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懸ける想い
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ブラームスの楽曲はやはり
ベートーヴェンの"註釈"
なんだろうと

認めざるを得ない瞬間が
確かにあるんですね。




























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テーマ:ひとりごと - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2019/06/26 08:46 】

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ひとつ、ひとつ・・・。
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寛容性を磨くこと

次なる
言葉を選んで

今の
しぐさを洗練させる

そんな
ひとつひとつの小さな積み重ねが

充実の時間を育む

ということではありませんでしょうか。




















































テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2019/06/24 00:27 】

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例えば・・・月光、そして月見る寝室
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ネイティブアメリカンの文化に
”Pink Moon”なんて謂う月の愛で方あるようですが
こちら春の満月を指すようで
花々が咲き乱れる季節に相応しいメッセージ性のある
ネーミングですよね。
夏至に近いせいもあって夕陽にほんのり臙脂色に染まる
時間帯での色味も綺麗です。
先日は、日本国内でも美しいピンクムーンが観られたようですが・・・。

             *

自然光
時間帯や空模様、雲の有り様によって
刻々色を変える
陽の光や月灯りは
見知らぬ土地を訪れたときに
一層の郷愁を誘い
その情景には忘れ難い深い趣きがあります

こうした自然光も旅の醍醐味としてきた
そんな習慣から

我が家も存分に自然光を感受
観賞できる設えに……。


例えば
月灯り射し込む窓辺のベッド

此処には
Air Podsから流れるバッハがよく似合います。
私を照らす月光は
風に揺れる庭の樹々に協奏して
語りかけるような温もりを秘めた
金色棚引く優しい光ですゆえ。

そう、
月は眺める者を
照らすのですから
当然といえば当然なんですけれど。

美しい時間とは
当にこんな時間なのだろうと
改めて思います。

一日の最後は
疲れた軀を包む褥
眠りに落ちる前の
掛け替えのないひとときで
仕舞うことにしています。





























テーマ:ひとりごと - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2019/06/20 08:39 】

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初夏の空に


おはようございます。

今週も1週間
がんばりましょうね☆

紗希


















テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2019/06/17 05:40 】

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交錯そして反響


表現者の人生と
時代精神が
交錯、
反響して
ひとつになったもの

藝術とはそのようなものではありませんでしょうか。


































テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2019/06/13 08:38 】

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知☆


知ることは適えられない
ただ
求める
それだけが許されているようです。


















テーマ:ひとりごと - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2019/06/12 12:36 】

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不確実性リアリスムの立場~曖昧という名の希望/決定論の虚しさそのパラドクス


古代ギリシャ語”angh”をルーツとする
ラテン語”anxietas”に由来する
”anxiety”(不安)

こちら、自己を脅かす可能性
そのリスクを予想することに纏わる感情
と申しましょうか、
そしてこのanghを題材とした
哲学の歴史は長いんですね。

この”感情”は
主観的体験に伴うものであるため
必然”anxiety”も主観的文脈で語られることが
多いのですが・・・。

          *

生とはそもそもが
不確実なものですから
この不確実性が
生のひとつのカタチであることを
受け入れるということ
さらには
この不確実性こそが
よりよく生くる鍵になってくる
というような視点
もっと謂えば
あらゆる決定論に抗する
”希望の源”となっているということへの理解が
大切なのかもしれません。

不確実性から目を逸らすことなく
受容し
不確実性の海に身を任せることができなければ
そこに実体的なものは生まれてきませんし
一方で
不安の緩和にも繋がってはゆかないものでしょう。

確実性ですとか決定性ですとかを
前提にした仮説、
(必然性或いは
確実性群の主題化といったように)
現実、そのありようをしっかり見詰め
分析するならば
それが果たそうとする道筋事体が
寧ろリアリティのない
錯覚であることへの気付きも叶いましょう。

冷静に考えるなら
”不合理”
これ自体必ずしも悪ではない

不確実性こそを
デフォルトに据えてゆく覚悟は必要なんですよね。

自然主義的認識論にみる
揺らぎ
あの曖昧性
実在性をしっかり認め
生は揺らぎゆくという本質を
見失わないことが求められているということになりましょうか
そう、
知識もひとつの自然現象でありますゆえ。

何事も二元論でなく

”程度説”的視点をも考慮しながらの
肌理細かな分析を忘れてならないということなんですよね。

ファジー機能の駆使
こちら
無常の世界観でも一役買いそうではあります^^

これからも
段階を踏みながら
不確実性のリアリズムに迫ってゆきたいと
日々考えているところです。

















テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2019/06/08 23:34 】

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映画 湯を沸かすほどの熱い愛~母へ


地元ヨコハマ映画祭では3冠を得た
2016年公開の映画

キャラメルポップコーン片手に観るような映画ではない

幼い時に母を亡くしたから
こんなにも感情移入したわけでもないだろう・・・。






花の名前を知るとき
あなたはいない
会いたいな
泣きたいな
でも全部抱きしめて生きてくの
~愛のゆくえ/きのこ帝国


テーマ:邦画 - ジャンル:映画

【 2019/06/06 08:31 】

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中世の悲恋~滝口入道~高野の聖へ


横浜本牧エリアには
かつて訪れた奈良 法華寺境内にひっそりと佇む小さなお堂
この伽藍最古の建築物
平家物語ゆかりの横笛堂を
思わせる場所があります。

いやでも想起するは
建礼門院の女官横笛の歌

平家物語十巻横笛に紡がれる悲恋であります。

平重盛の宮中警護武士時頼が
行き場のない想いを
嵯峨の往生院に埋めた結えの歌で
場は嵯峨野往生院の子院
滝口寺

-----山深み 思い入りぬる柴の戸の まことの道に 我れを導け-----

その後、彼女の出家を知った時頼
高野山からの返歌

-----そるまでは 恨みしかとも梓弓 まことの道に入るぞ嬉しき-----

その
女返し

-----そるとても 何か恨みむ梓弓 引きとどむべき心ならねば-----


平家物語では
”小督””祇王”に押されて
知るひとも少ない横笛悲話ですけれど

草庵の佇まいをもつ茶亭
横笛庵を眺むれば
時頼千束の恋文で編んだという
自身の像
その哀しみに想いをもってゆかれてしまいます。

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テーマ:ひとりごと - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2019/06/03 00:50 】

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