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めぐる季節のなかで


凍てつく冬の空気の下
大地に守られながら
じっと時を待っていた草花たちは
春が来ると
色とりどりに愛らしい花を付け

澄んだ空
清々しい初夏の陽の光のもとで
樹々は芽吹き

やがて豊饒な葉を一身に纏い
風に揺れ
小さな葉音を奏でる

そして
淋しさを含んだあの秋の情景をして
カミュが例えたのは

ーすべての葉がひとつの花になる 二度目の春ー

宿る自然への
カミュの眼差しは

人間に与えられた条件
その曖昧さ結えに私たちの理解を拒絶する
対象(absurdit'e-不条理)への挑戦に
内包されし根源的哀しみへの尽きせぬ配慮
のようにも感じています・・・。


※個人主義的側面の強い民主主義
その多様性への承認は一面美しい
けれど、そこには一定の危うさが潜む
そして厳然と残る統御不可能性
かといって
カミュが危惧した全体主義傾向

想定されるあらゆる状況に際して
(アーレントの”公共性への冒険”が如く)
不確かで
時に誤解、混乱を招くとも
ひとは
如何にも頼りない言葉(運動、活動、政治)でしか
働きかけが出来ない
というのものもまた事実なんですね。

フランス革命でサン・ジュストが抽出した
ルソーの社会契約論”一般の意思”
あの”抽象性”(根拠なきルソーの理想的理性は
恐怖政治の萌芽になると当初からヘーゲルが
指摘していた通り)が引き寄せた論理その解釈は
実はそう特別なことでもないように
所謂、哲学者、思想家の言説が
本来の思想性から引き離され
ひとり歩きする様は
今日でも散見される側面でありますゆえ。
(当該革命では、反革命陣でさえ
ルソーを援用していたことが
それを如実に現してもいましょう)















































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テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

【 2018/07/13 08:35 】

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