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セーヌ河/ミラボー橋~アポリネールとマリーローランサン
110322_2310~01


フランスはパリ
セーヌ河です。

セーヌ河を散策していると
いつも胸を過るのが
Guillaume Apollinaire (1880-1918)の詩
”ミラボー橋”
アポリネール詩集”アルコール”に
収められている彼の代表作です。

象徴派の流れを汲む大詩人である前に、当初美術批評家として名を馳せたアポリネール。
彼は、キュビズム(ピカソやブラック)、フュチュリズム(キリコ)、オルフィズム、シュルレアリズムなど
アバンギャルドを世に広め、美術評論”キュビズムの画家たち”を残しています。

ローマで生まれたアポリネールは
モナコとニースでフランス美術への造詣を深め20歳の時にパリに進出したようです。
20世紀を迎える頃のパリには、世界中の画家たちが多く集っていたんですよね。
そして彼もモンマルトル、ピカソのアトリエ(”洗濯船”)に身を置くようになります。
そうした環境下にあってアポリネールは本領を発揮し、美術理論の指導的地位を確立してゆきました。
ピカソ、ブラック、ドラン、ジャリ、キリコ・・・。
そして、エコール・ド・パリの画家、美しいパステルカラーで作品を紡ぎだすマリー・ローランサンと巡り合います。
それからの彼はミラボー橋を渡りセーヌの対岸ローランサンのもとに通い詰めます。

二人の愛はまもなく破局を迎え、生涯寄り添うことはありませんでした。
けれど、お二人のココロはしっかりと結ばれていたようです。

       ミラボー橋   
ミラボー橋の下をセーヌが流れる
  我らの愛も
  忘れないでおこう
  苦悩の後には喜びがあることを
  
  時は流れ ぼくはとどまる

   時は遅々として
  希望ばかりが激しくせまる

   過ぎた時も
  消えた愛も戻らない
  ミラボー橋の下をセーヌが流れる


ローランサンへの想いを重ねたこの詩ですが
レオ・フェレのメロディでシャンソンにもなってます。

アポリネールはローランサンと別れて5年後にスペイン風邪で亡くなってしまいますが
死の際まで彼女を思い続け
一方、ローランサンも
彼女のベッドの傍に自身の名作”アポリネールと友人たち”を置き、遺言には下記のように記されていたそうです。

ーー白いドレスに赤いバラ
    そしてアポリネールの手紙を胸の上に置いて送り出して下さいーー


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テーマ:フランスの生活 - ジャンル:海外情報

【 2012/08/01 12:30 】

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