FC2ブログ
あの日のアンナ・カレーニナ/トルストイ~根岸競馬場~ラフマニノフ/交響曲1番/ピアノ協奏曲2番


此処に来ると
胸の中に
ラフマニノフのピアノ協奏曲2番が鳴るんです・・

それが最も好きなピアノコンチェルトであることが
その理由のひとつであることに違いないのですが

時の流れを告げるかのように豊かな蔦を絡ませ
高台にひっそり佇むこの建築物(根岸競馬場跡)が
アンナ・カレーニナのワンシーンを
想起させることもそれと無縁ではなくて・・
そしてそのシーンとは
そう
密かに想いを寄せるヴィロンスキーが競馬の障害レースで落馬するというアクシデントに
アンナが取り乱してしまうあの場面です。
アンナは夫にそれを窘められるのですが
その時にはもう隠しきれないほど
愛が深まっていた・・。
というドラスティックな出来事があった場で
古式情緒溢れるこの競馬場跡地が
私にその情景を呼び起こさせるんですね
きっと。

(こちらの施設は幕末の1866年、横浜の外国人居留地用施設として建設され
当初は居留外国人組織横浜レース倶楽部と横浜ユナイテッド・クラブとの共催だったといいます。
この草創の期は奇しくもトルストイがアンナカレーニナを執筆せんとした準備期と同時期のものなんです)

さらにその先
トルストイのアンナ・カレーニナとラフマニノフの
接点はと申しますと
第一義的に
彼らが同じロシアの大地に生きた
ということがありましょう
ですがそれ以上に
密接な結び付きがここにはありまして・・

ラフマニノフ
彼の初期作品には
チャイコフスキーというよりは寧ろドイツロマン派メンデルスゾーンの影響さえ
感じさせるものがあるのですが
そんなラフマニノフ
実はトルストイ文學を基調に作曲していた節があるんですね
トルストイは”アンナ・カレーニナ”のエピグラフに
ー復讐は我にあり、我これに報いんー
と記しています
こちら旧約聖書からの引用なのですが
1番交響曲の
初演時に使われた2番ホルンのパート譜ラストにも同じ言葉が
書き込まれていたとの文献が残されていまして
写譜家がそれを書き付けたということ
それは取りも直さず
ラフマニノフの自筆スコアにこそ
この言葉が引用されていたという
その実証のよう。

ーーそもそもラフマニノフは
管弦楽のための幻想曲”巌”に
ロシア憂愁の詩人レールモントフの同名タイトル詩を銘句として残していますが
実際彼は、この詩ではなく
”同じエピグラフ”を題辞とした
やはりロシアの文豪チェーホフの”旅中”という作品から
インスピレーションを受けたというのが定説になっていますしーー

ラフマニノフがアンナ・カレーニナから霊感を受けることで
この作品をこの世に贈り出すことができたことは
想像に難くないのですが
その背後には愛する人への叶わぬ想いがあったよう

そして何より彼の楽曲の放つイメージは
トルストイのこの作品の心的形象にあまりに
あまりに・・・
重なるんです

この
不思議な感覚は
既に言語の域を超えたもの
なんとも言葉では
説明のつかない類のもの
ですが
個人的には
こうした感覚をこそ
大切したい
それがたぶん
”エストリルのクリスマスローズ”流かなって
思ってみたりもしています^^



























関連記事
スポンサーサイト



テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

【 2013/12/02 19:39 】

| 音楽 | トラックバック(0) |
トラックバック
トラックバックURL
http://saki2000.blog.fc2.com/tb.php/473-a98ffbf9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |