安らぎの情景



閏年、閏日(じゅんじつ)の夜が明けてゆく

臙脂に染まる東の空色が
教えてくれた

安らぎは
なぜか哀しみに似ていると。



こころの居場所は
たったひとつしかなくて

それを想うことで得られるもの
それが
やすらぎ

けれど其処が
手の届かない場所にあったなら
同時に
哀しみを
引き寄せもする



安らぎと哀しみが
時に親和性をもつのは
そうした理由からでしょうか・・・。


































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【 2016/02/29 06:57 】

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シラーのオルレアンの乙女/ジャンヌ・ダルクの蹉跌
DSC_0036_201601251314432f2.jpg

シラーの戯曲に
ジャンヌ・ダルク伝説を下敷きにした
”オルレアンの乙女”がありました。

ー苦しみは短く、喜びは永遠であるー

という若き彼女の最後の言葉。

現実的生に対する諦観が沈潜していることに
胸が痛みますが
同時に至高(永遠なる歓び)に届いてもいたといった
救いを感じとることが叶うのは

この永遠性を帯びたよろこびとは
とりもなおさず
それ以外のなにものとも引き換えに出来るほどの
重みをもつような瞬間を得たひとであったこと
を示唆しているから。

例えば
他の全てを浄化しうるほどの
喜悦(時に悲歎)の源泉となり得る
ある出逢い
といったようなもの・・・。


        *


こちら、東洋思想が
西洋の思想原野に
音もなく降り積もったような作品で

主人公ジャンヌは
シラーの言葉を借りれば
“美的な意味での個人”であり
その上に
“高貴な人間性を備え
人間の完成を象徴する
時代を超越した典型的存在”であったと。

さらには
ジャンヌの死を
破滅でも、犠牲でも、償いでも
ましてカタルシスでもなく
“光り輝く神化”
と評し
しかも尚、彼の創作の域を超え出た人物とまで
述べられていたのが印象的でした。

歴史的背景を鑑みながら
ジャンヌ・ダルク研究論文を紐解くなら
仏蘭西における
外国支配からの解放に貢献したものの
例の戴冠により
不幸にも絶対主義国家へ向かわせる
契機となってしまったことは否めないようなんですね。

此処なんですけれど
シラーは、その著”崇高論への懐疑”のなかで
人間の在るべき姿を
“国際連帯を可能にするヒューマニズムと
美しき魂をもった人間を追求し
民衆のための美的国家の実現を目指す”
と記していましたから
自身がフランス革命の王に同情を示した経緯もあり
(革命の方法論的には理解もできます)
その複雑な心中も伝わって参ります。

シラーが自身で語らしめた
ふたつのstatement

ー美においては
  理性と感性は調和しこの調和ゆえの魅力を放つー

ー崇高において理性と感性は調和しない
  両者の矛盾に苦悩する通力だけが存在するー

まさに
そうなんですよね。
私たちは困難な道を
敢えて選ばねばならない
敢えて立ち向かわねばならないものかと。

と申しますのは
ヒューマニズムや理性といった
人間性に反しない限りは
義務に従うというのは
社会のルールでありましょう。
ですがそうでないケース
詰まり、理不尽な要求に屈することで
人間性放棄に繋がるような状況に陥る場合に
於いては、
私たちは毅然と
義務を退けねばならない時もあるのかと。

ここは
確固たる主体性が求められるところでもあるようで。

現実には
義務と欲求が調和してくれるケースの方が
ずっと少ないでしょうから

その矛盾に立ち向かうその姿勢をして
高みを目指し
日々を重ねているそんなひとに惹かれます。



























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【 2016/02/27 09:59 】

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伝えられない想いは花束にして~ You'll always have me/Ain't No Mountain High Enough
KIMG1278 (2)

