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永遠なるもの・・・ブルージュの薔薇に宿る朝露の煌めき~恋するバッハ&ブラームスの世界観~芸術の普遍性
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先達ての記事
ブリュッセル郊外~偉人が迎える転換期~レンブラント/バッハ/ゲーテ/ベートーヴェン/ブラームス
偉大なる芸術家のlifeworkにおいて
世界が求めるものと
偉人の内から湧き上がる真理とが
遊離し始めたなら
彼らは自らの信ずる処に基づき自由に
人間的普遍性の表現に向かうべく
転換期を迎える・・・

こうした主旨で綴ったくだりに於きまして
脳裏を過った人物の一人に
ブラームスを挙げてみたのですが
其処にご質問を頂戴致しましたので
少し補足して記させて戴きます。

ブラームス最初の交響曲をして
指揮者ビューローに”ベートーヴェンの10番”
と言わしめたことからも判るように
この時期既にブラームスの名声は確立していました
しかし乍、或る期を境に
ー敢えて具体的に申し上げるならー交響曲4番あたりから
彼は内なる情熱に突き動かされるように作曲していったように見受けられます
時期を同じくしてその作品は外界(聴衆)の求むるそれとは少しずつ
乖離し・・・その作品の評価は賛否両論のものとなっていった
そして結果的にこの”4番”は
ブラームス最後のシンフォニーとなります。
(古典の中にあのようにロマン性を織り込んだ4番交響曲
バッハに恋する(笑)私と致しましては
バッハのカンタータ150番を想わせる、この交響曲の終楽章は堪りません
またあのクララ・シューマンへのスタンスに大変に共感していたりもしまして
感情移入せずにはいられません^^)
ブラームス、実は次作に当たる5番、6番の構想も練っていたようなのですが
そのひとつは
それから2年後に発表される作品
ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲に改編され
交響曲として日の目を見ることはありませんでした。
さらに云えば、この二重奏曲がブラームス最後の管弦楽曲となっているんですね。
その誘因と申しますかエレメントなるものはいろいろありましょう
けれど現実に
この頃からブラームスは専ら室内楽曲
ピアノ曲、歌曲へとシフトし
清浄で、慎み深い世界観を構築してゆく
一方で
(本能的に民族音楽に心揺さぶられるような処のある私にしてみますなら)
民族的主題を映し創めた頃からの彼の語法
その作品群には
それまでにはない雰囲気
深いインテンシヴ性を湛えているように感ぜられるのです。

その変貌は
かのベートーヴェンが
年を重ねるごとに
総括的になっていったのとはあまりに対照的で。

当時の彼の道程がgalleryの求めるそれと隔絶しゆくとき
(人間は会的動物結え)声価突破、世界超克的ともいえる
外界との精神的対立と申しますか
時代との戦いに迫られる
こうした意味でブラームスは
大変に苦悩した芸術家
そのひとりであったようにも想うんです

天才藝術家の内に湧き上がるその高き創造性
それは
内部に留まる筈もなく溢れ来る
自己を一歩も譲らず己が信ずるものに
突き進み自己実現をみるその世界観にこそ
永遠なるものが宿ると私は信じて疑いません。
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物質的に豊かに成りすぎて
大切なものが音を立てて失われゆく現代にこそ
こうした真なる芸術が求められているものとも
感じています・・・。











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テーマ:クラシック音楽・管弦楽曲 - ジャンル:音楽

【 2013/08/09 16:21 】

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