Best wishes throughout the coming year☆
”エストリルのクリスマスローズ”をご訪問下さったみなさま
2014年
ほんとうにありがとうございました。

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こころからの感謝を込めて・・・

2015年も
みなさまにとられまして
どうか
素敵な1年になられますよう
お祈りしています・・・。

saki



















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テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

【 2014/12/31 10:47 】

| ガーデニング | トラックバック(0) |
学びと考える機会を下さるあなたに感謝を込めて
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此度、
研究医の先生が教えて下さった
”科学英語には(医学の専門用語は別として)
英語が母国語でない読者でも、ひとつの解釈しかできないように
文法的に簡潔で単語もシンプルに著すというルールがある”
ということ
この合理的な規則は
通常のビジネスシーンもしかりで
誤解のないように
出来る限りシンプルに纏めるのが理想なんですよね
一方で
それとは対照的な
輸入哲学に纏わる
哲学文献の原書を思いました。

訳書よりは
解り易いとされてはいるものの
ベルクソンの優美さも
ハイデッガーの硬質感も
訳書になると
ずいぶんと違った印象になってくるのは
それぞれに文学的美文への拘りもある上
解釈が別れるような文構成
或いは、文調に差異が見て取れる世界である証とも謂えましょう。

解釈なしの翻訳と申しますか
時に、原文への裏切りがあり
翻訳の不可能性さえ
見え隠れするほどに
学問以前の
実に多くの問題を孕んでいる
その理由は・・・

哲学書のなかでも
取分け難解とされる純粋理性批判
ですが、その著者カントが
自身の著作の序文に
私のこの理論を、平易な文に置き換えてくれる者がいたなら
それは偉大なる功績だ
といったようなニュアンスのこと
記していたのですが
彼も、同じところで
苦しんでいたのかと推察できます。

そしてこれほど
哲学という学問の在り方の微妙さを
端的に顕すエピソードも珍しいのかと
思ってみたりもしているんですね。

文章には、
表現は複雑だけれど
内容は平易であるケースと
表現は平易だけれど
論理が難解であるケースがあります。

ノーベル賞受賞作家の大江氏など前者に近い傾向にあるのかと
思いつつ(決して嫌いではありませんが)
問題は寧ろ後者なんですよね。
そして尚
”正解のない理論”を
読者に納得してもらうためには
あらゆる角度から
精緻で厳密な論理展開をせねば
批判を受けてしまう
といったような実情もありましょう。

また、
カントですとか
ハイデガーで
テクニカルタームが駆使されているのは
(ハイデガーの400字には
4000字の奥行きがあったりするというところなどから)
簡潔を目指すがゆえの難解さもあろうかと・・・
そうした意味では医学論文に幾分近しいものがあるのでしょうか。

哲学が深度を増すなか
或る一定の晦渋(論旨、文脈が取りにくい)表現になってゆくのは
その性質上避けられない内情もあり
その歪みが
ニューヨーク大の物理学教授
アラン・ソーカル氏の”一部の哲学者”に向けた
あの疑似論文発表の
誘因になってしまったりもしたんですね。

古代哲学の時代から
プラトンは(ソクラテスと打って変わって)
極めて読みやすいものであったという典型的事例があったり
また、アメリカプラグマティズムのように
当初
読んでも読んでもその理解ができない・・
ですが
それも其の筈
その論自体が基本、詭弁で
要は、単なる我田引水的理論
目的のために手段選ばないにも等しい
本質なしの議論であったという
オチもあったりで
問題のカタチは実に様々です。

ドイツでは
公園に遊ぶ小学生まで普通に
哲学用語”aufheben(止揚/揚棄)”を使って
会話しているのをきいて
流石、思索の森を抱える国という印象
そこで思うのは
哲学は
決して記憶だけの学問ではないということ
否、寧ろ
希望であろうかと
私は信じて疑いませんし
何が本当の幸せで
何が真の豊かさか
愛が齎す
その意味深さに思いを致すなど
私たちがものごとの根本原理を
しっかりと考えながら
時間を重ねてゆくことこそ
成熟した社会を築く礎になろうかとも思っています。

