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シラーのオルレアンの乙女/ジャンヌ・ダルクの蹉跌
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シラーの戯曲に
ジャンヌ・ダルク伝説を下敷きにした
”オルレアンの乙女”がありました。

ー苦しみは短く、喜びは永遠であるー

という若き彼女の最後の言葉。

現実的生に対する諦観が沈潜していることに
胸が痛みますが
同時に至高(永遠なる歓び)に届いてもいたといった
救いを感じとることが叶うのは

この永遠性を帯びたよろこびとは
とりもなおさず
それ以外のなにものとも引き換えに出来るほどの
重みをもつような瞬間を得たひとであったこと
を示唆しているから。

例えば
他の全てを浄化しうるほどの
喜悦(時に悲歎)の源泉となり得る
ある出逢い
といったようなもの・・・。


        *


こちら、東洋思想が
西洋の思想原野に
音もなく降り積もったような作品で

主人公ジャンヌは
シラーの言葉を借りれば
“美的な意味での個人”であり
その上に
“高貴な人間性を備え
人間の完成を象徴する
時代を超越した典型的存在”であったと。

さらには
ジャンヌの死を
破滅でも、犠牲でも、償いでも
ましてカタルシスでもなく
“光り輝く神化”
と評し
しかも尚、彼の創作の域を超え出た人物とまで
述べられていたのが印象的でした。

歴史的背景を鑑みながら
ジャンヌ・ダルク研究論文を紐解くなら
仏蘭西における
外国支配からの解放に貢献したものの
例の戴冠により
不幸にも絶対主義国家へ向かわせる
契機となってしまったことは否めないようなんですね。

此処なんですけれど
シラーは、その著”崇高論への懐疑”のなかで
人間の在るべき姿を
“国際連帯を可能にするヒューマニズムと
美しき魂をもった人間を追求し
民衆のための美的国家の実現を目指す”
と記していましたから
自身がフランス革命の王に同情を示した経緯もあり
(革命の方法論的には理解もできます)
その複雑な心中も伝わって参ります。

シラーが自身で語らしめた
ふたつのstatement

ー美においては
  理性と感性は調和しこの調和ゆえの魅力を放つー

ー崇高において理性と感性は調和しない
  両者の矛盾に苦悩する通力だけが存在するー

まさに
そうなんですよね。
私たちは困難な道を
敢えて選ばねばならない
敢えて立ち向かわねばならないものかと。

と申しますのは
ヒューマニズムや理性といった
人間性に反しない限りは
義務に従うというのは
社会のルールでありましょう。
ですがそうでないケース
詰まり、理不尽な要求に屈することで
人間性放棄に繋がるような状況に陥る場合に
於いては、
私たちは毅然と
義務を退けねばならない時もあるのかと。

ここは
確固たる主体性が求められるところでもあるようで。

現実には
義務と欲求が調和してくれるケースの方が
ずっと少ないでしょうから

その矛盾に立ち向かうその姿勢をして
高みを目指し
日々を重ねているそんなひとに惹かれます。



























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テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

【 2016/02/27 09:59 】

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