時間*fragmentation Ⅳ
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後のガリレイ
振り子の等時性の発見などによる
近代科学の始まりによって
時間は精密に捉えられるようにもなったのですが
実は、そうした数量化された時間は
経過しつつある時間でなく
経過し終えた時間
即ち、
時の経過が空間に投影された影に過ぎない
といったような主張を展開する
哲人は少なくなくて・・・。
確かに其処では、時間の経過自体のイメージが
分かりづらいのは否めません。
まして彼らの提言は今にそのまま通じる
普遍的志向性であり
傾聴に値する
論理的構成にもなってはいました。
ですがそれでもやはり幾分かの
言葉遊びな感は否めないんですね(涙

けれどその豊かな知見、広い視野、確かな論拠に基づく姿勢
通俗的思考に流されまいとする思考態度
まして、そこに横たわる底知れない奥行き結え
その志向性が私たちを、本来的自己に立ち還らせる
契機になることだけは確かなようで
安易に見過ごしたくはない概念と
受け止めてきました。






















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テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2017/06/02 08:51 】

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