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旧くて新しい問題を考える Ⅳ
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プラトンも今尚、ヘーゲルに匹敵する業績を残した人物であり
彼のそれは、人間価値の哲学とも謂えるものです。
ですが現代においては、全うに理解されておらず
枝葉末節ばかりが議論の対象になってしまう惨状もあります。
だからこそ私たちは再検証する必要がある、というのが
思想史を通過してきた者、共通の認識になっております。

また近代哲学(思想)は
(差異をもった)人間同志が、互いに対等な存在として
共存共栄してゆくために
社会システムや現実条件を、根源的に探求し策定しながら
ヨーロッパ型近代社会の理論的基礎を作ってきたもので
その視座を欠いては、意義性を見出すことさえできません。

(現代思想に、そうした”盤石な原理”を見出せないということに
誰しもが気付き初めてもいるんですね)

まして、世界的(発展途上国に於いて)には
近代原理でさえ未だ浸透していないという現実があることも
私たちは忘れてはならないんですよね。

無論、先進国も(自由の解放の次に来た)新しい問題があります。
経済的生活水準の豊さだけで
ひとは生の充実を得ることができません。
(自殺者数の推移をみても胸が痛みます)
ですので
掛け替えのない生をしっかり肯定できるような
社会システムの構築が可能か
といったような問題になって参ります。
この点に於いて、現代の哲学は
近代社会、現代社会の批判のみに終始されており
新しい社会と人間のあり方の原理的構築ができずにいます。
結果、私たちは今、根源的思考方法といった観点から
立て直してゆく必要に迫られているんですね。
近代哲学は、こうした部分で、
誰しもが納得できるような根本原理を創出しておりますので
今のような危機迫る時代にこそ有益であり
(ひとつの時代しか生きられない私たちが陥りがちな視野狭窄を回避すべく)
まさに智慧の宝庫とされる所以でもあるんですね。




















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テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2015/12/11 00:53 】

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