すべての遠景は青に近付く Ⅶ~胸の奥に棲む青
DSCN9938.jpg

青が印象的な作品に心惹かれるのは
西洋絵画だけではもちろんなくて。

日本画でも
青との出逢いが描かれた
素晴しい作品がたくさんありました。

また、瞳に映る青だけでなく
精神的と申しますか
イマジネーションの中にみる青も同様です。

例えば
千住明さんの”Still Blue”のような
音楽的にイメージされる青
バッハやショパン、ラフマニノフにも息衝いているように感じますし
また、文学的描写が醸造するその世界観も
ある独特の磁力があるのです。

適切な表現ではないかもしれませんが
良い意味で
足をとられる
深みに嵌る
そんな印象さえあるほど。

それは

ーすべての遠景は青に近付くー
ここで謂う色彩が
ひとの胸の奥の柔らかな場所に棲む
”こころの遠景”
に集約されてゆくものであり

究極的に
こころで見るということになるからでしょうか。

だからこそ
信条ですとか矜持に裏打ちされる
守るべきものにも近い・・・。

そうした大切な処で
こころ通じる歓び
それは
時空を悠に超えての
或る芸術家とのめぐりあいであり
時に隣に佇む友人との触れ合いであり
そして時に
このBLOGを通じた
あなたとの語らいでありました。

エストリルのクリスマスローズに
ご訪問下さったすべてのみなさまに
心からの感謝を込めて
pendingさせて戴きます。

























































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【 2015/11/30 00:47 】

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すべての遠景は青に近付く Ⅵ~青のアレゴリー
DSCN9946.jpg

ロシアで生を受け
フランスで活躍したシャガール
絵画のそれも
ステンドグラスでのそれも
観るものを惹き込む青を湛える。

ひとの胸を打つものは
作為的技法か、
心象源か。

知識は時に
感受力を助けるのかもしれない
けれど
私が愛するのは
アレゴリカルな物語。

なぜなら
アレゴリーという
伝達の一翼を担うツールに
大きな信頼を寄せているから。

絵画や詩文を愉しむに欠かせないこのアレゴリーは
古代ギリシア(紀元前2600年~紀元前1200年)に伝わった神話・伝説の
哲学的解釈を試み始めたころに生まれ
中世、実在論のなかで大きく展延してきた技法なんですね。

このアレゴリーに
ひとの無意識が
大きく関与するとされることを鑑みても
此処は哲学でなく
藝術理論でなく
沈思のなかでこそ
煌き耀く分野なのかと思っています。





※アレゴリーに似て非なるものに
”イコノロジア”或いは”シンボル”などありますが
アレゴリーのそれは
普遍とメタファの一体化では決してなく
あくまで
直感的流動性をもつもの
だから素晴らしいんですね・・。
























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【 2015/11/29 00:00 】

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すべての遠景は青に近付く Ⅴ~憂戚を越えた光/セガンティーニ
セガンティーニの空の下に

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アルプスの真昼
編み物をする少女
牧歌
湖を渡るアヴェ・マリア
生の泉の恋人たち
愛の結晶
生命の天使 
自然

涅槃のプリマ
冬のサヴォーニン 

セガンティーニの自然理解に
魅せられた日々。

芸術とは
感性の発露でありながら
その変遷は
形式的軌跡となって残っています。

そうしたあらゆる問題の解を
内に秘め
私たちを包み込むように待機しているもの
それを自然と呼ぶのだと
そんなことをも感じさせてくれたのは
私にとっての
セガンティーニの世界観だったのです。

その理由のひとつは
彼のそれが既に
憂戚を含んだ光でなくなり
負の感情を充分に超越した
その先の光であったから・・・。


































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【 2015/11/28 00:00 】

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すべての遠景は青に近付く Ⅳ~青の呼吸
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南仏蘭西はアルル
ローヌ河畔の夜空を描いた
フィンセント・ファン・ゴッホの”星降る夜”

ゴッホのgravityは
あの胸塞がるような狂おしい描線と色彩
そして尚
夜景の美しさは”夜空”にあるといったような
心の原点に立ち返らせてくれる
彼が備える真率さ。

文学館に足を運ぶと
必ずと言っていいほど
当該作家直筆原稿がガラスケースに並ぶが
(愛する文豪であれば尚の事)
間近に迫るその呼吸は私を捉え
容易に離してはくれない。

当然ながら絵画は
その肉迫するメッセージ性が
そのまま作品の魅力と同期して
対峙するものの感性を揺さぶる
そうした類の藝術であり
時に
怖くなるほどに
惹きこまれそうになって
・・・・・
そこは
贈り手の息遣いが聴こえる場所。


























