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ジャコメッティ~コクトー/サルトル/ストラヴィンスキー/ミロ/ダリ/ドランピカソ~シュルレアリスム~ドイツロマン主義~古典主義/ゲーテ~ヘルダーリン~エジプトアマルナ~ビザンツ美術~アッシジ/チマブーエ~ライウニッツ/モナドロジ/
潮風に揺れる葉音も心地よい恵みの樹々を擁する
葉山の丘の麓に
海の見える美術館
神奈川近代美術館があります。

080707.jpg

20世紀半ばに活躍したスイスの彫刻家であり画家でもある
”ジャコメッティの勇気”に出会った場所です。

コクトーにサルトル、ストラヴィンスキー
ジャンルを超えた一流文化人らとも交流を深めたというジャコメッティ。

ミロにして”厳格”
ダリにして”非現実的”
ドランにして”縮退”とまで評させ
シュルレアリスムにも安住できず
サルトルも驚愕した彼の”挑戦”


究極の集約とも謂える
タイトなフォルム
あたかも
消えゆく途上・・とさえ感じさせる結か
凄まじいまでの存在感・・・。

彼が生涯を賭して追い求めたもの
それは
端的に謂えば
”知覚したものを表現した時に生じるギャップ”を埋めることでありました。

自らが表現しようとしているものと
自らが表現した作品
その迫間で彼は憂苦しました。
どこまで突き進んでも
決して重なり合わない
何ものかに阻まれるということに・・。

ジャコメッティの目指した”統一”
当初は写実主義の誤謬への挑戦であったかもしれません。
彼の中に息衝くもの
それは内向きなドイツロマン主義であり
ゲーテやシラーに代表されるドイツ古典主義であり
或いは汎神論的文学世界を構築したヘルダーリンであったものでしょうか
・・・・・
エジプト美術のアマルナ様式に、
ロシア的なそれをも内包するビザンツ美術に
アッシジのチマブーエに
デューラーに、レンブラントにも傾倒したというジャコメッティ・・

ですがここに
実体概念そのものの論理的側面を考える必要は
あろうかと思うんですね。
ライプニッツの人間知性新論
窓をもたないMonad(予定調和のなかに・・)
これは
モナドロジーの立場に立つライプニッツが
空間を説明するために用意した概念です。

ー認識は主体と客体の間に生じる作用ではない、故直観でも経験でもないー

彼の普遍学構想が脳裏を過ります。

見えてくる不可能性・・・

それはジャコメッティが一時期対象に重きをおかずに
記憶によって作品に挑んだこととも無縁ではない様に思うんですね。

どこまで追求するのか・・・。

さらにそれは
時の流れにと共に
刻々と移りゆくのものであるのかもしれません。

けれど
この限界への挑戦は彼固有のものでしょうか
それは
表現者の多くが潜在的に持ち合わせている
内部葛藤の原点であり
その極みであろうかとも
思うんですね。

いつの時代も
表現者の前に厳然と立ち塞がる壁
孤独な内なる戦い

見えざる実体
不可能性への挑戦
とも云えるものかもしれません

そして
科学の世界における
解明困難ともされる対象への
不撓の研究姿勢にも重なるものがあるように思います。

もっと謂えば
諦めることをしないひとの不屈の精神は
人間の根源的在り方であろうかとも思ってみたりするんですね・・。

不可能性へ立ち向かう無限の運動
その活動そのもののなかに
(自身で一粒の悠然さを失わなければ)
人がひととして得られる最高位とも言える精神の歓びが見出され
また同時に
美しく生きるひとの
在るべき姿がある
それは
生きる力の源泉となりえるものではありませんでしょうか・・・

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※その制作の場は生涯パリのアトリエであったというジャコメッティですが
イタリア国境にも近いという生まれ故郷スイスのスタンパには
彼の小さな博物館があるそうです。
"勇気のひと"
ジャコメッティに逢いに
いつか
チューリッヒの美術館と併せて訪れたいと思っています^^










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テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2013/01/29 17:43 】

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