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ディルタイ~マキャベリ論
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かつて読んだディルタイの論文
彼のマキャヴェリ論が忘れられません。

そこで提唱された
”時務の論理”
それは、実践的悟性の論理であり
そのまま政治の論理でありました。

政治的行為は
他のあらゆるものに勝って
技術的でなければならぬ
とするものですが
とりもなおさずそれは
国家技術の論理であり
理性的立場に立つものであります。

ですがその理性は
理論的理性でなく
実践的理性
即ち
カントやフィヒテのそれとは
一線を画したものであった訳です。

マキャヴェリは
道徳の自律性を認めていなかった
ということなんですよね・・。

国家の理性には
国家の必然性と
技術的理性が混在する訳ですが
彼の透徹した眼差しは
道徳的要求からのある逸脱が
容認されるケースを
見抜いていたんですね。

ですので
実践的理性
悟性なんですね。
此処に
論理と倫理の繊細な関係性が見て取れます。

未来を予見しようとするなら
必ず過去を学ばなければならないという
言い古されたセオリー
ですが
同一の情念を備えた人間たちが為してきた過去です故
そこに政治学の可能性をみるというのは
至極当然のスタンスではありましょう。

実質何が支配しているのか
それを見極めることの意味
類似性から類推し判断する
時務の論理は
経験的事実
客観的認識を前提としているんですね。

マキャベリが政治学の基礎を
人間学に求めたこと
しかもその人間を
ひとつの自然力と看做した
そのこと

経験科学的で歴史認識的
そう
技術には
客観的認識と主観的目的
その統合が求められるということ。

中世の従順、謙虚、地上性、彼岸性を否とし
古代ギリシアの
人文的名誉、勇気、力を是としたんですね。 

国家の技術とは
歴史的現実の支配であり
その支配は現実に従っているということ。

主観、客観
一般的、特殊的
その統合の先に
時務の論理があり

マイネッケの国家理性
その二重性
自然へ向かい
理性へ向かい

その統合を求めることこそが
技術的国家の理性ということなんですね。

内面的親和力で
実践的構想力を把握したマキャベリは、
ミケランジェロたち優れた芸術家たちだけが持ち合わせる
実証的構想力へと進め
結果、創造的構想力を身に付けた稀有の政治家だったのかと・・・。



























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【 2016/05/25 10:01 】

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