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【 2015/11/27 00:33 】

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すべての遠景は青に近付く Ⅲ~光りの青
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あの日
フェルメールの描き出す青に会いたくて
ただ
会いたくて

私はオランダに飛んだ

そして見つけたのは
Ultra Marine Blue
17世紀
海を渡ったラピスラズリは
フェルメールブルーとなって今を生きている

画家フェルメールの祈りが生んだ
その青は
鮮やかな
濃淡が醸し出す
光の”青”だった

プルーストも
クローデルも愛して止まないという青

魅せられる魂
切なる想い
時空を越えてこころ結ぶ
遙かなる青は
ここにも・・・・・。









































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【 2015/11/26 00:30 】

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A true gem of a message ☆~すべての遠景は青に近付く~愛すべき青 に寄せて


エストリルのクリスマスローズ
”ダ・ヴィンチのすべての遠景は青に近づく”
に触れ

荘子の”逍遥遊編”からの引用を
贈って下さったあなたへ

ー天の蒼蒼たる、
其の正しき色か。
其の遠くして至り極まる所無きか。
其の下を視るや、亦是くのごとくならんのみー

(地上から見上げる天はただ青一色であるが、
あれは天のもつ色なのか、
あるいは、天が極め尽くせないほど遠いのであのように見えるのか。
してみれば、九万里の高みから地上を見下ろす
鵬の目にも、同様にただ青色にうつるのでなかろうか)

さらに添えて下さった野村氏の解説

ー九万里の高みから地上を見下ろすと、
万物の一つ一つの姿は消えて、
ただ青一色の地球が見えるだけということから、
鵬とは、あらゆる個々の差異を否定し、
万物はひとしく価値あるものと見て、
是と非、善と悪、美と醜、あれとこれなど、
すべての相対的差別を認めない立場に立つ人を象徴するー

あまりと謂えば
あまりに符合する
珠玉のフレーズ。

そしてそれが
端的で
端的に過ぎて
幾分かのmetaphorを含みながらも

地球上のすべてのひとの胸に
この視座が
留めおかれるならば
と・・・・・。


       *


医師であられながら
かつプロフェッショナルな科学者でいらしゃるあなたが
最後に結ばれた言葉を
どうか
大切に
たいせつに
此処に置かせて戴きますね。

”この鵬のような視点を持てる人間に
いつか、
少しでも近づきたいと思うのです”








尊敬するあなたの想いに愛を込めてーー
saki











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【 2015/11/25 00:00 】

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すべての遠景は青に近付く Ⅱ~哀しみの青
DSCN9931.jpg

イタリアはミラノ
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の
”最後の晩餐”は
ひとが描いたとは思えないほど
なめらかに美しい作品だ

構図も
色彩も
そのすべてが。

修道院
仄暗い食堂の
壁面に描かれたテンペラ画
キリストに纏せたあの布色
セオリー通りの青には違いない
だがはそれは
時の重みを背負った
例えようない深さを湛える
なんと優しい 
けれど
なんと哀しい青色だったろう・・・。

















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【 2015/11/24 00:12 】

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すべての遠景は青に近付く Ⅰ~愛すべき青
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ダビンチでしたでしょうか。
全ての遠景は、青に近づく
と言ったのは。

遙か
遠くを眺めたときも
闇から解かれ
僅かに色を持ち始める夜明け前も
色彩を失う直前の夕暮れトゥワイライトタイムも
蒼に包まれるときを刻む瞬間が必ずあるんですよね。

そこは
耽美が
尊崇が
懐古が
憧憬が
慕情が
郷愁が
息衝き
時に寂寥の風も吹く・・・

自然の中に身を置いて
静謐に
心を投じ
聴こえ来るものに
耳を澄ませる
それが思索の源泉になっています。






















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【 2015/11/23 00:38 】

| 気紛れドライブ | トラックバック(0) |
古典のディスクール 断章 epilogue~古典へのラブレター
大切なことを教えてくれるあなた(古典)へ
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永い時を超えて
変わることなく
受け継がれてきた叡智を
内に秘め

再読すれば
必ずや
新たな気付きを
与えてくれるあなた。

時に人生の岐路に立ち、
時に失意の底にあったあの日
そして喪失感に襲われ涙したあの季節も
あなたという大きな胸が私を抱き締めてくれた。

だからこそ私は
新しい道を見い出し
前に進むことができたのだと・・・。

そうした日々が今
愛しくてなりません。







































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【 2015/11/22 00:03 】

| ヨーロッパ散歩(海外旅行) | トラックバック(0) |
言葉は想いを越えられない~Ⅰ
ひとは誰も 完全、正確な言語化が出来ない
~Jacques-Marie-Émile

