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愛を憶えて
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根源的に
ひとは満たされなさを抱えた存在
なのかもしれませんね。
結え、
そこからの救済が
人類普遍のテーマとなってきた訳で。

そしてその先に
世界の根本原理とも謂える
永遠の調和への
知的好奇心のようなものが・・・。

抽象的思索
文学的遊戯、体感(瞑想)など
あらゆる手立てを駆使した各思想が
最終的に提出してきたもの
idea、不可知論、一体化、虚無論、崇拝(神)、
論理の外側、解無し、不可能性(Bewusstsein des Nichtwissens)
方法的懐疑、反実在論、空・・・
けれど
それぞれに導き出された答えは
どうも
あるものの”象徴”に過ぎないようで
それを悟るに至るには
克服(精神の強度)が求められる。

究竟
偉大なる力もひとの弱さも
歓喜も苦悩も
そのすべてが
実は人間の内側で起こる(哲学が導き出した”精神性”と近似値にある)
現象に過ぎないということ・・・。

ですが
そのことへの気付き
そこに辿り着くプロセスは
必ずしも理性によるものだけで叶うものでもないようで
此処は個人差が大きいようであります。
まして、キャパを超える悲しみにあっては
理性(分別)が間に合わないことも多分にありましょう。

そうしたときの
救い、即ちそれが
(ヘッセら多くのhighbrowらの指摘を待つまでもなく)
信仰(=信じること=救済)なのかもしれません。

ですがその信仰と
そして思惟(論理的プロセス)によって探求された
人間内部に息衝く救いとは
どうも異質のものでもないようなんですね。
アプローチが異なるだけで
両者の親和性は高いようにも感じています。
それは詰まり
ひとつ、必ずしも自由意思が及ばない域がある点に於いて。
ひとつ、ひとを強く(解放)するという点に於いて。

(各々方法論としての)思索の旅
その果て
最終最後に見出した
理性の限界
その見極め、覚悟
そして尚
その先に到達しようとする(プロセスの中にこそ快楽があり)
希望。

多様性の海を泳げば
理知主義, 個人主義の行き詰りにあい
分裂、相克は避けられず
しかし乍
その是認の先で
調和に導かれる・・・
一切は大きな肯定観想となり
時は止揚され存在への畏敬を呼び
そこで初めて(理由なき)愛が可能となってくるようで・・・

すべては、精神を支える唯一の存在とも云える
真なる愛に収斂されゆくということでありましょうか。

そうした愛を憶えなければ
いつまでたっても
ひとは充たされることがないのかもしれません。





※愛は精神なんですよね・・・。
ビルマ国民の幸せを
家族の共通目標として
ひたすら絶え忍び
信念を貫いた女史のように
~映画”Tha Lady”
































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テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

【 2016/03/19 01:49 】

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