルと謂えば
シュルレアリズムの画家マグリットが愛した街でもある。
此のジェット区エッセゲム通り
かつてマグリットのアトリエだったその部屋は
現在ルネ・マグリット・ミュージアムとして
公開されている。

展覧会を開いた画廊に
”グリニッチ”などのゆかりのカフェ
チェスを愉しんだり
シュルレアリスト仲間での
芸術談義が繰り広げられていたという
彼の足跡を
ひとつひとつ辿れる
古くて新しい街。

そう謂えば
シュルレアリストの詩人が
ストリート名となった道路を
ブリュッセルを置いて私は他に知らない
そもそも
シュルレアリストの聖地は
パリなんかでなくブリュッセルなのだ。

イマジネーションを
儘、表現、現実視する世界観
それは
”サタイアと閃き”を大切にするイズムであり
スペイン源流
フランドル源流といった
伝統を重んじた運動と重なりもする。

私が初めてブルトンの書を手にしたのは
マグリット美術館近くの書店
”ナジャ””通底器””狂気の愛”
世に言う、シュザンヌ三部作をセットで購入し
広場のカフェに駆け込んで
生クリームいっぱいのワッフルを頬張ることも忘れて
ドキドキしながらページを捲り続けたあの日
今も、鮮烈な記憶となって胸に残っている。

パリ9区
フォンテーヌ通りのアパルトマンに
当のブルトンの書斎があった。
壁には所狭しと飾られた
絵画など芸術品の膨大なコレクション

そんなブルトンの
1920年代からのシュルレアリスム運動

その後の共産党との確執のなか
トロツキーの著作に感銘を受けた彼が
伴に共同執筆(1940年)をしたのが
メキシコはメキシコシティの隠れ家

アメリカから歩いて国境を越える
アングラな雰囲気漂う銀の国だ。

文字通りオートマティスムな作品”溶ける魚”は
ソシュールの言葉を借りれば
シニフィエ(文字/音声)なしの
シニフィアン(イマジネーション/概念)のみでの
エクリチュールで、映像表現
それは
光に映し出された色彩溢るる作品だ。

発表時この書の序文とされた
”シュルレアリスム宣言”にもあったように
その定義は書くことそのもの
当に”エクリチュールの方法論”
しかも自動記述式エクリチュール
端的に言えば”無意識への依存”
あるがまま・・・
なすがまま・・・。

さらには”探求”
ーーすべての思想が期待を裏切り
空虚に襲われても
それでも私は
先ず思想から入りたいーー

自分がほんとうの自分になるためのプロセス
纏わりつく空白を埋めるものは
”思想”しかなく
それをエクリチュールによって
明文化したいというのが
ブルトンの立場だった。

論考解明のキーワードは愛
愛の中での存在
愛の中での幸せ

そう
ブルトンは
愛を通じて幸福を追求したのだ。

”愛の他に解決はない”とした
ブルトンにとって
シュルレアリスムは
作品手法と言うよりは
人生哲学
生き方そのものだったように思う。

結え彼にとっての
シュルレアリスムは
当初、政治領域での革命へさえ繋がるものだった。

その後
サルトルが
フーコーが
レヴィストロースが
それを否定する

次なる目標は
藝術領域での革命
そして
バルト
ソシュールらが
藝術ではない
言語による現実変革の可能性に言及する

イメージだけでは
何も変わらないのかもしれない。
確かに
現実の変革に
実体把握
実態理解は不可欠だ。

しかしブルトンが真に目指したのは
(今、あなたが
あらゆる角度からアプローチされている
それと同じ)
精神の自由の獲得だったのだと
・・・・・。



ーー変わらぬ熱意と永遠の若さへの
光による三つの進路

心に秘めながらそれを開示すべく詩と
自由と
そして愛ーー





















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テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

【 2014/11/21 17:49 】

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