そして
答えの出せない問題の答えを
探し続けること
そのものが
生きる
ということなのかもしれないと・・・。



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【 2014/12/30 01:05 】

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強さの源・・・それは愛~映画 悪人
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灯台のある岬で

遙か
水平線に
落ちてゆく夕陽を
見詰める眼差し
その
限りのないような優しさ

そんなSceneで
エンディングを迎える
2010年公開の映画 ”悪人”
モントリオール世界映画祭出品作

こちら
2006年からの朝日新聞の連載小説で
その後毎日出版文化賞に
大佛次郎賞を受賞された
吉田修一氏原作の映画です。
絵本版も英語版(”Villain”)も出版されてます。

夕陽を見詰めて
そして・・・
見詰め続ける
主人公のあの眼差しに
監督のメッセージが込められていると
昨夜
”芸術に生きていらっしゃる”ような
アーティストの方がおっしゃられていたんですけれど・・・

とても
共感しました。

真実の愛を知ると
ひとは
強くなれる

こころの中に
汲めども
尽きない
ぬくもりの泉が
生まれる・・・


例え
その愛が
どんなカタチで
あっても・・・。

********************************

ゲーテの
”ヘルマンとドロテーア”の世界観ではありませんが

きっと
多くのひとが
何かを切に願い
何かを夢みながらも
それをそっと胸の奥に秘めて
日々に
出来る範囲のことたちを
ていねいに
仕上げてゆく・・・

他者を想い
感謝のうちに
一日
いちにちに丹精を込める
その積み重ねの大きさこそが
ヴィヴェーカーナンダが導かれるような
ひとつの
美しい(大きな境地へ誘われる)
生き方なのかもしれません・・・。


























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【 2014/12/27 07:11 】

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あなたを想って~クリスマス・スピリット


”クリスマス・スピリット”を大切になさるあなたへ

昨年のクリスマスシーズンにUPした
わが心のクリスマス~パール・バック”に接して下さり
2014年のクリスマスの季節に読もうと決心されて
12月に入ってから
毎晩一編づつ、
ポートワインを少しだけ飲みながら読み進められたというepisode

この季節が
”ひとがなにか優しくなれるという”あなたのメッセージ

あなたが投稿された”わが心のクリスマス”の読後感想(日本/米国

あなたの贈って下さったMAILの一行一行

そうしたことのすべてが
私の胸の
ずっと奥まで沁みて
こんなにも
満たされた気持ちになりました。

"メリークリスマス"を添えて下さった
昨夜のあのMAILは
私にとって
生涯忘れることのできない
掛け替えのない
大切なお手紙になりました。
この最高の贈り物に
胸いっぱいの想いを込めまして
聖夜の記事とさせて戴きます。

パール・S・バックというと
”大地(原題:The Good Earth)”があまりに有名で
それが恰もノーベル文学賞の対象かのように捉えられがちですが
彼女がお母様の日記からインスピレーションを得て執筆されたという
”母の肖像(原題:The Exile, Portrait of an American Mother)”や
お父様へのオマージュ作品とも謂える”戦う天使(原題:The Fighting Angel)”
が高く評価されての受賞理由であったことに
私は深く共感しています。

クリスマスになると過る
バックの信念

そこには
キリスト生誕の500年も前の孔子の言葉からの引用
ー責めることがあるとすれば
        それは他者でなくいつの時も己ー
というスタンスと
プレゼントの本質が
ものでなく
何かを贈るときの気持ちにある
というあのフレーズ

クリスマスは
Christmas spiritを引き寄せる
愛と感謝
その契機となる
reminderでもあるんですね。


末筆になりましたが
あなたに・・・

今日もブログを訪問して下さった皆様
そして
哀しみに向き合うすべての人々に
どうか
どうか
暖かに優しい時間が
降り注ぎますように・・・
心からの祈りを込めて
メリークリスマス☆

saki

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【 2014/12/24 19:12 】

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海と空と音楽と・・・。
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湘南海岸の砂浜に
視界いっぱいに広がる海と
Wooferのきいた心地よい音楽だけが
インテリアの
お気に入りの
カフェがある・・・

