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すみれ色の想い出~アッピアの誘い


友人の一時帰国に合わせて
数年ぶりの再会

学内では
“すみれ”を切っ掛けに
仲良くなったから
おもてなしのテーブルセッティングは
すみれを中心に彩った。

そして
私たちは同志なのだ
あの夏休みに
古代ローマの道
(Aqua Appiaと共に施された)アッピア街道
その全長走破計画で
行動を共にした仲間のひとりだから。

瞳を合わせれば
こころはあの季節へ飛ぶ。

       *

手繰り寄せる記憶の糸。

ローマのセルウィルス城壁カペーナ門を起点に
アドリア海の港町
Brindisiまでの道程。

目を引いたのは里程標
マイル(1ローママイル=1.5KM)を刻む
大理石の円柱
カンピドリオ広場の第一マイルストーンには
ラテン語で綴られた
“Via Appiaantica”の文字

初期キリスト教のカタコンベが点在し
かの暴君ネロに追われ
聖ペテロがイエスの幻影をみたという場所には
ヴァディス教会が建つ。
最終的にサン・ピエトロに眠った
ペテロとパウロが葬られもした
サン・セバスティアーノ教会が胸を覆う。
ここからの松並木は
この場所でしか得られない独特の美を湛えているのだが
ボローニャ出身のオットリーノ・レスピーギが
交響詩ローマ三部作のひとつ”ローマの松”に
その感覚を見事に聴覚化していた。
敷地外には
往事、数万人を収容したという 
マクセンティウス帝の競技場跡
その片隅
マクセンティウス帝の子、ロムルス廟にも人影はない
静まり返った古代ローマの広大な土地
見上げれば、今にも泣き出しそうな暗い鼠色の空の下で
鳥の群れが幾重にも旋回していた・・
あの情景だけは
今尚、鮮明に脳裏に刻まれている
歴史という名の巨大な生き物が、
寂寥の風を吹かせていたからだろうか。

カエサル、ポンペイウスとともに
(第一回)三頭政治の一角を為したクラックス。
彼の義理の娘チェチリア・メテッラの墓碑銘に
鼓動が高鳴る。
政治家たちのヴィラが建ち並び
英雄のレリーフが畏怖を添えていた。
背後に位置するアルバーノ丘陵は
皇帝、貴族たちの避暑地だったという。
こうして
海に面したTerracinaまでの約100kmが
その礎になったわけだ。
すべての道はローマに通ずの如く
古代ローマ最初のインフラ事業でもあった
街道づくりの中心 Via appia
紀元前3世紀、役人財務官アッピウスによって立案され
自ら総監督として指揮し敷設されたことがその名の由来
ローマ街道網15万KMの女王と呼ばれる
アッピア街道。

軍用道路として
政治的思惑が働いて行政が為したがゆえの優れもの。
橋とトンネルというツールを駆使した
ほぼほぼ
まっすぐに続く美しい道。
ヴェスヴィオスから運んだ固い火山岩で石畳を敷き
水はけまで考慮された文字通りの舗装道路。

沿道には、石積みの浴場、古代の城壁
それを利用した民家に
石柱、彫刻、古代建造物・・・。
文字通りのロマネスク
どこまで行ってもロマネスク
憂寂を連れた過去の葬列。

Capuaから
Benevento、Taranto、Brindisiへ
ここからアドリア海の海路をゆけば
ギリシアにも繋がる。

まっすぐに
ひたすら真っ直ぐに進む
愛しきアッピアの道
歴代ローマの偉人が通過したあの道は
恰も人生の道しるべかのように
時空を越えて
私たちを誘ってくれる
見えない愛を数えながら・・・。











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【 2016/04/24 00:19 】

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