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愛しき日本思想
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先の記事で日本思想史の原型(古事記、日本書記)
に触れましたが
世界の名だたる思想群なかでも
その顕著な特徴、それは
そこに通常浮かび上がる筈の
座標軸が見られないということ。
(文献上の問題もありましょうけれど)

座標軸の不在
それはそのままに雑種性であり
多元主義の議論であります。


神道とはそもそも
思想的に雑多な感は拭えませんが
好意的にみれば
”無限なる抱擁性”を備えているとも云え
それこそが
日本思想を伸びやかならしめてきた
と見做すこともできましょう。

強靭な基軸を持たないがゆえ
絶対的存在がないという
ある種の微笑ましさ。


日本固有の思想に相埃って
儒教、仏教、法家などの
構成要素を俯瞰で見詰めるに
日本思想の原型では
作為のウェイトが極めて低いんですね。
で、生成のカテゴリが中心になっていた。

それが軈て自然、生成、作為の
三分法的思考様式へと変遷して…。
(そう考えてみますと、英国経験論に近しいと
いうことも垣間見えても参ります。)


古事記来の
そうした日本思想の流れを鑑みるに付け
そのたおやかさを
愛しいと思います。
















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テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2017/03/01 19:53 】

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