Ain't No Mountain High Enough
を贈って下さったあなたへ
 
あの日から
ずっと聴いています。
昨夜も。

レセプションの後の
Loungeで
エンドレスで・・・。


       *


幾重にも
幾重にも語りかける彼女の声

そうなんですね。
彼女に与えられたのは

サビの部分しかも
転調の後になって初めて
詩をメロディーに乗せるという
drasticなアレンジ。

メロディでなく
詩を奏でるナンバーと申しますか
そう致しますと
聴き手の私たちの意識のすべては
声の質感と
語りかけられる
言葉に集中するんですね。

それは
音楽の受け手
というリスナーの域を超えて
もっと近くに彼女を感じられ
より一層の共感が生まれる。

そしてその語りに
絶妙の
ピッチ、インターバル、リズムを
射し込んでくる彼女の感性

その息遣い
その強弱
その緩急が
聴き手の情性を呼び覚ますようで。

語りは
もう
其所ですでに
音楽になっているということなんですよね。

持てる情感を他者の心に刻みつける
こうした音楽性その表現手法
emotional music の極みな感もあります。

偉大なるシンガーは、
愛すべき語り部ということでありましょうか。


         *


光と翳が織り成す
この空間が
刻一刻と色を変えゆくように
すべてが
移ろいゆく世の中にあって

変わらない確かなものを
切々と謳いあげるこの楽曲

そして
その確かなものは
たぶん
世界中のどこでもなく
胸の内側にしか存在しない
ということ

そこは、カタチないものを
独り, 抱き締め続けられる強さなくば
辿り着けない場所だけれど,

気の遠くなるような
遥かなる空間の一点
人ひとりの僅かな時間のなかで
そうまで想えるひとに
めぐり逢えること
それ自体が
奇跡に近いのかと。

月の光にも似て
静けきなかに
包み込むような温もり湛え
守ってくれるひとがいるということ

そしてその優しい光を
丁寧に掬いとり
胸に抱き締められるひとだけが
得られる
裕なる安らぎというものは
確かにあるから。


伝えられない想いは
いつの日にか
野辺に咲く白い花に変えて
あなたの窓辺に
届けられたならそれでいい。





愛って
少しも
定義し辛いものなんかではなくて

きわめてsimple

何があっても
こころだけは
繋がってゆける

永遠に離れない

そんな確信を得ることそのもの
といっていいのかもしれません。


























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【 2016/02/25 09:15 】

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小さな絆~If you need me, call me.     


朝に
夕に遊びに来てくれる
この子



こうして雨の日も・・・。

DSC_0137_20160217112106fbe.jpg

小鳥は
ふだんみな
番でやってくるんです。

けれど
この子はいつもひとり。

離れ離れになってしまったパートナーを
いつまでも
待っているのかナ

なんて
勝手に想像しては
せつなくなっていたのですが。


ふと・・・

なんだか
慰めて貰っていたのは私のほうみたい。

窓の外の小鳥を
見詰めて
想います。














あなたが
愛しくて
なりません。

泣かないで

だいじょうぶ
あなたは
私が守るから。

遠く
いつの時も。




例えいつか会えなくなったとしても
ずっと・・・。




































































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【 2016/02/23 08:04 】

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手鎖の月
20160220183332be7.jpg



いつか忘れる日まで・・・
https://www.youtube.com/watch?v=W8g_0jT5cr4&feature=youtu.be








































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【 2016/02/20 23:36 】

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Friend
DSC_0343 (2)



今日からFriend
https://youtu.be/7tQwEjTkw5Y











































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【 2016/02/19 23:00 】

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fate~大切なものは・・・
DSC_0119_201602171121044a3.jpg
  
雨音が
窓を叩く

春の嵐は
不意に訪れ

僅かな温もりさえ
掠ってゆく

大切なものは
いつだって
指先から零れ落ちて






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テーマ:ひとりごと。 - ジャンル:日記

【 2016/02/18 11:54 】

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Better Half~ギリシア神話~饗宴/プラトン~理知の視力が眠る場所
DSC_0065_20160201112416caf_20160209121939e66.jpg

