幻の“見えざる手”〜不確実性
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“道徳感情論”を著したアダムス・スミス
そんな彼だから
だからこその“国富論”
だったのかもしれない。
けれどその“見えざる手”は、
人類の“欲望”を解放し

今や、資本主義のシステムのなかで
生かされる私たち。

結果、“手”は
働いてはいないようだ。

(経済と云う名の数字−分析–が、説く物語。
市場という実態のない、デジタル空間の動向に
果たして何が示されるものか、
それをどう咀嚼したらよいのか
未だに違和が拭えないのですが。)

GDP
あんなGDPで測る経済の成長率
それが本当の成長でしょうか。

環境保全や
富を如何に公平に分配するかが
最優先されない現状で
真なる経済成長が見込めるとは、到底考えられない。

歴史に学ぶなら
時に、
敵対視されている保護主義が必要な状況もありましょう。
求められるは、何より
ケインズ主義を悪用しない
正しい政治のチカラ
なんですよね…。

経済学のあのシンプルな原理で
立ち行く筈もないのは、

未来とは
あまりに不可知で
危機の確率さえ算出できない
不確実性が蠕く場所だから…。

公益資本主義が
机上の空論に終わらないことを
願うばかりです。






















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【 2017/04/22 23:42 】

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