DSCN0162.jpg

今までも
そしてこれから先も
完璧な思想というものは
存在しえないのだと・・・。

よって
瑕疵のないそれも恐らく、なく
それはそのまま
思想の限界を示していることにもなります。

なぜなら
すべてを網羅し
あらゆる視点から
語り尽くすには言葉が足りないから。

けれどこの不可能性の御蔭で
真実に現実性が与えられている
というのもまた
紛れもない事実なんですよね。

論旨(著者の人間性含め)の瑕瑾を
選れてカバーしながら
如何にそこから有意性を掬い取り血肉にするかは
読み手の力量(器の大きさ)に懸かっている
そうした真摯さ
謙虚さを備えておかねば
大切なものまで
指先から零れ落ちて行ってしまいそうで恐いんです。



         *



ラカニアンなる言葉が生まれるほどに
独特の磁力を放つ精神分析家
ジャック・マリー・エミール・ラカン
原典を幾度読み返しても
(日本語訳は拙訳が多いので英訳お勧めです)
しっくりこないものが残るラカン理論
結え深みに嵌ってゆく・・・。
逆説的ではありますが
釣り人は釣れないことを好むという
あの感覚にも少し似て
ラカンの海はマニアには堪らない^^

なのですが
どこまで云っても
すべてを解読できない
その理由は
(一義的には)
ラカン理論が体系的でなく論理性がない(部分がある)から。
(私の友人にもラカニアンいましたけれど
漸くそれに気付き卒業しています。)
けれど
その非論理性は批判にはあたらないと
個人的には思っています。
(実際、ラカン理論って、構造主義でフロイトを貫いて
そこにヘーゲル、ハイデガー(時々カント)の
哲学理論を振りかけたようなとこあるんですね。
と申しますのは
哲学者は彼らを体系的に読み込みます
(否、体系的にしか向き合えない)が
ラカンはそれを器用に切り取って代入する
結果、論理の飛躍に陥るといったような状態。)
ですがそもそも彼自身は
哲学的観点でなく
精神科医として精神分析の技法を語っていたに過ぎないんですよね。
それは
何よりラカン本人が繰り返し述べてます。
”私のディスクールは大学のそれではなく
精神分析のそれだと”

あのような独自のメタファを導入しながら
精神分析学を探求した
ラカンの手法自体は、ほんとうに偉大だと思っています。
そしてそれは
人文系での人間精神の理解をも助けてくれる
極めて汎用性の高いものでしたし。

ウィトゲンシュタインは論理の壁で挫折して
日常に舞い降りてきたものですが
ラカンは徹頭徹尾
日常に溢れる豊穣な言語世界を見詰め続けたひと
こんなところからも判るのですが
ラカンは
論理でなく
修辞の学者なんですね。
そう
そんなラカンだからこそ
かつては私も惹かれたんです(笑

西欧でいう古代、中世
このあたりまでは
教養の中核は、修辞学が担っていました。
ギリシア時代を鑑みても
ソクラテス、プラトンに始まり
学問は修辞学で発展してきたんですよね。
現代のこの逆転現象は
近代化の”落し物”
という気もしないではないほどに。




















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【 2015/11/21 00:00 】

| 哲学 | トラックバック(0) |
古典のディスクール 断章 XV~永遠のテーマへ
DSCN9810.jpg

ひとは誰も
永遠のテーマを
宿しているから

だからこそ
その部分で
魅了し
勇気を与え
感動を共有させるような
真に迫るリアリティを持合せている
そんな作品を
文化の和で繋いでゆきたいと
思っています。




























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【 2015/11/20 00:09 】

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古典のディスクール 断章 XIV~社会原理
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時代を超えて共感を呼ぶ
人間の本質があり
共通理念、社会原理
というものが存在するんですね。

そして
それが如何に
掛替えのないものであることか。

優れた古典から
そうした
学びを得ることができる理由は
そこに含まれる普遍性にこそ
真理が内在してしている
ということでありましょうか。





























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【 2015/11/19 00:43 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
古典のディスクール 断章 XIII~確かな基盤
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古典論が時代錯誤のように捉えられ
古典が成り立たないといった
現代社会の思想状況を憂いています。

不確実性の時代にあって
理性と感性が適切に結びつき
生きたコモンセンスとして働くべく
基範的秩序や規準となる志向性を
どこで錬成すれば良いものかと・・・。












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【 2015/11/18 00:40 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
古典のディスクール 断章 XII~人格形成の礎(恩師へ)
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知識が豊富であれば博識なのかもしれませんが
やはりそれだけでは血肉にはならないようなんですね。
それが人間性と深く結びくためには
質の高い文化と接し
(幅広い分野に於いて造詣を深め)
理解力、想像力を培う必要があるようで。

