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母、その想いの在り処~映画 秋のソナタ/イングマール・ベルイマン~ゴルトベルク変奏曲
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幼い子はなぜあんなにも
母を
求めるのだろう

見失ったときの
あの不安
あの執着は
なんなんだろう

その恋しさ
離れ難い感情は
幾分か
恋とも
親和性があるようだ
       *
       *
       *
柔らかに
暖かな
眼差し
石鹸の香り
囁くように話しかける
優しみの声
そばにいてくれるだけで
安らぎに包まれる
唯一無二の存在
それが私の母へのイメージ

6歳の夏
母を失うまでの・・・。

絶望だとか
悲しみだとかより
気持ちのやり場をなくした
その居たたまれなさが
とにかく
堪えた。

ひとり
ベッドのなかで
枕に顔を埋めることでしか
永遠に続くかのような
重苦しい時間を
遣り過ごす術がなかった。

そもそもが
かなりの
淋しがり屋で
ちょっと泣き虫だったから。
       *
       *
       *
スウェーデンの巨匠
イングマール・ベルイマン監督作品に
”秋のソナタ”
という映画があった

こちら
母と、娘の
愛情の相克を描いた作品

とにかく
音楽の扱いが
際立った作品で
科白よりも雄弁に想いを描出する
ベルイマンの感性に
戦慄した。

先にご紹介した
ゴルトベルク変奏曲
その第25変奏も遣われていた

家庭を顧みない
世界的ピアニストの母と
愛情に飢えた時間を引き摺る娘

ショパンのプレリュードをめぐる
それぞれの奏でのシーンも凄い

会話でなく
映像で心理を伝える手法も見事だ。

”心の闇”
と謂えば
そうかもしれない
”断絶”と謂えば
そうなのかもしれない

けれど
私のような立場の人間からすると
ぶつかり合う
いえ、ぶつけ合う感情は
それがどんなものであれ
やはり
愛に帰結するようにしかみえない

愛の反対は
無関心であり
憎しみは
愛の(負の)側面を表す
感情範疇にあろう結え
       *
       *
       *
たった一度でいい
もう一度
髪を梳かしてほしい

その膝をまくらに
頭を撫ぜて欲しい

充たされない想いは続いた

6歳のあの日から
願って
切望した
永遠に叶わない祈りは
いつのまにか
母の痛みを慮る愛に変った

幼子を残して旅立つ辛さは
如何ばかりだったろうかと。

そして今
それが私にとって
世界でたったひとりの母への
愛の在り処と感じてもいる。

あの日のままに

ピアノの脇の椅子に腰かけて
伏し目がちに読書する母の姿
あの日の儘に
綺麗で
優しい
母の面影が
私の胸を充たしてゆく

密やかな酸味と
触れると消えてしまいそうな
微かな温もりを湛える
透明な秋の空にも似た
母への愛。


























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【 2015/02/07 12:28 】

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