大切なひと〜空


刻々と変わる海の色
それは
空色を映しているからと
ひとは云う


またあるひとは
至上の芸術
それが

だと…


難しいことは分からないけれど
私は空が好き




だから


縋るように

空を見上げる

空色が移りゆくのを

優美に流れる雲を




すると
聴こえる

空の声



それは
愛するひとの声



空って
心映す鏡なんだ…

言葉は必要なさそう

この空が
この空色があるなら。


















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【 2016/12/31 04:29 】

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丘の上で…博士を教えて下さった博士へ
IMG_0013.jpg

昏れなずむ夕陽の丘で
風に吹かれていた。

深々と冷えて
身体の芯まで凍りそうな師走の一日。

オバマ大統領は広島に
そして安倍首相はパールハーバーへ

けれど
あの日の
それぞれの哀しみが癒えることはない。

長崎の鐘のもとに
自らの人生を
研究に捧げられた
永井隆 博士の生。

いつのときも変わらず
真実を見極める眼差しを備えた
人格者でもあられた。

ひとは
いつかは
ひとりになるという
けれどそれは
何と気楽な最後だろう

何故なら
(伴侶を亡くし)
年端の行かない我が子を遺して
旅立たなければならない
その辛さを察するにあまりあるからだ。

それでも
最後の一瞬まで
今、出来ることを生ある限り
なさる博士の生き様が
胸から離れない。

学問芸術を愛し
より高い真善美に憧れ
“永遠に滅びぬ価値”を追求し続けた
努力のひと。

病に伏してのちも
どれだけの痛みに耐えて
世界平和を訴え続けたことか…。

執筆に勤しんだという
終の住処は
小さな小さな如己堂。

己の如く

己れ以上に人を愛せた
博士に相応しい呼称の
気高き居城。


叶うならば
会って

会って
お話ししたいことが
山ほどある。


だから
私は丘の上で
風に吹かれる

博士が愛した
浦上天主堂の
永遠に滅びぬ価値を含んだ
アンジェラスの鐘の音を思って…。































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【 2016/12/28 18:11 】

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34丁目の奇跡〜今宵は、大切なひとと映画を…


“34丁目の奇跡”
(1947年度アカデミー賞受賞作品)

