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概念の妥当する限界
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プロレタリア文学
もっと言えばマルクス主義文学は
構造的には政策論に過ぎて
プロレタリアのための藝術とは形容し難い。

そして
プラトンの共和国が失わせたもの
それはマルクスの資本論にも見出せないのだ。

確かに
マルクスが言うように
意識とは
意識された存在であり
一方で、観念学もまた
存在に係っていることに
違いはないであろう故
詰まる所、理論でなく現実なのだ、
ただし、表象の現実でなく
奥行きのある現実だ。

19世紀文学の最大のテーマは
時代の音調に重きを置いた
ギリシア、ルネサンス期までにはない
自意識だったけれど

人間理解への根本理解の形式は

細胞から意識を導く唯物論とも
精神から存在を導く観念論とも
割り切れるものではなく

かと云って
認識論に実在論を導入した
マルクスの唯物史観
こちらも
理論が貫く実践とも謂えなければ
実践が貫く理論とも謂い切れないのだ。

観念論の崩壊
現代を支配するという商品
しかし哀しいかな
マルクス主義という名の”観念論”自体が
商品と化している在り様に気付かなければ
真実からは遠のくばかりだ。

































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テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2018/04/25 19:58 】

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