理想のパートナーをして
Better Halfなんて謂うちょとkitschな表現ありますけれど
こちら
かつて文学、芸術などの分野で数多く引用されてきた
androgynous伝説に拠るものなんですね。

印象的だったのは、プラトンの”饗宴”
舞台は、美貌の劇作家アガトンが詩劇コンクールで優勝した
その受賞記念祝賀パーティでありまして
此処で、恋心を司るギリシア神Ἔρως賛美をテーマに
シュンポシオン列席者(詩人、医師)たちが、ワイン片手に
順に持論を披露してゆくという流れになり・・
(よってこの著作サブタイトルはー愛についてーであります)

美しきものを愛する性質を持つがゆえ
花のようなしなやかさを保つ愛の神エロスは
優美な佇まいの内に公正さと自制心をも備え
ひとたび彼女が手を翳した芸術作品は
みな精彩を帯び耀ける・・・といった
主宰者アガトンのエロス賛美も然ること乍

或る講話では
古代人アンドロギュノスが
オリュンポス12神々の王ゼウスによって
2つに切り離された伝説が展開され
そのお話が如何にも
愛の有り様を象徴しているようで興味深くもありました。

由来はもちろんギリシア神話です。
こちら
神々に戦いを挑もうとした人間が
全知全能の神ゼウスの逆鱗に触れ
その能力のブレークダウンを狙い
ふたつに割かれた結果
人間は無力な生き物になってしまったという
(半ば現実に叶った)エピソードであります。

此処で神話の世界に戯れるなら
本来は”ふたりでひとつ”であったはずの人間が
(男女に)切り離されれば
なんとかもとの完璧な姿に戻りたいと
見付かるまでその片割を一生かけて探し彷徨う
という心理設定が成り立つわけで
此方には妙に納得がゆきもします(笑

そして
そうしたその相互の求め合いを
私たちは”愛”と呼んでおり
この愛をして
”ひとが人間本来の姿に戻ろうとする衝動”と捉える
この神話は、紀元遥か前の
”恋愛の原型”とも謂える挿話でございますが
そこから2千数百年の歳月を越えて尚
深層において愛せるひとを求める感覚は
変わらないものだと
その普遍性を思わずにはいられません。

自分に力を、
そして
自信を与えてくれて
尚、足りない部分を補ってくれる
世界にたったひとりしかいない筈の
自分が自分らしくあるために欠くことの出来ない
(切り離された)もう一人の自分に出会えれば
本来あるべき姿(強い人間)
に戻ることができる。

自分がより良くなれる、もうひとり(半身)のひと
掛け替えのないというより
欠け代えのない対象

(本当の愛とは
あくまで精神の域に於いて
高め合える関係性platonic loveを
文脈にもつ饗宴でありますが)
最上級でないのは
相手をして、自分よりも良い相手
という意味合いを込め
互いへの尊敬を示唆するための
better(比較級)であり
(諸説あるようですけれど)
いずれに致しましても
そのbetter halfとの出逢いによって
ひとは、全体性が回復され
癒しを得ることが出来るという
論理性をも備えた伝説でありました。

確かに
恋愛のさなかにありますと
ふたり心通じ合う感覚と申しますか
自分と相手の垣根が取り払われると申しますか
ふたりの間では没我(無私無欲)的に成り得ると申しますか
所謂、自己からの解放
相手の存在そのものが
究極の癒しに取って代わる状況が
生まれ来る訳ですが
その感覚を齎すものが
まさに”better half”
ということにもなりましょう。

離れ難い存在
離れていても癒される存在
不思議なほどこころ通う存在
常に一緒にいたいと願う存在
そうした感覚を覚える”better half”を
探し求め彷徨うのは、
善きものを所有すれば
幸せになるというギリシア哲学とも矛盾しません。