信じることの意味を
教えてくれる
Christmasを舞台にした
素敵なステキな物語。

信じる対象って
基本、瞳に映らないもの
なんですね
そして
奥行きのあるもの…


もっと云えば
結果に捉われ過ぎてはいけないのかな
なんて思わせてもくれるそんな作品でもあります。

そもそも
信じなければ
始まりさえしないようなことも
少なくないし

信じるチカラは
重要な
モチベーションになったりも
する訳で。

まして、大切なのは
未来なんかじゃなくて
今、この時、この瞬間

プロセス
そのものなんですよね…。


そう
今を
より良く生きなければ

いつまで経っても
しあわせには届かないみたい…。


























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【 2016/12/24 20:52 】

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Merry Christmas✨


どうか
素敵なクリスマスをお過ごし下さい🎀

















そして

迷いながらも
いつもひたむきに
在られる

そんな
あなたを私は
まるごと
応援したい…。

正解なんて
ひとつではないことの方が
多かったりするし

自分と違うひとを
理解しようとする
あなたの
寛さ
大きさを
私は心から尊敬しています…。


















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【 2016/12/23 23:42 】

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私の知らない世界~”落葉松”のひと


荒木氏という写真家がいるという
彼は、大変な愛妻家でらして
奥様のお写真を撮り続けていたらしい

けれどその奥様は
重篤な病気にかかられて
手厚い看護にも関わらず
軈て
永訣の日が来たという

それからの彼は
哀しみの空ばかり
撮っていたと・・・。


そんな彼がかつての新婚旅行先に選んだ場所が
九州は熊本県の柳川

そこは
詩人 北原白秋ゆかりの地

風貌も近しいものより併せ持った
白秋への憧憬が
写真家荒木に
柳川を選ばせたのではないかと
そうした推察をする
あなたの眼差し

彼の愛猫の写真集に心寄せる
その想いは溢れ

どこまでも優しい・・・。

そんなあなたの
ぬくもりの文面に
私の心は
暖まりました。

だから
この場所
エストリルのクリスマスローズから
ありがとう
をあなたに・・・。





※軽井沢は長倉にひっそりと佇む詩碑に刻まれた
白秋の絶唱…

からまつの林を過ぎて
  からまつをしみじみと見き
    からまつはさびしかりけり
      たびゆくはさびしかりけり


世の中よ、あはれなりけり
   常なけどうれしかりけり
      山川に山がはの音
       からまつにからまつのかぜーー



この詩の前文に掲載された
白秋のメッセージ
それが
”からまつ”の詩を
こうして想起するたびに
鮮明に蘇るのです・・・。

”落葉松の幽かなる、その風のこまかにさびしく物あはれなる
ただ心より心へと伝ふべし、また知らむ。
その風はそのささやきは、また我が心の心のささやきなるを
これらは声に出して歌ふべきものにあらず
ただひびきを韻とし、匂を匂と・・・”

そうなんですね

この胸の内側
すっと奥で

そっと感じる
”響き”
それが***
なんですね・・・。

























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【 2016/12/21 19:41 】

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鷗外 “阿部一族” の先に…


武士道
葉隠
殉死

それぞれに各々のイメージが付き纏い
時に様々に解釈される
極めて多面的で複雑な様相を放つ
メッセージ性の強い言葉たち。

日本古来の美学が潜んでいるようでもあり
封建的重苦しさもあり
哀しき愚かさが垣間見えもする

その理由
それは、
事を為すに
組織に呑まれ
周囲の評価に囚われてしまったなら

その時点から
在るべき姿から遠ざかり
尚、美は機能を停止してしまうから。

社会が必ずしも正しいものでない以上
私たちは
どうしたって
周囲に流されることなく
真理を見極めなければならない立場にある

けれど
それは容易いことではなくて。

だからこそ
日々
思索を重ねるんですよね。

そして
それが独りよがりなものにならない為に
視野を広げ
多くを学び
深く捕らまえてゆく必要に迫られるんですね…。















































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【 2016/12/19 22:44 】

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殻のなかで…実践 徒然〜バランスを考える
IMG_0022.jpg

達成だとか成績だとか
遂行を意味するパフォーマンスは
一方で
演奏や演技など
カタチを実現すべく身体的行為をして
使われることも少なくありません。

語源(中世英語)に照らせば
前者的意味合いに即してはいるようですが
両者の用法はそのまま
クオリティの対比となってあらわれているよう

と申しますのは
対象の評価、その根拠を
クオリティ全体に重きを置くか
パフォーマンス全体に求めるか
と言ったような。

そう致しますと
想起されるのが
哲学史に云うところの
アリストテレスの3分類由来のひとつプラクシス。

此処では
実践に対する理論の優位性が説かれていた訳で

そこに疑問を提し
価値逆転による実践優位のもとに
両者の統合を主張したのが
かのマルクスだったんですよね。
(弁証法への過信があったことは否めませんが)

ー感性的実践は認識となり
それが理論的認識の基礎とされるー

こちら取りも直さず
具体的人間活動が
社会的実践にあるとする考え方であり
人間とは社会関係の総和であるとする
彼の立場を如実にあらわしてもいます。

感性的実践は  
そのまま感性的認識となり
認識はまま、実践となる…
そうしたなかで
私たちが気をつけなければならないのは
個々の実践のなかで
現実の実態性が開示される
その契機をしっかり捉えることなんですね、

理論と実践といった
安易な二元論に落とし込まれないために。

実践に傾けば当然ながら
近視眼的になり局所解に至るリスクは避けられませんし
理論(知識)に寄れば
具体的成果に危うさが残る
よって私たちはいつの時も
バランスを失わないよう
心掛けることが
大切ということなんですね…。


※そして
サルトルの弁証法的理性批判
彼は
マルクス理論に在る、或る論理の飛躍を
埋めようとしたんですね。

故、人間の欲求を基点に置き
そこに促され
個人的実践から共同的実践へと至る全体化を考えた。

惰性でなく
意思による運動、
其れこそが実践であり
投企であります。

例え対象が努力の向う側にあったとしても
それを肯定し受容する精神活動は
消極概念には当たらないと
私は信じています。














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【 2016/12/18 21:57 】

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aqua〜水


大地は水の上に浮かび
世界は水から成り、そして水に帰る
そんな説を唱えたタレスは
アルケー
万物の根源を水と仮定し
存在する全てのものが水から生成され
水へと消滅してゆくと考えたんですね。

