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洗練の美学


哲学と謂えば〝ラテン語〟な時代から
(フィヒテが指摘したように)
活きたドイツ語に翻訳されてきたのですが
さりとて
ゲルマン系のボキャのみでは
やはり語り尽くせるものではなかった訳で。

こちら、ギリシア哲学しかりで
気の遠くなるような時間をかけて揉まれ
言語自体が成熟して来たんですよね。

誤解を恐れずに
語るなら

こうした言葉の洗練を
哲学と呼んで差支えないかとさえ
感じる今日この頃です…。
















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テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2018/08/21 18:31 】

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