そう
ブルーラインに白を基調としたソファを並べた
テラス席と
このカウンター席ONLY

雨が降ったら
****
傘をさすしかなく

けれど
大空を味方に付けた
優しい開放感に
一瞬の永遠が潜む

大切なひとと
ふたりきりで
過ごしたい場所のひとつだ・・・。

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【 2014/12/21 15:54 】

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誘うひと~Twilight Time
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優しい色合いが
あたりを包む
時の硲に
誘うひと

そして

時間が止まる。



























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【 2014/12/19 18:02 】

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ヘーゲルよりキルケゴールのあなたへ
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”徹底的に
個の場所に拘る・・・”

あなたが
仰られていること
理解できます。

というより
私も
いえ
多くの人が
たぶん
結果的には
そのようにしか生きられない
であろうし
そのように生きることこそ
より人間らしいと謂えるのかとも思っています。

ただ・・・
ヘーゲルは、キルケゴールが指摘するように
観念的(壮大)に過ぎて
現実から目を逸らしていたのでしょうか。
実は彼
さして理性的とは言い難い
この実社会を誰より直視していたものかと。
だからこそ
伝統や慣習が支配する他者に
阻害される個の特性を憂慮し
個を確立し
しっかりと独立させんがため
精神の自在さに焦点を当て
人間の本質を(自由)精神
としたものだったかと
個人的には理解しているんですね。

(但し、これがなかなか難しくて
人間は社会的動物であるが故
高い精神性と確固たる信念なくば
すぐに流されてしまい
そう簡単にこれを実現せしめるものでもありません結え。
で、彼は歴史を連れてきた。
彼の云う歴史は
時系列に並んだ出来事のお話でなく
意識の発展を意図する
自由意識の進歩そのものに言及する
そうした類のものでした・・・。)

実存主義的思考性(ニーチェ、キルケゴール)は
ヘーゲルのこの存在論を否定しました。
”普遍的真理”なんかより
人間の個体性を重んじ
現実存在を見詰める眼差しを!
と。

端的に謂えば
たったひとつの掛け替えのない自分だけの真理の探求
それこそが
生きる支えになるのだ
といったようなところでしょうか。

少し振り返ってみますね。

ヘーゲルのそれは
往時の西洋知の集大成であり
また体現でもあった訳で・・・
そうした”絶対精神”に対し
観念論から唯物論へ転化したマルクス(学位論文時点ではまだヘーゲルワールド居住?)がいて
ヘーゲル体系の非個性を批判したキルケゴールがいました。
(認識活動に関わる視点で眺むれば
キルケゴールはある意味
カントー本質と存在の二元論ーに近かったんですよね)

*****ニーチェ(ヘーゲル批判も重いですが)の”神は死んだ”ではありませんが
キリスト教的世界観に落し込んでしまえば
そこで思考停止になってしまいますのでこの章では割愛します*****

ですが
”人間の本質が精神的存在である”といったところ
此処までは
キルケゴールも異論はなかった筈

問題はこの”精神的存在”を
抽象的概念の一例と捉えるか
たったひとつの掛け替えのない存在と捉えるか
(これ、紛れもなく後者なんですね・・ですので)
此処は、
解釈の問題になってこようかと思うんです。

そもそも
ヘーゲルほどの人物が、個の存在を
存在者という一般的概念の具体例に過ぎないといったような
そんな非人間的な
ともすれば人間の尊厳そのものを傷つけるような
そうした見方をしていたようにはどうしても受け取れずにいるんです。

(キルケゴールの云う
”人間の水平化”を思わせるような記述はもちろんあります。
ですがそれは・・・)


”あれかこれか”という選択
その苦悩に
迷いに
葛藤に
その中にこそ
人間の生きる意味があるという
キルケゴールの価値観に
甚く共感する者たちは

自身の心の信じるままに
真理を見出し
そのためだけに生き
そして死ねるほどの
究極の
主体的真理
イデーを求めるものでしょう。

そして
この主体的真理
個々がそれぞれに信じるもの
情熱を駆り立てるほどのイデー
・・・・・の
その先のお話を
ヘーゲルはしていたのだと
私は理解しているんです。

