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夜の空港にて~価値転換(ニーチェ)を考えて~堕落論/坂口安吾
ーーそれが、抗い様のない事象であるなら
その運命に従順な人間の姿は美しいものーー



順風満帆、理想的環境の中に生きる者たちの人生と
蹉跌(ヤスパースの挫折)という名の厳しい現実に晒されながら
それでもひとり進まねばならないような
孤独に殉ずる者たちの人生

一瞥して私たちは
前者のような生に憧れるものでしょう。
なぜなら
前者には多分なる善が
義が仁が内在されているようであり
尚それが時に”感傷的”になり
そのままに”美”と映るものでもあるからでしょうか。

”にも拘らず(=カフカ的接続詞)”
そうした”美”が
ともすれば真実を伴わない
表層的で
空虚なものに見えてしまうのはなぜでしょうか。

それは
ロランにユーゴー
ヘッセにドストエフスキー他
文豪たちが描き出した作中人物らの孤独が
私たちの心を揺り動かし
捉えて離さないこととも無縁ではないように
感じています。

        *

人間の真なる崇高さは

皮相でなく
その本然にこそ
息衝くものであることを
知るひとでありたい
今改めて
そんなことを思うのです。

生の本意が(科学的)合理主義
とは切り離された領域にあるとした視座をもつことにも似て

逸楽や
享楽のなかには
ほんとうの充足がないことにも似て。

幸(楽)を求むるのは
万人にできること
ですが
“救いのなさ”“絶対的孤独”を
あるがまま引き受け
貫くことは
誰にでもできることではないんですね。

孤独のなかで目を凝らし
自身を見詰め
思索を廻らせることでしか
辿り着けない場所がある
絶対的孤独が
その高みに通ずる道程のひとつであるということだけは
否定しようのない事実のように
思われてならないのです。

だからこそ
自身では為し得ない
そうした生の在り方が
強く
深く
胸に響くものでしょう・・。

















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テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

【 2016/01/06 01:33 】

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