例えば、ドイツ観念論。このあたりは翻訳というより寧ろ語法そのものが確かに解り辛いんですね。(個人的にも、素直な記述が好きで^^後のフッサール-現象学-もその影響を色濃く受けていてあのような言い回しでなければ、もう少し評価されていたのかとも感じてます。)なかでもスピノザ、フィヒテ、シェリングあたり典型的ですがカントやヘーゲルは、啓か...">
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旧くて新しい問題を考える Ⅲ
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例えば、ドイツ観念論。
このあたりは翻訳というより寧ろ
語法そのものが確かに解り辛いんですね。
(個人的にも、素直な記述が好きで^^
後のフッサール-現象学-もその影響を色濃く受けていて
あのような言い回しでなければ、もう少し評価されていたのかとも感じてます。)
なかでもスピノザ、フィヒテ、シェリングあたり典型的ですが
カントやヘーゲルは、啓かに違います。
というのは、彼らは時代に左右されるような
話法を遣っていません。
社会(人間)が抱える深刻な問題について
しかるべき人間が考えたときに
誰もが是と答えるような論理展開をしているんですね。
だから凄い。
社会が、絶えず変化してきた様相を踏まえ
常に別種の問題が発生してくるという前提に始まり
時代に合わせてフレキシブルに対応する
その柔軟的思考性を養うことをひとつの課題として
その仕方(普遍的姿勢)を示唆する
というのが彼らのやり方でありました。


         *


古代ギリシアしかり
ヨーロッパの近代しかり
往時、宗教的世界像が有効性を失い
それに代わる新しい世界理解を万人が求めていたその時に
彼ら(の哲学)が果たした役割を見るにつけ
哲学の要義は
それぞれの時代に直面する問題に対し
”原理的強さ”
を以て応えられるか
といったところにあるのかと思い知らされもします。

そしてその原理性は必ず後の時代に
深い影響を与える。
此処なんですね
見過ごしてならないのは。

ゆえ歴史は期間限定で振り返ることでは
あまり意味がありません。

時間軸を見据えた学びの認識をもたなければ
その必要性さえ
見えて来ないということなのかもしれません。























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テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2015/12/10 00:24 】

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