ですが
そう確信できたとしても
事情があって
結ばれないケースということも
あるんだろうとは思うんですね。

そう致しますと
ひとは本来あるべき(完全な)姿を取り戻すために恋を求める
のであり
生きることは
もう片方の自分探しの旅と
云えなくもありません。

そのたったひとりのひととの
結びつきによって
初めて自己完成が図れるのだとしたら
魂の伴侶と呼んで差し支えないものでしょうから。













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【 2016/02/16 00:34 】

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永遠のSt. Valentine's Day~静謐の海/ Erlosung
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孤独の海には
確かな温もりが残る
                                  

見出したのは
理論でもなく諦観でもない
生なる実感
 
学んだのは
すべてを受容し
賛美さえしてしまう潔さ

或、美しき知的捷路

自己を現実から救い取り
俯瞰で人生を見詰めるからこそ
見えて来る光がある

哀しみは雲間に溶けて
翳とともに織り成される眩耀は
どこまでも優しく私を抱く

あぁ、いつの日か
この限りないglowに
身を任せられたなら


 






































































































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【 2016/02/14 01:16 】

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永遠のSt. Valentine's Day eve~one of these days
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16 世紀ラテン語由来のhumor
ロマン主義の自由精神にも通じ
永遠と無(同等性)
というふたつの音調が織り成す
フモールの眼差しは優しくて

生命主義的に在り
耽美的美しさをも放つ
その静なる観照的姿勢

それは
諦めつつも諦めないという
風のような
救済原理でありました・・・。












































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【 2016/02/13 00:21 】

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永遠のSt. Valentine's Day*eve2*
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あなたの中には
あなたに必要なすべてがある
太陽も
星も
月も
あなたの求める光は
あなた自身の内にあるのだ
         ~Hermann Hesse






ヘッセのAphorismは
つらい局面ほど
胸に沁みます。

ひとはいつの時も
生の意味を、救いを
探し求めながら生きることが
宿命のようにも感じています

トルストイの力強いマクシム
--人間はすべての可能性を自分の内に備えている--
にも代表される様に
内観せし
文学思想界の答えもまた
ある一点にconvergenceされゆく
その有り様は
精神とはかくも寛なものであるという
確かな証左とも謂えましょう。

そして
哀しみを知る精神が
導き出す想いほど美しいものを
私は他に知りません。














































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【 2016/02/12 00:31 】

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永遠のSt. Valentine's Day *eve3​*
DSC_0109 (2)

それより前に
そうまで愛せたひとがなく
それより後に
同じ方法で
愛せるひとなどいる筈がないと確信した時
それこそが
真実の愛の季節である
        ~Johann Wolfgang von Goethe














あなたの
素敵な出逢いを
願って・・・。















































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【 2016/02/11 00:03 】

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だいじょうぶMY FRIEND~永遠のSt. Valentine's Day *eve4​*
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あなたは
胸の奥深くでは
もう解っているはずです。
人間がもてる
最大の力
唯一の救い
それは愛することそのもの
だということを。
         ~Hermann Hesse



































愛するということは
守ってくれるひとが
自分の胸のなかに
棲み始めている
ということなんですね・・・。
































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【 2016/02/10 05:11 】

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すべての遠景は青に近付く Ⅹ~人間精神の砦~文学遊戯~valentine's day*eve×6*
20160208224941782.jpg

時代に淘汰されず
受け継がれてきた
古今東西の書物たちは
人間精神の砦と謂っても
良いものでしょうか

自然の贈り物では届かない世界
人類が構築した
偉大なる牙城、世界文学

そこは
人類普遍の感情が
優れた知性によって
精緻に描き出された
思想文学の海

汲めども尽きない魅力を湛える
海面に
水鳥が羽を休めるように
揺蕩うなら
心は解放され
揺るぎない精神価値を見出してゆく


私は
この海であなたに会った
海流に身を任せ
文学遊戯に戯れるなら
心は通じ合い
そして
いつしか溶け合い
深海の鼓動に包まれる・・・。






























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【 2016/02/08 13:52 】

| 私的恋愛論 | トラックバック(0) |
レッシングの先に~金星そして・・・三日月
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レッシングを読み終えたのは
既に明け方近くで
ふと空を見上げると
南東の低空に耀く明けの明星
そしてその僅か下方左手に
月齢28を数える今にも消え入りそうな
薄い三日月・・・。

