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音楽のチカラ~ヘーゲル/美学講義
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ヘーゲルは美学講義で
抽象的、形式的に音が構成される音楽が
主観的内面性を表現することを受け
ロマン的芸術の第一段階に置いた
直観的可視性を備える具象的美術と
第三段階としたテクストに媒介される詩
その両者の中間的存在に音楽を位置付けていました。

彼は、音楽が
主観的内面性を
瞳に映らない抽象表現で実現する藝術であるために
精神性は
表象によって形作られ
歌詞によって把握され
音楽の運動の中へと入り込んでゆくものと捉ました。
拠って
音楽を詩のテキストに随伴する
”begleitende Musik”と呼び
(現代の音楽用語Begleitungとは意味が異なります)
詩と音楽との密接な関係を追及したんですね。

(似たような論理では
同時代に生きたシューベルトがいますが
ヘーゲルにすれば
ゲーテの詩は既に完成形で
音楽を必要としないとして
相容れないという立場を見せていましたが
此処は、その解釈の自由性の問題であり
旋律に詩がのることでより
聴き手に訴えるという部分では
両者共通項さえ感じます。)

しかし
音楽が備える奥行き
魅力、美しさ、精神性が
聴き手の想像力を刺激し
時にこころ慰め
時にこころ満たし
時にこころ暖めてくれる
この本来的なエモーション

それは
絵画的具象性も言語的具体性も持たない
自立的音楽(純粋器楽曲)であっても
”聴く”ことでしか感受できない
音楽固有の具体性として
確かに内包されているんですよね。。

音楽という
抽象的藝術の理解は
歌詞という文学的テキストがなくとも
充分過ぎるほど成立するというそのことを想えば
ヘーゲルの音楽体験は
自身の美学体系を
遥かに凌いでいたようなんです・・・。
                                                                                                                       











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テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

【 2015/04/11 05:48 】

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