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解釈 Ⅱ~クラシック音楽
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音楽ですと
楽譜解釈の問題になりますね。
取り分け
クラシック音楽にあれば
それは殊の外大きなウエイト占めてくるようで。
演奏の根拠となるものは譜面に他なりませんから
当然ながらスコア通りに演奏されている筈。
にも関わらず
各演奏者の音源を聴き比べてみると
なんとも違う世界観が展開されてくる不思議。
こちら、クラシックの解釈が
大変にセンシティブな性格を帯びているということの
顕れでもあるんですね。
そしてそれがまたこの分野の愉しみのひとつでもある訳で。

楽譜に全幅の信頼を置くこと
ですがそれは所詮、単なる記号の羅列に過ぎません故
譜面を表面的になぞっただけの演奏は
正確な”演奏見本”にはなっても
聴衆の心揺さぶる音楽には届かない
といったようなことがあるのは
否めないように感じています。

当該作曲家の他作品はもちろん
時代性をも考慮した
適正な解釈による楽曲の理解(研究成果)を
施せる指揮者こそが
さらなる深み、躍動感、立体感を生み出しているような
印象を受けることは少なくないんですね。

指揮者が”ほんとうの音”に
翻訳することに迫られ
そしてその翻訳プロセスが”解釈”と呼ばれる。

(演奏技術に優れていることがすべてではないということ)
解釈が齎すそれをオーケストラに活かすその表現力をして
優れた指揮者という評価(共感するひとがより多い)に繋がってゆくものでしょうか。

            *               

そして実際
一見、記号が並ぶだけに見える楽譜
ですが
見詰めているとその深層と申しますか
情景が浮かび
作曲家の思想性のようなものが
立ち上がってくる譜面があるんですね。
ほんとうの名曲とは
そうした側面を備えた作品かと
私的には感じています。

            *

そもそもクラシックの楽譜には校訂
という作業工程があります。
そして校訂者によって
複数の版が存在するという現実があるんですね。
所謂レビジョン違いのような・・・。

また、古典派の協奏曲には
バロック時代の装飾音に
カデンツァ(自由演奏)もありますし
まして、音量やテンポは、
時代に大きく左右されることから
この辺りが翻訳の
メインファクタにもなってまいりましょう。

           *

そして
楽譜からの解放が
JAZZのJAZZ足る所以なんですよね(笑

ジャジーな感じもまた好きです















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テーマ:音楽 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2016/04/05 20:51 】

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