柔らかな大自然の光。

ですが
寂寥を成す蒼空に映える
金星の束の間の
あまりに束の間の
瞬きは
惑星の並びを思わせもします。

金星や水星は
夜明け前の東の空低くか
或いは
トゥワイライト西の低空に浮かぶのみ。
地球の内側を公転しているので
当然と言って仕舞えばそれまでなのですが
地球からは真夜中に
決して見えることがないんですね。
ほんの僅かな時間だけ姿を見せてくれる星たちの
あの時を愛おしむような光のとき
それはまた
胸に留め置きたい有り様でもあります・・・。



         *



レッシングの著作は
文学と視覚(造形)芸術
それぞれの限界を
ヴェルギリウス叙事詩とラオコオン群像を
主なるモデルとして考察した
比較論の古典でありまして

継起的展開せる文学に比し
後者を複数視点を同時に導き出すことに成功した
含蓄ある瞬間の選択と看做すんです。
そしてその瞬間は
鑑賞者の想像力に強く深く働きかける
と・・・。
そうした絵画性を見詰め続けた
レッシングの議論は
メディウムの峻別にまで及ぶ
極めて美学的な言説でありました。


















※済みません。雲が多く
一デジを用意している間に隠れてしまいました(涙














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【 2016/02/07 14:22 】

| 絵画/彫刻 | トラックバック(0) |
春の嵐/ヘッセ Ⅱ~私見ゲルトルートパート~”芸術と生活”に纏わる哀しい運命の悪戯
DSC_0032_20160205181801a09.jpg

ヘッセ”愛の嵐”
この物語は、主人公が其の後
終生愛することになる
永遠なる女性(ゲルトルート)への
失恋の物語のように受け取れもします。
ですが主人公(=ヘッセ自身)目線でなく
同じ女性として
ゲルトルートが選択した生と
その哀しみに
寄り添ってみますと・・・。

         *

彼女は、その後結婚することとなった声楽家を
当初、敬遠していたんですね。
その理由は
(端的に謂えばトーマス・マンの謂う芸術家と人間の対立から来る)
芸術家が本来的に持ち合わせている
自身の藝術観(藝術的傾向)を究めんとし
省察の深みに嵌ることから生まれる
人間的苦悩の良くない(ときに不誠実な)面が
その人となりに
顕れていたせいかともとれるのですが・・・。

それを云うなら
主人公も芸術家(作曲家)である訳で
同様の、いえ、それ以上の逆境に耐えながら
ときに恋の魅力をも失わせるかにも映るほどの情熱で 
作曲に取り組みながら
人間的成熟を遂げゆく彼に
ゲルトルートは
誰へ向けるより深い尊敬と信頼を寄せ
言葉にならないやすらぎを
そのなかに見出してもいた筈なんですね。

ですが
一方で周囲への甘えを含む未熟さを抱えた
声楽家をいつしか
放っておくことができなくなってしまう
情の深い女性が陥り易い
母性に始まる(同情的)愛でありましょうか。

ゲルトルートがほんとうに
生涯を共にしたかった
愛すべきひととは・・・・・・。



そう考えますと
時系列の出来事は同じでも
また別種の物語も生まれてきそうな作品であります。

深層を焙り出すような
リアリティ溢れる描写が時折挿入され
それは静かな森にふいに響き亘る
野鳥の鳴き声のように
其処に身をおく者のこころに
小さな波紋を投げかけます。
それが想像力を掻き立て
読み手に忘れられない余韻を残す
美しき多重性を内包せし作品とも謂えましょう。