高潔な精神が
苦難の末
各々に到達した高み
であれば
それは全く異なったようなものなどでなく
そうした極みには
どうしたって
何かしらの普遍が息衝く
と、そういったことをヘーゲルは述べていたように思うんです。

ですので
キルケゴールが徹底的に批判したヘーゲル哲学
”あれもこれも”でそれらを否定しているという見解が
私には解せないのです。

ヘーゲルの弁証法的思考方法を
矛盾律を止揚してしまったものであるとする
あの批判です。

(ナチスに悪用された思想の取り違えと
似てなくもありません(涙)

あの止揚・・・。

キルケゴールの云う
選言的
絶対的選択はそのまま
自己が真の自己になるべく
矛盾を生き抜く生身の人間の
生成過程そのものであります。

それは不安に満ちた孤独な作業であり
その道程の先は、時に断崖であり
如何なる飛躍があろうと
哀しいほどの単独者は
その狭さに陥ってもがくしか術はありません
そして
不確か(独りよがり)で纏めてしまっては
発展性や進歩性は見出せないようには思うんです。

絶対知というと誤解があるかもしれませんが
大切なのは
”道のりは遠い”
のでなくその世界観が
あまりに偉大であるがゆえ
普遍性で克服し
希望で繋ぐと言ったようなことではなかったでしょうか。

自身の心の奥底が見えるのは自分だけかもしれませんが
それぞれが突き詰め
育み育てた
精神の奥行き
その深み
それは個々の主体性のその先にあるものであり
そうした場での共通項こそ
精神世界においての統一
ヘーゲルはそれをして
絶対精神と名付けたものだったでしょうか。

それでも
実存的思想の観点から見れば
例え世界がどうであっても
個が何たるかが解らなければ無意味だと叫びます
ヘーゲルの世界は大きすぎる
絶対精神で世界は動かないと・・・
唯物史観もそうして生まれてきましたし。

けれどね
それでは
キルケゴールが謳った
差異化の志向と同一化の志向
あの二つの極限形態をなんと説明しましょう。

他人との差異の感知に
こと長けた人間は
その差異に時に劣等を
時に優越を見出します。
しかし同時に我々は
さらに高次の視点からこれを平準化し
同じ平面に立てる契機があること認め
受け止めようとする姿勢をも備えているんですね。
ましてキルケゴール本人も
この同一化原理を差異化原理の上位に置いていた。
こうした
他者に対する”共感の構造”は
相互理解の可能性を認めたものであって
差異の消去とは
全く持って次元の異なった問題だと考えます。

(彼が恐れた差異の忘却は
無名で抽象的な”大衆”への危惧としては
的を射ていると思います。
ですが、それはあくまで
安易な同調によるものであり、向上ではなく
低レヴェルな場所で自己と他者の間にある差異を平準化する運動においてのものであります。
ここでは差異を無化する危険な状況が確かに見て取れます。)

差異が顕在化する平面は
一方では
各差異項を比較するための
高みの人間的共通面を自覚するものであり
絶対的差異の相対化の場であります。
よって
キルケゴールも
人間と人間の間には絶対的差異はないものと
確かに認めていたものなんですね。

キルケゴールが云う
人間的なものの構造
そこに見られる他者関係の構造こそ
その普遍的本質の一部の構成であり
ここから先を体系的に論じたのがヘーゲルであり
それ以前を
批判精神で断片的に否定し続けたのがキルケゴールだったかと・・・。

強いて言えば
ヘーゲルの進歩史観
歴史とは精神が自由を達成してゆくプロセス
絶対精神に到達し得るというところ
(人間理性至上主義的印象への疑問符在りで)
此処は高みに達するべく高邁な精神なくば
到達不能と考えてみたりもしていますし
キルケゴールの思想がヘーゲルなどより
実態に則した
身近な案内書であったとも感じています。
結果彼は
哲学者というよりは
社会心理学者的
宗教家的要素が色濃く出ていた観は否めません。