現在のパラダイムからみれば
随分強引な印象もありますが
人間と水との親和性を鑑みても
強ち理解できなくもありません。

その後の自然観察、考察で
四元素説に古代中国の五行説
古代ギリシアの自然哲学に依った原子論から
近代科学と経てきた
人類の自然観その変遷を見渡すなら

神話的起源をもつ世界観のなかで
はじめて合理的説明を試みようとした
タレスの勇気に敬服。

そして
見過ごせない
何かを感じるのです。

水への事実
その確かな積み重ねが齎した
根源的
水の重要性への認識。



それは人間の精神の領域にまで及び…

五感を通じて得られる
大切なものがあるよう。

水の純度で
その結晶構造も微妙に異なってくるという水
雨、雪、雲…
相転移による自由性もさることながら

アクア
ときに
大洋
大河

小川
さらには
池のある庭は完成されてるなどと
象徴的に扱われてみたり

潮騒、小川のせせらぎ
静かな雨音
鹿威し、水琴窟
など
水の動きが呼び寄せる水音

或いはバスタイムの安らぎ💕

グラスに注がれた水が
喉を潤す瞬間
などなど

五感を通じて得られる
あのリラックス効果は
言葉に尽くせないものが。

その清涼感
その一体感

自然を肌で感じ取れるということ
自然に包まれる安心感
理屈抜きに
水に還るというような感覚

そこには
言葉にならない
やすらぎが息衝いている
そんな

の一面を思ってみました…。

















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【 2016/12/17 19:11 】

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フィールド・ワーク〜パトスの知
IMG_0024.jpg


アリストテレス倫理学に語られたpathosは
様々な感情 の類を指していたようですが
今日パトス的と言えば、
受動的といったニュアンスで
遣われることが多いよう

私たち人間は
外界からの働きかけに身をさらしながら
生きる他手立てはない訳で
それによって齎される感情に振り回され
結果、否が応でも
パトス的存在なんですよね。

近代科学は
そうした自然(環境)を対象化し
その分析による知を以てして
法則を見出し
その支配さえ意図してきた側面は否めません。

まして
文化的所産のなかでも
選れて科学
その発展にリミットはないようにも見受けられ
自ずと頼ってしまっているようなところもあったりで。

ですがやはり
其処に限界はある訳で
私たちは時に
厳しい現実に曝される…。

そうした生を眺るに
パトスの知を捉えることの
大切さを考えずにはいられない。

そう、私達は
努力の外側
決して避けて通れない
広義の意味での自然を受け入れるべく存在
であることを自覚し
状況が齎す苦難
その痛みを肯定出来ることで
科学的知のような
自然との冷ややかな対立から解き放たれ
内奥に潜む生の重層性を読み取り
意味づけ
対処してゆくという
濃密な時間を構築することができる……
謂わば五感に統合される
生き生きとしたパトスの知

もっと言えば
フィールドワーク
知の働き。

客観主義でなく
主体的、行為的にコミットし
普遍性によらず
潔く責任を負う立場で
今を生きる。

そして
論理主義や原子論に囚われない
総合性、共有感覚によって
深層の真理を模索する。

確かに
経験は論理に比して
曖昧には違いない

けれどこうした知こそが
チカラになる局面って
必ずくるのかと……。

















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【 2016/12/15 18:55 】

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あなたへ
京都の木屋町通りに沿って
ひっそりと流れる高瀬川

此処を舞台にした
鷗外の作品

本日のエストリルのクリスマスローズにて
京の美を想い
綴ったそのときに
あなたは
高瀬舟を読んでいらしたんですね

此処にも
法律学的論点が横たわり
全編、哀しみの帷に覆われながらも
何故かカタルシスを感じてしまうのは
鷗外派の私にとっては自然なこと
なのですが…。



大切な方とのお別れに
寂寥の荒野に立ち竦むあなたに
かける言葉は
未熟な私には見つからなくて…

エストリルのクリスマスローズを通じて
めぐり会えたあなただから
だから
この場所で静かに
あなたの胸の痛みに寄り添いたい
それだけで…。


幼少のBible。
Dick Brunaを
大人のあなたが
初めて手にされ
そうまで彼の世界観を理解し
受容し蹲る…

そんな細やかな心に
或るひとへの愛に
優しさに
深さに
私は
堪らないほどの共感を覚えるのです。

いつの日か
あなたの胸の痛みが癒えるその時まで
見守ることしか出来ない無力な私ですが

ただ
あなたを想っています…。


























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【 2016/12/13 22:55 】

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魁夷のこころ〜冬の華〜舞う雪〜川端文学〜自然支配への愁い