古典を通じて人格形成を為すとは
そうした試みのひとつと謂えましょうか・・・。
















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【 2015/11/17 00:38 】

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古典のディスクール 断章 XI~前提
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無論、古典がすべてではない
けれど
ひとり、ふたり・・・
今を生きる人間のチカラ
そこに限界を感じるなら
世の中を見据える眼差しを養う前提として
厳然と古典があることを
誰が否定できましょうか・・・。























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【 2015/11/16 00:34 】

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古典のディスクール 断章 ⅹ~迷い
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生きることは
自分を最大限に生せる人間像を目指し
そこに近づくため
絶えざる自己反省と努力に勤しむこと
それが正しいか否かは別として
そのように暮らしていれば
大きな後悔が生じないものまた一面の事実でありましょう。






















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【 2015/11/15 00:29 】

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古典のディスクール 断章 Ⅸ~古典の居場所
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長い年月読み継がれ
時代を超えて
どの時代にも当てはまる普遍性を備えている作品群
そうしたものへの学び不在とされる社会の中で
ポンティ、ドゥリーズ、クワイン、ネグリらは
今や既に大学の研究室にしか
居場所がないようなんですね。

















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【 2015/11/14 00:49 】

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古典のディスクール 断章 Ⅷ~成熟した社会/社会知
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成熟した社会とは
個別の教育レヴェルでなく
そうした知識が集約された
社会知をして評価されるものであります。

それは
伝統的に伝承され

弛まず歩みを進め
今日に至る
豊かな社会知となっている筈
なのですが・・・






















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【 2015/11/13 00:45 】

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古典のディスクール 断章 Ⅶ~精神の自由のなかに
DSCN9874.jpg

エクリ・エ・パロールに記された
ベルクソンの”良識と古典学習”

良識という観念の創造。

バランスのとれた多くの学び(演繹法/弁証法)
という基盤の先で
最も信頼できるものは論理でなく知的直観だと。
(此処はカントも純粋理性批判で述べていましたが)

そして
あらゆる原理を凌駕するのは
公正(慈愛)に裏打ちされしもの。

精神の自由
その獲得なしには
到達できない
場所なのかと・・・。


























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【 2015/11/11 00:02 】

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古典のディスクール 断章 Ⅵ~多義性の海を泳ぎながら
DSCN9832.jpg

私たちは
絶え間なく
多義性の海を泳がねばなりません。

古びることのない永遠の書は
それは即ちそのままに
現代の書であります。

そう成り得るのは
そこに実践的真理が
内包されているから
なんですよね・・・。












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【 2015/11/10 00:00 】

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古典のディスクール 断章 Ⅴ~沈潜が呼ぶ哀しみ
DSCN9786.jpg

その時代だけに
通用する
一過性の事実に動かされてはならない
しかし乍
それに突き動かされてしまった結果があの政治過誤
それは
人類の急速な荒廃を呼び寄せもするんですね。

その過誤から社会を救うものは
普遍的真理に他ならないのですが
それがなぜ水面下に沈潜したままなのでしょう。














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【 2015/11/09 00:33 】

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古典のディスクール 断章 Ⅳ~古典への道程
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歴史的発展における最高水準の業績を
古典と称する訳ですから
ブルームの言
賢者ならざるものは
賢者を認識できない
に従うなら
読み手は自ずと限定されてしまう現実を
乗り越える必要が出てくるんですね・・・。


















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【 2015/11/08 00:21 】

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古典のディスクール 断章 Ⅲ~直接的実利主義を諌めるもの
DSCN9867.jpg

現代の歪
当に
直接的実利主義を諌めてくれるもの
それはたぶん
現代に最も欠けているもの。

であれば
私たちが身に纏いたいのは
贅沢な生活でも
豊かな環境でも
充実した余暇でもなく
良識論
教養論
古典論の類なのかと
思わざるを得ない
今日この頃です。










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【 2015/11/07 00:14 】

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古典のディスクール 断章Ⅱ~普遍の必要性
DSCN9884.jpg

歴史的発展過程における
最高水準の業績であり
古くありながら
尚,
新しい智慧
そのように
現代に通じる作品群を古典と呼ぶならば
普遍性の高い学びの必要性が
古典に凝縮されている点においては
異論はないものでしょう。















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【 2015/11/06 00:10 】

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古典のディスクール 断章Ⅰ~権力行使の謬錯を見抜く感受性
DSCN9896.jpg

