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主語の論理、述語の論理 Ⅴ
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自己の自覚、そこでの問題意識は、
社会の中の自己として高度で自由な意識となり
自己の立場から社会への問いかけへと変わってきたんですね。

そこでなぜ、哲学かと謂えば
哲学の役割、その論理性。
で、この論理性こそが、世界の思想を
理論的に交流させることができるからなんですね。

ですが日本を含む東洋の文化は
ある程度までの論理化はできても
西洋思想史のような
展開、その系統付けが難しいんですね。
思想史は基本、展開過程が基準になりますゆえ。

まして文藝、文学から捉える思想は
理論化がし辛い。

ですが、目を凝らせば、理論を越えた特性が
そこには沈潜しています。
ですのでそれそのまま
生活史展開の場で成立した文化の営みの研究となり
結果、西欧でなされてきた思想、文化、歴史の分野を
交錯させても来たわけで
こちらは広義の哲学となりましょう。

系統だった哲学を持たない東洋では
それが、上記の如く
文藝文学に投影され受容されて来た
こと詩歌に謳われた自然観として。

そんな文藝、文学の有り様。

個別の哲学でなく、世界人類共存のための
グローバルな視点での
目的理論の成立を
時代は必要としている…。




格差の激しい現状もまた、
そのまま不安の徴候となって…。











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テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2017/03/11 12:51 】

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