凛と冷えた
横浜の空の下で

川端の“古都”
その最終章 冬の花にある
あの清浄な情景を想いました。

そこには
北山杉が淡雪を纏う
京の美の極みが描出され…。

そして
もうひとり東山魁夷

あの“冬華”後
魁夷が会得した《白》からの
京都 冬の美
“北山初雪“

愛しき自然
その残照
その立ち姿
その道行き
自然を愛しむふたりの心が
こだまする・・・。

さらには
川端が愁いた
人類の自然支配までが

北山初雪の内奥に表現せんとした
ダークな魁夷の色味に通底している

向き合う者に
逼りくるような
重いメッセージを放って……。










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【 2016/12/13 17:09 】

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名前のない遊び


“日々の暮らし
そのひとつ、ひとつへの
想いを込めた所作そのものが
素敵を創る魔法となる …”

こんなささやかな言葉を贈ったら

“人間は知的興奮それ自体が目的となって
「遊び」がやめられないのでしょうね”

との優れてシャープなメッセージを下さったあなたへ

まさに
同感で、知的興奮以上の
遊びを私は知りませんし
たぶん是
なんですね笑

それは、如何様にも得られるたぐいのもので
縦横無尽に広がり深まる
限りなくキャパの広い分野。


日々立ち向かう仕事に
日常の些事ひとつひとつを
愉しみながら熟す歓びを知る
といったような…。

そして
少しニュアンスは変わるかもしれませんが
ハンドルの遊びが如く
どんな場面でも余裕(遊び心)は
失わないでいたいかなって

肩のチカラ抜いて
深呼吸して
それでいて
丁寧に
精いっぱい……。


























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【 2016/12/12 19:26 】

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虞美人草〜漱石
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あまり評価の高くない漱石の“虞美人草”
ですが
あの美文調も
私は嫌いではありません

そして何より
心情のリアルが凄い
というより
寧ろ怖いほど。

漱石の内なるもの
深層の心理
彼(=私たち)が何を求め
何を願い
何を欲していたのか

それが
顕著に伝わる作品のひとつ
に相違はないようで。


人間関係が希薄になりつつある今日
真っ直ぐに向き合えるひと
深く関われるひと

そこに必要なのは
解り合える関係性(知音

そして
幾分か恋にも似た相性にあいまった
深い尊敬と信頼やも

そんなことを
気付かせてくれた
作品でもありました故

さらには
そうしたひとの不在
或いは
喪失にまで踏み込み提起されていますから
思索は尽ないところであります。
















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【 2016/12/11 19:46 】

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無縁坂の哀しみ〜雁&舞姫/鷗外


すれ違い
行き違い
別世界

救い(愛)のない坂
無縁坂

届かぬ想いのその先で
雁(エリス)は打たれて
散りました

行き場をなくした
想いだけ
ゆらりゆらゆら
無縁坂














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【 2016/12/07 23:56 】

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アイデンティティ(identity)〜“役割”を想って…
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オフィスでの雑談のなかで
日本論にも近い
national identity の話題になったんですけれど
そもそも
“identity”の日本語訳が
以外にややこしいんですね…。

ひとくちに語れないと申しますか
領域によって変わってくる

例えば
社会学的には、存在証明
心理学的には、同一性
そして哲学的には主体性
といったような。

なんとか纏めて
自己同一性なんて
訳され方もしてもいるみたい
なんですけれど
結構、掴み處ない感ありますよね笑

仮に雑談であったとしても
少なくとも
歴史的連続性
人格的同一性
というような目線では分けて考えなければ
収拾がつかなくなりそうで。

こちらそれぞれ
フロイトが論じた
“ある民族共通の精神構造から成る心安らぐ私的意識”
とか
ジェームズの謂う“性格”
に準じた概念なんですけれど

前者は、文化共同体への帰属意識的な感覚であり
後者は、自分らしくある根拠(充実感)で、
エリクソンが指摘して久しい捉え方であります。

ですが
彼よりずっと以前から形式論理学に云う
ロー・オブ・アイデンティティこと
同一律がありました。

所謂、身分証明、身元保証の類。
極めて原初的概念でありながら
否、であるがゆえ
最も端的にアイデンティティを
知らしめてくれてもいるみたいなんですね。

仮に、手元に身分証がない時に(取り分け海外で)
私達は自分をいちばん知り得る立場にありながら
他者にそれを証明できない
そうしたパラドクスに陥ります。

此処で求められるのが
共同体の中での立ち位置。
社会的関係性ですとか
家族の相補的アイデンティティ(父、子、妻など)