ただし
個人の”実存”の比類なき唯一性と
代替不可能性を強調したキルケゴールを
私はココロから愛します。
















テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

【 2014/12/18 21:22 】

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ウェストジェット・クリスマス・ミラクル~Christmas is long in coming?!
移動は基本
手段にしかなりえないビジネスシーンにとっての
癒しの空間になっている
羽田のクリスマスです☆☆☆



オーストラリアその連邦領土内には
Christmas Island Airport
文字通り
”クリスマ島空港”なんてありましたっけ。

エアターミナルでのクリスマスと謂えば
先達ての
ウェストジェット航空のあのイベント
”ウェストジェット・クリスマス・ミラクル”が印象的でした。

こちら
カナダの航空会社で
カルガリー行き二便のフライト搭乗客250人を対象としたサプライズ。

先ず、
ハミルトン空港とトロント空港に
クリスマスボックスを設置
その画面に映るサンタクロースが
この便の搭乗客にクリスマスプレゼントに
何が欲しいかを尋ねるんですね。

そしてその答えを、
ウェストジェットの離陸側(ハミルトン&トロント)スタッフさんたちが
こっそりMEMO!MEMO!

この乗客たちが目的地に飛んでいる
その隙に
着陸側のカルガリー国際空港スタッフさんたちは
離陸前の”欲しいもの希望リスト”の連絡を受けて
大急ぎでプレゼント調達!
これが凄い。

そして
ラッピング、宛名書き作業と進めている間に
乗客たちはフライトを終えて到着
手荷物受取所でスタンバッていると
手荷物より先に
プレゼントが廻ってくる***

靴下にランジェリー
アンドロイドタブレットから
もう・・
大画面テレビまで!

大人も子供も大喜びで
思いもかけない夢の実現に
嬉しくって
泣いている大人たちも少なくないんです。

ちょっと無理メな”恋人”だとか
まして
”世界平和”を願った心あるひとには
それに相応しい
それなりの贈り物が用意されたという
ちょっと素敵な
クリスマスプレゼントのお話でした・・・。










































テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

【 2014/12/16 08:40 】

| 気紛れドライブ | トラックバック(0) |
好きな場所 Ⅴ~鎌倉の海
今日の鎌倉の夕景です・・・。

DSC_0066_20141214193635145.jpg

七里ヶ浜
稲村ケ崎
由比ヶ浜に材木座

それぞれの季節に
それぞれの空のもと
それぞれのカタチで
見詰め
語らい
歩いた
想い出いっぱいの砂浜

この胸に

映画、歌詞の中に
そして
文学に
芥川始め有島、大岡、志賀、川端、中也ら
鎌倉文士たちが愛した海でもあるんですよね。

江ノ電と平行して走る海岸線沿い
134号線からのshot です。






















テーマ:写真 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2014/12/14 21:07 】

| 気紛れドライブ | トラックバック(0) |
ラヴェンナにて~バイロン/ダンテ/ヘッセ~ビザンティン美術/モザイク画/イコン
扉002


バイロンが人妻テレサと暮らした町

ダンテが神曲を書き上げた町

ヘッセの詩に謳われた町

そんなイメージに惹かれて訪れた

北イタリアのこの町

ラヴェンナ 

ダンテが埋葬されているという

サン・フランチェスコ聖堂から始まった

初期キリスト教建築とされる教会廻り

そこで私を圧倒したのは

荘厳なる堂内

その壁面、天井を埋め尽くす

ビザンティンのモザイク画

その壮重さ

紛れもないgravityだった

どこかで感じた

あのgravityに似ていた

そうだ

ルオーの”聖顔”

そこから放たれる

あの深遠なるメッセージ性

汲めども汲めども

汲みつくせない

想い

もしかしたら

言葉をもたないはずの作品が

語りかけるものほど

こころを繋ぐものは

ないのかもしれない




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テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

【 2014/12/12 21:39 】

| 絵画/彫刻 | トラックバック(0) |
お贈り下さった花束に想いを込めて・・・


Home  Partyで戴いた
和のテイストを含んだラッピングが
可愛らしくて

一夜明けて
静まり返ったお部屋に香るフローラルな空気が
心地よい華やかさの余韻に
戯れているようです・・・。

DSCN6574.jpg

















【 2014/12/08 06:40 】

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