政治権力行使
そこに潜む謬錯を見抜く力こそ
現代に生きる私たちに必須の能力であり
これを養うことは
最重要課題のように感じています。

この能力は紛れもなく
ひとつの感受性であり
(メディアリテラシー含め)
この感受性をして
あらゆる(普遍的必読性のある)古典の
総合解釈的様式と説明した哲学者がかつてありましたが
それはそのまま、ひとつの現代的教養であり
哲学的批判精神と名付けて良いものかと・・・。





























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【 2015/11/05 00:05 】

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出来る限り・・・
Do all the good you can,
By all the means you can,
In all the ways you can,
In all the places you can,
At all the times you can,
To all the people you can,
As long as ever you can.
~ John Wesley

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次の一歩を踏み出す時
少しでも
迷いが生じたら
ふと思い出す詩
それがこちらです。

出来る限りの善を
出来る限りの手段
出来る限りの方法で
出来る限りの場所
出来る限りの時間に
出来る限りのひとへ

あなたが
出来る限り・・・。

なんて素敵な
Rule of Conduct

ひとの行動基準なんて
シンプルなほど良いのかもしれません・・・。


















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【 2015/11/04 00:02 】

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映画 幸福~さよなら幸福
DSCN9864.jpg

切ないほど鮮やかな色彩に
ヌーヴェルバーグ
セーヌ左岸のひと
アニエス・ヴァルダ監督作品
”le boneur”を想起しました。
邦題はそのままに
”幸福”

雨に始まり雪に終わるという映画美にも似た
ピクニックに始まり
ピクニックに終わるという
所謂、映画文法をこれほどまでに
際立たせた理由(わけ)は
一見幸せな筈のピクニックという語感がゆえの
そのラストシーンが含むある哀しみ。

胸が締め付けられる情景を
出来過ぎなほどに
モーツァルト独自の音楽性が包みます。

プレリュードに”アダージョとフーガ・ハ短調”
続く
”クラリネット五重奏曲イ長調 ”その第1楽章。

あれを幸福と呼ぶなら
幸福なんか求めない
そんな声も聴こえてきそうな
”忘れられない映画”です。












































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【 2015/11/03 00:42 】

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ありがとうをあなたに・・・


ほんとうに美しいものは
瞳には映らない類のものだと
改めて感じています・・・。



















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【 2015/11/02 00:18 】

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asymmetryに恋して~美しさの秘密
DSC_0005_20151026095551fa4.jpg

シンメトリーに支えられる
欧州の美に比して
不均衡さのなかに
美を見出す
日本の文化を愛しいと思います。

そして
日本の伝統工芸品に
縦糸と横糸を不均衡に交錯させることにより
独自の風合いを立ち昇らせる
しじら織りから
茶の湯、生け花に至るまで
欠けたところに
移ろいや
無常
時に儚さを感じ取り
そこから美を受け取る
日本人の繊細な感性を
誇りに思う気持ちもあります。

庭園美学で謂えば
フランス庭園やイタリア庭園はシンメトリー、
平面的、幾何学的配置が特徴です。
ところが
日本庭園は(生け花しかりの)不等辺三角形が基本となっているようで
(英国のイングリッシュガーデンなども自然体を重んじており)
大好きなのですが・・・。

この”自然体”が
キーワードになってくる
そのわけは
自然界に見られる揺らぎ現象ですとか
また
生きとし生けるものたちの本来的姿その不均衡性ですとかが
生への慈しみを感じさせもするからでしょうか。

人為的に創出される芸術的分野にも
広く採用されているようで
例えば音楽ならば
主旋律でふっと半音提げてくるあれも
不協和音や不完全協和音の効果も
また・・
澄み切って一点の曇りのない演奏は
確かに完璧なのかもしれませんが
繰り返し聴いていると
飽きると申しますか持足りなさを感じてくると申しますか。
あのホロヴィッツのように
高音の透明感と 低音で1番ペダルを踏み込んだときに齎される濁りは
19世紀的深さを呼び覚ますもので
彼ならではの音色かと・・・
藝術の魅力はそうしたところにも散りばめられているようで
尽きせぬ魅力を感じています。

不均衡のもとに調和を保つには
卓抜したバランス感覚が求められるせいもあるのでしょうけれど
音楽に限らず
そうした作品こそ寧ろ真なる完成形なのかとも。

そして
アンバランスなのだけれど
全体として何故か調和を感じさせるのが自然美
大空に浮かぶ雲
樹々の梢にゆらぐ葉
美しさの秘密は
ここにも潜んでいるようです・・・。










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【 2015/11/01 00:21 】

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