         *

その在り様は恋の数だけあったとしても
後悔のない愛など
あるのでしょうか・・・。

さらには
互いに想い合いながらも
擦れ違ってゆく関係性もあって

その後ふたりの
交流が途絶えたとしても
共有した時間
共有した想いは
誰にも消すことができないんですよね。

どこまでいっても
ふたりの時間は
記憶の中で
輝き続ける・・・。

それは
瞳に映らない
そうした種のものにこそ
真実があることを
知るひとだけが得られる
救いと呼んでも良いものでしょうか。





























             











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【 2016/02/06 10:42 】

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ヘッセ愛の言葉~冬の夕べに・・・
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ーーどんなに 遠い夢をみても
       可能性を信じる限り
           それは手の届くところにあるーー
                 ~Hermann Hesse
























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【 2016/02/05 08:59 】

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すべての遠景は青に近付くⅨ~想い


雪が
音もなく
大地を純白で覆い尽くすように

いつの時代(とき)も
行き場のない青(想い)は
(しあわせを願う)祈りとなって

そして
遥かなる空を
透度の高い青のグラデーションで
染め上げる


































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【 2016/02/04 01:15 】

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真冬の小鳥たちへ
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凍てつく葉を
慈しむように
耀きを与える朝陽

いつもの朝の情景は
その柔らかな光の下(もと)
訪れる
小鳥たちのさえずりから始まる

怯えたように
繰り返し
辺りを見回す注意深さは
小さな翼に
硝子細工のような繊細さと
儚さを纏わせ
愛らしい仕種に
相俟って
私の心を捉える

北風に揺れる餌台
真冬の小鳥たちは
躰を震わせながら
一心に餌を啄む

確かな
生を繋ぐために。

愛しさが
微かな痛みとなって
ひとつぶ零れる
それは
束の間
空(くう)をさまよって

陽の光に
溶けて消えた


















































【 2016/02/03 00:01 】

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すべての遠景は青に近付く Ⅷ~春の嵐/ゲルトルート~ヘッセ
DSC_0106_20160201114711cdf.jpg

人生の手引き書とも謂えるほど
生への学びが凝縮された
ヘッセ珠玉の一冊 ”春の嵐”

思索の遍歴を通じて
内面的成長を遂げ行く主人公の
繊細な心理を描き出す
その卓抜した表現力によって
青を基調とした水彩画のような瑞々しさが添加され
(ゲーテとはまた別種の)
ヘッセ独自の美しきビルドゥンクスロマンを為しています・・・。

Bildungsroman
ドイツ本流とも云える教養小説的作品。



            *



処女詩集”Romantische Lieder”(自費出版/l899年)
全編を貫くはヘッセの孤独。

私の友だち
洋上に彷徨う渡り鳥
難破した船乗り
羊飼いのいない羊の群れ


故郷を持たぬ風
~告白


その後、(バーゼルの古本屋さん時代の)詩文集
”Herma Lauscher”にも
世情を憂う 厭世のヴェール
深まる孤独
そしてその先の詩集に“樹”が誕生します。

此処でヘッセは、
樹を孤独者に見立てます。
ですが、それは
逆境から逃れようとする隠遁的孤独でなく
ベートーヴェンやニーチェが如くの
大樹なる孤独者でありました。

豊かな梢にすべてを受容せしめ
根は雄大なる大地に張る。
けれどヘッセはそれで是としません。
大樹を
内なるあらゆる力を以て
ただ一つのことを成し遂げんと鋭意し
あるべき自分を
自ら力強く創造せんとするメタファとして
そうした生き方を肯定したんですね・・・。

