FC2ブログ
愛は惜しみなく奪う/有島武郎~神奈川近代文学館 Ⅳ~愛は惜しみなく与う/トルストイ
愛と善による人類の救済的思想により
愛は惜しみなく与うと説いたトルストイに
迎え撃ったのが有島武郎
愛は惜しみなく奪うという
有島理論です。

DSC_0022.jpg

尤も往時の有島が意識した
相手はトルストイでなく
ポーロでありましたけれど・・。

一見して
矛盾しているようにも受け取れる
両見解
ですが・・
実は
ここ
切り取っているopportunityと申しますか
case studyの問題に帰する部分
視点、解釈
時に表現の相違(詳しくは終章に・・)を
多分に含んでいるようで
巷に謂われるほどは
違っていないかと・・。

こうしたあたり
優れたひとに在りがちの
思唯を楽しむ傾向
多分にあると思うんですね
言葉遊びと申しますか
思索への戯れは
美しき遊戯とも・・。

パスカルではありませんが
人間は考える葦
精神そのものですものね。

与えられた運命にはそうそう逆らえるものでなく
自然(現実)の前には弱き存在、人間
ですが
受容し、しなって耐える強さをも備えている・・
これを支えるのはやはりこの思考性なんですよね。

有島的愛の在り方は
ーー愛の表現は惜しみなく与える
しかし、愛の本体は惜しみなく奪うものーー

有島自身で既に”本体”と明記しているが如く
人間が本来持ち併せている
本能をしてその傾向性を示したものでした。

ーー「愛」と云ふ重大な問題を考察する時
正当な本能からは全く対角線的にかけへだたつた結論を構出
「惜しみなく与へ」とする者の為す所を的確に云ひ穿つた言葉だーー

本体を指すならば
彼の論述の通り
そこにあるのは”求める愛”
或る側面では真っ当な論理
わかります^^
有島理論。

ですが
トルストイが説いたのは
その先・・・
本体をどう扱うか
だったんですね・・。

人間の欲望に限りがないとされるのは周知の事実
或る望みが、ひとつ充たされれば
代わってさらなる望みが必ず立ち現れる・・
ですから
”求める愛”から得られる達成感は悉く
一過性になりがち・・。

また、
対象(家族愛友愛含め)と同じ価値観になりえる筈もなく
何かを求めれば求めるほどに
充たされない(納得のゆかない)想いが付き纏う
といった少し淋しい愛のカタチが
浮かび上がってきます。
畢竟、他者への肯定感も薄くなる
そしてそれは
寧ろ自身の脆弱性となって顕れてくる・・

愛の意味を
愛されることにでなく
愛することにこそ
見出すひと
愛の本質を視るひとは
必要以上に
他者に何かを求めることの虚しさを知るようです・・
こうした愛の中での
他者は、どこまでも自由
であれば必然、自身も自由。
ここに生まれるscopeは広い視野で対象を見守ることを可能にし
それはそのままその者の強さと成りえる・・・
極々シンプルな帰結です。

こちら、トルストイの理論は
有島が言い当てた
人間本来の姿
誰しもが持ち合わせている愛のカタチに
知的処理能力、論理的比較能力を照射し
如何に精良な経験的感性的思考を導き出せるか
だったというふうに
受け止めるものです・・。

ですので
誤解を恐れずに言えば
”負の感情(本能)的言動は思考でコントロールできる”
と個人的には思っています
そこで初めて精神の解放が見られるものだと。
と謂うより
そう在りたい・・・。

なぜなら
私は
そのように生きゆくひとを
美しいと感じるから・・。

そしてそれは
人間だけに備わったチカラであり
この能力こそ
人間力の礎になろうかというふうに考えるものです。

にほんブログ村 美術ブログ 絵画へ


与える愛は
強いですね。
求める愛
奪う愛が陥りがちなもの
怖れる何ものもありませんから・・・。

















関連記事
スポンサーサイト



テーマ:名言・格言・ことわざ - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2013/04/28 10:52 】

| 文学~小説/詩/名言 | トラックバック(0) |
トラックバック
トラックバックURL
http://saki2000.blog.fc2.com/tb.php/306-45e472c9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |