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不条理のなかで
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人間の理知の有限性
人智の及ばないその一切を
包摂する理法を
私たちはprovidence
〝摂理〟などと呼んでみたりします。

同じような意味合いでありながら
そこに在る受身加減から
ネガティブさをも内包する〝運命〟観
その典型は、あのギリシア悲劇であったでしょうか。

摂理観の方はといえば
主としてキリスト教文化的
そしてストア派の汎神論的ロゴス支配、
或いはヘーゲルの理性狡智説にも垣間見えます。

ですが、
現代(今)を生きる私たちは
摂理信仰にも縋らずして
かといって
敢えて悲観論で運命甘受に流されるでなく
責任はあくまで人間とする凛とした姿勢
可能な限りの
人間的努力を忘れてならないんですよね
その名
哀しき不条理のもとにおいても。


感情と意思は
思考でコントロールできる類のものと信じたいから…
























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【 2018/06/25 00:41 】

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