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或る詩学 Ⅺ〜言語の弁証法的対立その理論的背景に…
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社会がパロール(言葉)を制度化してゆく訳ですが
知性化のプロセスは
標準的言語に負うところ大きいんですね。
なぜなら
言語は抽象化されることによって
精密さを
的確さを
備えるから。

そしてその先。

純粋に形式を問題にする
言語分析研究は
機械化、標準的基範、秩序、
既知のもの、中心性へと向かい

言語美学の展開を分析する研究は
活性化(此処で云う活性化は隠喩と本質的に同一)
異化、反秩序、詩的言語、美的機能に流れる
こうした、謂わば
芸術にも似た理論装置が
文化の基底に潜在的に存在している。
(この観点から出発したのが
かの知的モンタージュ理論であります)

弁証法的対立(緊張感)をみせる両者の
その理論的背景を見渡しますと

文脈を異にするふたつの概念は
しっかりと
互いに照射し合っているという
深淵が見えても参ります。




















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【 2016/08/13 22:46 】

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