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アリストテレスからサルトルへ受け継がれしもの



プラクシスは、そもそも
アリストテレスの
テオリア(理論)、ポイエシス(制作)、プラクシス(実践)
という三分類由来の言葉でありまして
其処では、テオリアが最上位に位置付けられていた訳ですが
それを
実践優位のもとでの両者の統合性を説いたのが
かのマルクス
そして、感性的認識が理論的認識の礎となるというそれより
その弁証法的統一を目指すもの
と私は受け止めたものです。
しかし、此処での弁証法の過信により
共同主観という次元を経ていないと言う観点から
サルトルの”弁証法的理性批判”と相成った訳なのですが
この理論が
実践を軸に展開されていることでも解るように
惰性化されたものに打ち勝ってこその投機であり
結え、受動性は、極めて消極的概念として扱われているんですね。
ですので、いかに優れたクオリティを備えていても、そればかりでは、はっきりノーであり、
そうした統合性、全人格的知の視点からの実践こそが
高次認識を齎すことは自明の理でありましょう。



























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テーマ:暮らしを楽しむ♪♪ - ジャンル:日記

【 2015/09/30 00:49 】

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