そうなんですね。
アイデンティティには
他者が必要にして不可欠のようで

言い方を変えれば
他者との関係性に於いて
初めて現実化されてくるもの
それがアイデンティティ
と言えなくもない。

よって
アイデンティティと役割には
切り離せない
密接な関係がある

結え
信じる道を自分らしく生きるためにも
改めて
自らの役割を思ってみたりもする訳です…。






















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【 2016/12/06 22:38 】

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矛盾の真理〜深くて大きなこころ
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その多くが矛盾に満ちた生のなかで
時に喘ぎ
時に苦悩しながら
漸く気付かされることは

寧ろ矛盾の中にこそ
真理が潜んでいるようだ
ということ。

それは
ふたつの矛盾した概念を
高みから統一せんとする“止揚”や
自身の成長によって矛盾を突破し
新しい統一に到達せしめんとする“弁証法”
といった言葉たちが如実に現してもいる。

矛盾や逆説の真理を認められるチカラ
対立を強調するでなく
それを理解出来ずとも
受け入れようと試みる寛容性なくば
真理には辿り着けないということ…。

そして
そうした寛容性とは時に
或る事象を止揚し
弁証法的に研究し
調和をはかるべく
幅広な視野からの豊饒なる思考性を備えた
深くて大きなこころそのものを
指すのかもしれません…。

















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【 2016/12/05 17:30 】

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コクリコ坂から雪のひとひらへ〜永遠の安らぎ〜ゲーテ


フランス語で雛芥子(ひなげし)を意味する
コクリコ
英語ならばシャーレイポピー。
(そー言えば、漱石作品の“虞美人草”
コクリコの別名なんですよね)
花言葉は、労わり、思いやり、明るい優しさ
そんなコクリコをタイトルに掲げた映画
“コクリコ坂から”

昨夜、こちらの作品のワンシーンを
贈って下さったあなたから学んだこと…。


主人公の少女“海”が学業の傍ら
両親不在の留守宅を健気にも懸命に守るなか
ある日みた夢
それは
居る筈のない両親が帰って来てくれた夢。

気丈に振る舞いながらも
張り詰めていた長女としての
責任から解き放され安らぎに包まれる…

けれどそれも束の間。
次の瞬間
目覚め
また
現実に引き戻され
甘え方さえ忘れた少女の頬を伝う涙…

こちら
本編にはさして影響のない
さり気ないエピソード
ですが

確かに子供心に
母親の朝食の支度の音で目覚め
父親の力強い腕のなかにあると言うのは
形容し難い安らぎが
あるものなのかと…

母性、父性とは
こうしたものなんですよね…。

柔らかに
暖かく
優しく
そして何より
胸に抱える辛さ、苦しさに
そっと寄り添ってくれる…

そんな愛。

此処、ゲーテの謂う
“永遠に女性的なるもの我らを導く”
にも通ずる部分あるのかなって。

さらにそれは
女性的とも限らないようで。

例えば
ギャリコの“Snowflake”

ひとり残され孤独に消えゆかんとする
雪のひとひら最期の時に
聴こえてきたのは
彼女が終生愛し続けた雨のしずくの囁き。
彼が汲み尽くしてくれたのはその悲哀
そうした深い理解に懐かれ
哀しみからも
痛みからも解放され
安らぎに抱き締められて
至福のなか旅立ってゆく…。

たぶん
こちらもまた
(先日の知音に繋がる)
理解
なのかなって感じたんです

私たちを導いてくれる
“永遠なるもの”って
深い理解に繋がるものだと。

何故なら真なる愛なくば
ほんとうの理解に
届きはしないだろうから
そして
“理解”以上の救いが
他にあるのだろうかと。

紗希





















テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2016/12/03 21:47 】

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12月〜街の情景
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早いものでもう12月
なんですよね…。

何だか一年あっと言う間で(涙

改めて周囲を見渡せば
オフィス街のエントランスまで
横浜の町ももうすっかりクリスマスモードに
なってました笑
(しっかりしなきゃ自分!)

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エストリルのクリスマスローズに遊びに来て下さった皆さま
どうか素敵な12月をお過ごし下さいね✨

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【 2016/12/02 18:29 】

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