そして結びます。
根本法則(真理)を見詰め
生の一回性のなかで
永遠なるものを見出さん
と・・・・。

思索を重ね、
徹頭徹尾、自分の心の声を聴きながら
それに従って生き
自らの意思と力で人生を創りあげようとする。
されど
真理は追うのでなく
自身を開き
拓き
受け入れ
沈思し
思索する。
同時に
自分を置き他者を思う。

そしてそれは彼の詩集からの
こんなフレーズに
端的に表れています。

ーー自分があるところのもの以外になりたいと願わない
    自分があるところのもの
     それ自体が故郷であり幸福だ
       救いの道は左にも右にも通じていない。
         それは自分自身の心に通じているーー


こちら究極の
アイデンティティの確立であり
それを為し得るなら
それほど人を強くするものは
そうはないようにも感じます。

少なくとも
ヘッセのこのメッセージは
東洋的思想に拠りながらも
それとは明らかに似て非なるものを含んでいます。
(ショーペンハウアーを彷彿とさせる諦観にも映りますが
その先に生きがいを見出すのがヘッセかと・・。)

論理立てた結論
純粋理性に限界はありましょう。
その外側に真理があるのも解ります。
ですが
弛まぬ努力でその境界を押し進め
見極めるのもまた
純粋理性しかないんですよね。

人知でなく無知を解く老子
自我を否定し、無我を説く仏陀
論理より情緒を愛する日本文化
彼らは、真理を得るに
理性を眠らせようとするんですね。

方法論としての東洋思想
その素晴らしさは
須らく認めていますし
何より執着から解かれますゆえ
精神が解放され(楽になり)ましょう。
ですが
人間で最も大切な心の領域から逸脱してしまうといった
無為無心の境地に至ることは
一方で
何かに自身を無条件に委ねてしまう現実をも含んでしまう。

キーワードは、内省。
(ここでも)方法論であります。
ヘッセのそれは、
何かに頼るでもない
何かを盲信するでもない
あらゆる環境(師、書)に学びながらの
明かな能動的知的活動であります。

ヘッセが好んで遣った言葉
例えば、”Meditation”
こちらラテン語のMeditari(熟考する)由来の言葉であり
(デカルトの書“Meditationes de prima philosophia”が
省察録として知られていますが、
こちらが”第一哲学に関する省察”と訳されてもいるように)
論理的にものごとの本質を見極めんとする立場を意味するものです。

例えば”Contemplation”
(ギリシア語のTheōriaに呼応する語であり)
やはりラテン語のContemplatus(凝視)由来の言葉で
ギリシア哲学に云う
実践的態度の対極にある静観的態度から本質を探究する沈思を示すものです。

”Meditation”も”Contemplation”もいずれも
直感的、感覚的理解とは
一線を画した言葉であります。

そして
人間理性の届かない場所
自然律に象徴される”完全なる調和”とは
当然ながら(人間中心であってはならず)
人間にとっての調和では決してないんですよね。

そこでヘッセは
人間の内にある理性
愛、その優しさをして
それが時に自然や運命より
強くあり得るとする
なんとも深い人間理性への信頼を
春の嵐のなかに
息衝かせたんですね・・・。

大自然に抱かれたときに
素晴らしき藝術(詩/絵画/彫刻/音楽)に
大切なひとを想う時間に
そうした瞬間に
見出すことのできる
純粋なる調和、清澄な世界観は
他のどこかに宿るものでなく
全くもって自分の内部の
深遠なるところにこそ
湧き起るものであり
また高みと謂っても
そこに辿り付けるのも他の何でもなく
人間精神そのものなんですよね。
たぶんすべてのひとが
公平に持ち合わせていながらも
哀しみを多く数えたひとほど
その感動が一層際立つという
そのこともまだ事実でありましょう。


            *


(東洋的達観と云う)
ひりひりする胸の痛みを超越した境地では
こうした”真なる瞬間”は
どのように存在し得るのでしょうか


”春の嵐”からは
ヘッセの
こうした囁きも聴こえてくるんです・・・。













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【 2016/02/02 01:18 】

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