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Multitude


ルネサンス期の政治思想家マキャベリの書に登場した“Multitude”なる概念
そして、近世の合理主義哲学の祖スピノザを経て
脈々と受け継がれてきた近年のマルチチュード論
ひとことで言ってしまうなら
国境を越えたネットワーク上の権力
とでも申しましょうか。

実は、
私がマルクスを思う時
必ず想起せる政治概念なんですね。

何故ならこちら
(多様性、差異性を考慮しない19世紀からの社会主義に比して)
それぞれの特異性を認める多様にも構成的なチカラ
それが共通ネットワークな状態のままにグローバル民主主義を推進してゆく
そんな(権力と同型の)主体を目指した
哲学的階級概念でありましたから。
(単純化した眼差し程危険なものはありません結え。)

之、私たちの生存が
グローバル資本主義そのものを構成する力となる
といったような考え方です故
各々自らの実践によって課題に応えることも求めらる訳ですが。

原発リスクに代表される文明の限界
或いはまた、資本を支配している
多国籍企業群の主導その指向性
などテクノロジーやグローバリゼーションが
果たして人類に幸福を齎すかのかといった
議論もありましょう。

さらには
資本の論理に呑み込まれてしまう
議会制民主主義の在り様をも
私たちは嫌と言うほど見て参りました。

それでも市場経済が前提となることを
認めざるを得ないのは
資本の運動その実態解明による
資本家が備える両義性を否定できないから。
市場経済は伝統的労働者に貧困を呼び寄せもしますが
同時に
世界に富を分配できる“唯一の装置”でもあるからなんですね。

問題は、
適正かつ効果的な所得の再分配
ここに尽きましょう。
(既得権の体系を白紙に戻すシステムとしての
財産権への切り込みの必要性は言うまでもありません。)
そう、金融肥大化の補正手段
謂わば、資本の管理者としてのマルチチュードを
思わずにはいられないと云うことでありました…。

*個人主義が声高に謳われて久しいのですが
ともすれば
連帯性さえ奪いかねないその負の側面、その分断性。
それが資本による搾取の構造
その巨魁であることにも思いを致さねばなりません。
(相互の差異を認め合いながら
尚、自律的につながってゆくために
今わたしたが出来ることは何でありましょうか)






















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テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2018/01/15 18:55 】

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